見出し画像

ママは何で学校に行かせたいの?「行く価値がまだあると思ってるからかな」

「行きたくない、休みたい」という言葉が、
口癖のようになっている息子。
行かせる・休ませるの判断はその都度、
言葉以外の部分で判断することが多く、
今日は元気そうだったので学校に行かせました。

「ママはなんで学校に行かせたいの?」

今朝「今日は休まないで行っておいで」
と伝えた後に息子から言われて
ちょっとドキッとした言葉。

これ、私自身少し前まで答えが見つからず、
頭の中でぐるぐるしていた疑問でした。

最近は学習教材も充実しているので、
勉強だけなら正直学校に行かなくても
ついていけるのでは…と感じています。

もちろん親は時間を取られるし、
仕事との両立を考えると現実的ではない
場合が多々あると思いますが。

学校に行く意味って何だろう?
学校じゃないと得られないものって?

答えがでないままでいたところ、
最近読んだ2冊の本に
ヒントになりそうな言葉を見つけました。

学校の目的は、
子どもたちに社会へ出て生活するための
準備を整えさせることであるはずなのに、
現実には、学校生活で生き残るために
どうすればいいかが
重大問題になってしまいがちだ。

スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力』

学校が担う最大の役割は、
子どもたちが家庭という単一の価値体系から、
社会という多様な価値体系に移行するのを
サポートすることだと思っている。

近藤弥生子『オードリー・タンの母が綴る「家族と教育」』

どちらにも共通しているのは、
「学校」を社会に出る前の
準備を整える場所だと捉える視点。

私が子どもにつきっきりで
勉強を教えることができたとしても、
私の価値観でしか
物事を伝えることはできないし、

友だちとけんかして悔しい思いをしたり、
どう仲直りしようか悩んだり、
仲直りして嬉しい気持ちを味わったり、
そういう部分については
私だけではどうも教えるのが難しい。

学校という比較的安全な環境のなかで、
集団だからこそ得られることも
確かにありそうです。

オンライン上でのつながりや、
学校以外のコミュニティーなどでも
同様の効果は得られそうな気もします。

もちろん、
学校にいくことが子どもから自信や気力を
奪ってしまうような状況にあるときは、
得られるものより失うもののほうが
多くなってしまいます。
(そういう時は、しっかり休ませてあげたい。)

「行く価値がまだあると思ってるからかな」

というのが、今の時点の私なりの答え。
「まだ」の部分に先が見通せない不安も、
やや見え隠れしていますが。

〈紹介した本はこちら〉

こちらのページはAmazonアソシエイトで収益化しています。

〈こちらの記事も読まれています〉

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集