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【うつ】成熟することへの拒否

真面目な人が鬱になる、
ということの意味について考えました。

先日、心理療法のVTRを見て、考えさせられました。

ファシリテーターがある女性クライアントにカウンセリングをしていました。

クライアントは
腐敗しきった教育現場で孤軍奮闘して
燃え尽きた正義感の強い支援員でした。

真面目でクリーン。
その人の言っていることは
まったく正論でしたが、
私にはなにか違和感を感じました。

しかもパワハラまで受けるというストレスフルな環境で、ほかの支援員もつぎつぎに辞めていくなかで1年半も頑張ったのだと言います。

これは鬱やノイローゼの人の典型だと感じながら聞いていました。


健康な人なら、自分を守ることを第一に考えて
傷つけられる環境からすぐに離れるでしょう。

鬱やノイローゼの人は、
青年の理想を語り、
子供時代で時間が止まっているように
若く見えることがあります。
その女性クライアントは
グレーヘアーでしたが、
顔はまる顔で童女のような
あどけない表情をしていました。

鬱やノイローゼの人は
マイナスはいけない、プラスだけであるべきだ
と考えます。

いつも勤勉であるべきだ。
いつも正しくあるべきだ。
いつも人をいたわるべきだ。
いつも正直であるべきだ。
いつもポジティブであるべきだ。

これは鬱やノイローゼの人の人間観、世界観です。

しかしこの理想論は
人間の本質に反しています。
非現実的で偽善的です。

人は怠惰なところもあるし、
人は間違うときもあるし、
人は意地の悪いところもあるし、
人は嘘をつくときもあるし、
人はネガティブなところもあります。

ところが、
鬱やノイローゼの人は
清濁合わせ飲むということができません。


自分の中にあるマイナスも否定し、

社会や他者の中にあるマイナスも否定し、

もっとプラスであるべきだと

現実に憤って生きるほど鬱になります。


心には激しい怒りを秘め
マイナスのある自分を否定し
他人を否定している。

真面目な人が鬱になる
とはそういうことです。


こうあるべき理想を求めすぎて
鬱やノイローゼになっている人への
処方箋として
ヴァージニア・サティア
の次の言葉が有効だと思います。


「人生に理想を求めてはいけない
現実があるだけである。
重要なことは、どう対処するかということである」

ヴァージニア・サティアは家族療法をはじめた人で、二十世紀最大の心理療法家の一人と言われています。

私は、この言葉にはじめて触れた時、
強い感銘を受けました。
「人生に理想を求める」、
それはまさに鬱やノイローゼの人の人生観
を言い当てています。

理想を追求しようとすることが
苦悩のもと、
自己否定と他者否定のもと
だからです。

「ただある現実にどう対処するか」
大人になるとはそういうこと
なのだと目を見開かせられた思いです。

鬱やノイローゼの人は、
大人になることを拒否している人
ともいえると思います。

世界は光と影、プラスとマイナスで
できています。

自分と人と世界の
プラスとマイナスの両面を
見ることができると、
人も自分も大切にして
生き生きと生きることができるように
なるのでしょう。


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