「こんな最期なら、後悔はないと思った」
企画参加記事です。
今回は夢について語ってみましょう。
夢について振り返って記事を過去に書いていたので貼り付けておきます。
高校1年生の時、校内弁論大会で語った夢は「大阪でろう学校の先生になること」でした。
今思えば、あの時の夢は形を変えて半分叶っています。
私は今、大阪にいます。
そして前職では、ろう高齢者施設――聞こえない・聞こえにくい人のための特養で4年半働いていました。
「手話を使って、同じ聞こえない人を支援したい」
あの頃の想いは、確かに叶っていたのだと思います。
そして今。
私は児童指導員として、障害のある聞こえる子どもたちと関わっています。
学校の先生にはなれなかった。
でも、「障害のある子どもと関わりたい」という想いは、別の形で今も続いています。
そして、これから先の夢があります。
それは、
「手話のある環境で見守られて最期を迎えること」
です。
私は耳が聞こえません。
口話と手話を使って生活しています。
前職の施設では、お看取りも行っていました。
私は、聞こえない高齢者の方を何人も見送ってきました。
亡くなられた後、施設を出られる前にお別れ会を開きます。
聞こえない入居者さんや職員が集まり、亡くなられた方を囲みながら、一人ずつ手話で思い出やお別れの言葉を語る。
その光景を見た時、私は衝撃を受けました。
こんなにも温かい見送りがあるのか、と。
そして思ったんです。
私もいつか、こうやって手話のある環境で、同じ聞こえない仲間たちに囲まれながら最期を迎えたい。
手話でお別れの言葉を語ってもらいたい。
そんな最期を迎えられたなら、きっと後悔はないだろうな、と。
ただ、現実的には聞こえない高齢者のための施設は全国的に見ても少なく、まだ20施設もないと思います。
施設を建てるには莫大な資金が必要ですし、運営を続けることも簡単ではありません。
それでも、必要としている人は確かにいます。
将来、聞こえない高齢者のための施設が、47都道府県すべてにできますように。
これは、聞こえない当事者としての、ささやかな夢です。
叶うことを願いながら、自分にもできることを続けていきたいと思います。
