【愛着障害・うつ・AC】愛されようとするほど愛されなくなる理由
トラウマのある人は独特な世界に生きている、と言えるかもしれません。
トラウマのある人は真面目です。表裏がなくて誠実でピュアに生きています。世の中の人が自分ほどには真面目ではなく、表裏がなく誠実でピュアに生きている訳ではない、ということを知りません。ほんとうは世の中は厳しいようでそうでもないのですよ。そのへんが分かってないと思います。
私が、いい加減でテキトー、それでも世の中は回っていく、ということを一番さいしょに教えてもらったのは、就職してからです。三十年前の昭和の大阪でした。
職場ではお互いの弱点をカバーし、助け合って仕事をしていましたし、サボり方や遅刻したときの上手い言いわけの仕方まで先輩から教えてもらいました。それまで世の中の人は、そんなに真面目でもなく融通をきかせながら生きている、ということを知りませんでした。
私はといえば、世慣れず不器用で、誰にも頼れない人でした。要領よく立ち回れる対人スキルもないし、上手に甘えて自分の要求を通していくことも知りませんでした。トラウマのある人は損な生き方をしていると思います。
私から見ると、わがままな人が可愛がられてズルイと思っていました。けっきょく自己主張ができて周りから見て分かりやすい人としているほうが信用がされるし、見ているほうも安心するみたいです。
「いい人」は自分の意見がないから、何を考えているか分からない人として、周りへの適応がわるくなって虐められて、いいことはありません。
雑談はまだまだ続きます。
トラウマのある人は悲観的です。世界は悪いものだという解釈の仕方をしていますが、それは世界の一部しか見ていないからで、それはすごくもったいない事です。
厳しく生きているものだから、世界は優しくて寛容で慈愛に満ちて助けてくれる、という事を知らないのです。
といっても、世界はたしかに完全ではなくて、残念なことだけど悪い部分も含まれているし、悪い人だっている。残念なことだけど、これは本当のことです。
だから、世界を基本的には信じながら、悪い人がきたら逃げなければいけない、というのが本当のところです。
健康な人は清濁を合わせ飲み、それでもこの世界は生きるに値すると信じられます。
しかし、トラウマのある人は、自分を産んで育てた親が悪い人だった。あなたを傷つけ、あなたの人生を暗いものにした悪い人だったのです。人生の一番始めに出会った親が、不幸にも悪い人だった。
小さい子供にとって親と世界はイコールですから、世界は自分を傷つける悪いものだという認識を持ってしまっています。他人や世界は決して気を許せない敵になってしまっています。
トラウマがあると愛も友情も信じられず、人生の楽しみや喜びを知らずに一生を終わるなんて、もったいなさ過ぎます。健康な人に比べるとハンディがあると思います。人生を美しいものとして、味わったり慈しんだりする感性があらかじめ損なわれているからです。

話が脱線しました。
「愛されようとするほど愛されなくなる」理由とは何でしょう。あなたがいい人になって自己犠牲をしてまで、いじましく愛を得ようとするならば、どうなるでしょう。
そうすると、あなたを利用しようとする狡い人が寄ってきて、傷つけられるか搾取されるなど、いい事はありません。つまり周りにあなたの力を吸い取る人たちが寄ってきて、共依存関係が発生するのです。
自分の意見がなく、受け身で弱者でいるということは、自分で自分を脱価値化しているわけです。本来のあなたは、そんな人ではなく、まわりに影響力のあるインパクトのある存在かもしれないのに。
真面目で正しい人が幸せにならなくて、正しくもなく、いい人でもないように見える人が幸せになっているのを見ることがありますよね。その違いは何か?
それは自分を責めていない、ということです。つまり、幸せになる人は、私は愛されて当然だとみじんも疑っていないからです。いっぽう真面目で正しい人が幸せにならないのは、自分は愛されないんだというデフォルトがあるからです。
ですから愛されようとしてする行動は、悲しいけれど、ことごとく役に立っていない。欠乏感から願ったことは成就しないのです。
そもそも愛されている人は、相手に気を使ったりしませんから。気を使う必要がないからです。
愛されようとする人は自己不信と他者不信があります。世界は悪いものではなく、自分もそれほどダメじゃない、世界も自分も良いものだ、と思えるようになるには何が必要なのでしょう。
あなたは愛されるために過剰適応してきた子供だったのではありませんか? 子供時代の親子関係をみていくと、いまここで起きている感情の一番はじめの出来事が見つかりますよ。
そして、もともと自分は何も欠けたところのない愛されて当然の人だった、ということに気づくようになるのです。
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