芝居だけに生きた男(国宝)
川口市出身の自称読書家 川口竜也です!
先週、角川シネマ有楽町にてエドワード・ヤン監督の「カップルズ」を観てから、また映画熱が出ている。
もとより、映画はちょくちょく観に行くのだが、最近は今ひとつ「観たい!」がなかったが、今月は観たい映画が多い。
そんなわけで一昨日の金曜日、吉田修一さん原作の「国宝」が上映開始するとあって、仕事終わりに観てきた次第。
吉田修一自身が3年間歌舞伎の黒衣を纏い、楽屋に入った経験を血肉にし、書き上げた渾身作「国宝」。
任侠の一門に生まれながらも、歌舞伎役者の家に引き取られ、芸の道に人生を捧げた主人公・喜久雄の50年を描いた壮大な一代記。
素人ゆえに、演技の良し悪しは分からないのですが、劇場で演目を観ている以上に引き込まれる臨場感。
演目が始まった瞬間、咳をするのも憚られるくらい張り詰めた空気は、映画館の観客にも伝わっている。
立花喜久雄(吉沢亮)が呟く、「どこ見てたんやろ」ってのは、妙に心に染みる。
舞台という「美しい」ものばかりの場所に生きる人々には、何が写っているのかしらん。
……ここにゃ美しいもんが一つもないだろ。妙に落ち着くんだよ。なんだか、ほっとすんのよ。もういいんだよって、誰かに、やっと言ってもらえたみたいでさ
ただ個人的な感想を述べるが、やはり原作が良すぎたと思ってしまう。
原作を読んでから映画を観ると、どうしても「あの設定はカットされたか」「このシーンはあの場面と一緒くたか」とか、余計なことを考えてしまう。
それは「国宝」に限った話ではない。
町田そのこさんの「52ヘルツのクジラたち」や辻村深月さんの「傲慢と善良」を観たときも、同じように考えていた。
何が言いたいのかと言うと、私としては、なるべく原作の風景をそのまま映像化して欲しいと思ってしまう人。
上下巻、全800頁近くをすべて映像にするのは無理ではあろう。上映時間は約180分だが、映像化したのは1冊分くらいである。
それでも、喜久雄と俊介を2人の物語を描くためとは言え、登場人物も何人かカットされていたのも、正直残念であった。
その上、あくまでも個人的な解釈ではあるが、やはり喜久雄は侠客 立花権五郎の一人息子としてあってほしかった。
不器用ながらも芸の道をひたむきに邁進し、時には泥水をすするような経験をしてでも、「極道」の筋を通す姿がカッコよかった。
背中の墨に恥じぬ、喜久雄の生き様に惚れたのだが、映画ではどうしても「芸」を重視している感があった。
役者が仕事であるならば、いくらでもやめることは可能でございましょう。しかしもし役者がその人の性根のことであるならば、いったいどこに性根を入れ替えられる人間などいるでありましょうか。
それにラストは、、、とまぁ色々言いたいけれども、それはぜひ映画館で観ていただければと思う。
臨場感のある歌舞伎のシーンは圧巻であり、思わず息を呑むほどでございました。
芸の道を極めるという意味では、良い終わり方だった。それではまた次回!
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