失われかけた文化と、10歳の少年と、私のかなえたい夢
※よしひろさんの『企画かくカク書く企画』(テーマは夢)参加記事です。
数年前に目にした少年が忘れられない。
ハワイ島ヒロで毎年開催されるフラの祭典・メリーモナークフェスティバルの配信を観ていたときのこと。
舞台の合間に、観客席でインタビューを受けているひとりの少年が映った。
10歳くらいだったかな。
おそらく、自分もフラをやっている、というようなことを話していたのだと思う。 内容は、もう細かくは覚えていない。
ただ、そのときの彼の目の輝きだけは、今もはっきり残っていて。
本当に、本当に、キラキラしていた。 澄んだ、美しい瞳。 そして、フラについて語る彼の顔は、喜びに満ちていた。
10歳くらいの男の子が、自分のやっていること、自分の文化を、あんなに誇らしげに語る。 その姿が、私にはちょっと衝撃的だった。
そして、それはとても素敵で、尊いことのように感じた。ハワイの宝物だなと思った。
——あんなにキラキラした目で、自分たちの文化や自分のことを話す子を、私は日本で見たことがあっただろうか。
ふと、そう思った。
フラはかつて、失われかけた文化だった。
1830年に公の場で踊ることが禁じられて以降、長いあいだ、フラは表舞台から消えていた時期があった。それでも人々は、人目につかない場所でひっそりと踊り続け、伝統を守ろうとしてきた。
1970年代に始まった「ハワイアン・ルネサンス」と呼ばれる文化復興運動のなかで、フラはようやく堂々と踊られるようになり、メリーモナークフェスティバルが、その大きな舞台となっていった。
あの少年を輝かせていたものは、たくさんの人たちが守ってつないでくれたものなのだと思う。
ハワイのことわざに、こんな言葉がある。
Mōhala i ka wai ka maka o ka pua. ——豊かな水が、花のつぼみを開かせる。
ハワイには「カオナ」と呼ばれる、ことばの奥に隠された比喩を読む文化がある。
wai(水)は、ハワイの人にとってただの水ではない。 いのちの源であり、豊かさそのもの。
pua(花)は、植物の花であると同時に、子どもや、次の世代へと受け継がれていくいのちのこと。
だからこのことわざは、こうも読める。
——豊かな環境が、人を美しく花開かせる。
あの少年の姿が、まさにそうだった。
澄み切った、まっすぐな眼差し。
フラが心から好きで誇りに思っていることが伝わってくる、美しい笑顔。
まるで宝石のように全身から光を放っているかのようなその姿に、私は心をぎゅっと掴まれた。
彼もきっと、文化を大切にする豊かな環境(水)に触れ、たっぷりの愛情を注がれてきたからこそ、あんなふうに眩しく花開いていたのだろう。
ふと、自分たちのほうに目を向けてみる。
日本には、あんなふうに内側からキラキラしている子がどれくらいいるのだろう。
私は教育者でもないし、自分に子どもがいるわけでもない。だから、日本の教育がどうとか、子どもたちのためにこうすべきだとか、そんな大きなことは何も言えない。
50代になった今の自分が、彼のようにキラキラ生きよう!なんて大それたことを思っているわけでもない。
ただただ、あの少年の姿が、本当に素敵だったのだ。そして、「日本はどうなんだろう?」と、ただ思った。
自分のやっていること、自分のルーツや文化を、美しい笑顔で、誇らしげに話す。そんなみずみずしい光を放つ子が、この国にも増えたらいいなと思う。
そのために何ができるのか、はっきりとはまだわからない。でも、考えはじめている。
あんなふうに瞳を輝かせて自分たちのことを話す子たちの姿を、日本でも見てみたい。そんなビジョンだけは持っておきたいと思う。
誰かの動きが、誰かの目を輝かせて、その人がまた次の誰かに渡していく。そんな循環。
それが、私が今心の中であたためている、かなえたい「夢」です。
Mōhala i ka wai ka maka o ka pua.
豊かな水が、花のつぼみを開かせる。
この記事は、よしひろさんの「企画かくカク書く企画」第1回(テーマ:夢)に参加して書きました。
あいさんがこの企画に参加されているのを見て、素敵だなと思い、私も書いてみることにしました。
▼よしひろさんの企画記事はこちら
よしひろさん、素敵な企画ありがとうございます。
▼ あいさんの参加記事はこちら
あいさん、貴重なきっかけをいただきました。ありがとうございます。
