ジブリ『風立ちぬ』への違和感
はじめに――この映画をどう受け止めたか
宮崎駿監督の『風立ちぬ』は、美しく、静かで、詩的な映画です。設計者・堀越二郎の内面に寄り添い、「夢を追い続けた一人の技術者」の物語として描かれています。多くの人がこの映画を傑作だと評価する理由も、私には理解できます。
しかし同時に、どうしても拭えない強い違和感があります。私は、零式艦上戦闘機――いわゆるゼロ戦が、当時の技術水準において極めて優れた性能を持っていたこと自体は認め、称賛します。けれども、その設計思想――パイロットの人命をほとんど考慮しなかった思想、そしてその思想のもとで機体を完成させた堀越二郎という人物を、どうしても肯定することができません。
ゼロ戦の「優秀さ」と「代償」
ゼロ戦は、航続距離、運動性能、上昇力において当時の世界水準を凌駕していました。その軽量さは驚異的で、太平洋戦争初期には連合軍を圧倒します。
しかし、その優秀さは、明確な代償の上に成り立っていました。
防弾装備はほぼ皆無
燃料タンクは被弾すると容易に炎上
機体強度よりも運動性能を優先
つまりゼロ戦は、「当たらなければいい」「撃墜される前に勝てばいい」という思想で設計された航空機でした。そこには、一度被弾したあとに生きて帰る、という発想がほとんど存在していません。
防御を拒んだ思想
実は、ゼロ戦の防御性能について、実戦部隊から軍令部宛てに切実な改善要望が出されたことがあります。昭和18年夏、海軍関係者と航空機に携わる民間技術者が集まり、ゼロ戦の防御について話し合う会議が開かれました。
しかしその場で、海軍の源田実中佐が「防御などと言うのは情けない。大和魂で突貫しなければならない」と一喝し、議論は打ち切られたといわれています。源田中佐は、真珠湾攻撃において航空参謀として重要な役割を果たした人物です。
ここに見えるのは、技術や設計の問題が、精神論によって封じられていく構図です。
パイロットを守るという発想――ヘルキャットとの対比
対照的なのが、アメリカ海軍のF6Fヘルキャットです。
ヘルキャットは、ゼロ戦ほどの軽快さはありませんでした。しかし、
厚い防弾板
自己封止式燃料タンク
機体の強度を重視した設計
など、パイロットの生存性を最優先に考えた構造が採用されていました。
その結果、ヘルキャットは「撃墜されにくく、撃墜されても生き残れる」戦闘機となります。経験豊富なパイロットは生き延び、次の戦闘へ戻ることができた。これは単なる技術差ではなく、人命に対する思想の差だったと、私は思います。
日本では戦争前半、選び抜かれたエリート・パイロットが操縦桿を握っていました。しかし戦争が長期化するにつれ、彼らは次々と戦死し、後半には訓練不足の若者たちが前線へ送り込まれていきました。
精神主義と「消耗される若者たち」
当時の日本には、「精神力があれば勝てる」「技術や物量の不足は気合で補える」という精神主義が蔓延していました。その思想は、現場の兵士、とりわけ若いパイロットたちを、容赦なく消耗させていきます。
多くの若者がゼロ戦に乗り込み、帰還の可能性が限りなく低い任務に就き、やがて特攻――カミカゼとして散っていきました。
彼らには、夢を語る余裕すらありませんでした。ただ国家と上官の命令に従い、命を差し出した。その現実を思うとき、私はどうしても、設計者・堀越二郎の語る「夢」という言葉に、素直に共感することができません。
堀越二郎は戦後も生き延び、78歳まで生きました。そしてその人生は、美しいアニメーションとして映画化され、多くの人々に感動を与えました。
しかし私は、そこに強い違和感と怒りを覚えます。
ゼロ戦に乗り、若くして命を落とした無数のパイロットたち。彼らは老いることも、戦後を生きることも、物語として語られることもありませんでした。
一方で、設計者は「夢を追い続けた人物」として描かれ、観客はその生き方に拍手を送る――。
これは本当に、正しい記憶の仕方なのでしょうか。
技術者に必要なのは「性能」ではなく「問い」
日本の技術者は、技術的完成度を高めることにおいて、世界でも稀有な能力を発揮してきました。これは誇るべき点であり、否定されるものではありません。
しかし同時に、その技術が何に使われ、誰の命をどう扱うのかという問いを、設計図の外に置いてきた歴史もまた、否定できないと思います。
「与えられた目的を疑わない」「仕様通りに作ることが善である」――こうした姿勢は、戦前の軍需産業に限らず、戦後の製造業全般にも引き継がれてきました。技術者個人の資質というより、組織と教育が問いを許さない構造が、長く続いてきた結果でしょう。
アメリカのヘルキャットに見られたような「パイロットの生存性を設計に組み込む発想」は、倫理的優位性というより、思想と制度の違いでした。
日本では人命の問題は、技術ではなく精神論に回収されてしまった。その差が、結果として多くの若者の命を分けたのだと思います。
技術そのものに罪はありません。けれど、技術がどんな思想に奉仕しているのかを問わない姿勢は、時代や分野を超えて、同じ悲劇を繰り返します。
『風立ちぬ』は、美しい夢の物語です。
しかし私は、この映画を観るたびに、もう一つの問いに立ち返ります。
それは、この国とあの国では、技術に託された思想がどこで分かれたのか、という問いです。
アメリカの航空機設計に見られたのは、「パイロットを生かし、経験を次につなぐ」という現実主義でした。
一方、日本では、技術の限界や人命の問題が、精神論や覚悟という言葉で包み込まれていきました。その違いは、優劣というよりも、技術を何のために使うのかという根本的な発想の差だったのだと思います。
技術そのものに罪はありません。
しかし、技術がどんな思想に奉仕するのかを問わない姿勢は、国や時代を越えて同じ悲劇を招きます。性能を磨くことと同時に、命をどう扱うのかを問い続けること。
その問いを引き受ける覚悟こそが、日本の技術者に、そしてこの映画を観る私たちに、今も静かに突きつけられているのではないでしょうか。
