【連載小説】悩み のち 晴れ!(ライトブルー・バード第3部&FINAL《最終回》)
🌟前回までのお話です
🌟第1話から3年9ヶ月も経っていたのですね(亀ペースnoter💦)
※用語説明 《GESS》
『Guest Experience StarStaff』の略で、接客に特化したポジション。現在、今泉マナカが店舗第1号のGESSを目指して勉強中。(桂が勝手に作った名称で、実際には存在しませんが、マク〇〇ルドには『GEL』というポジションはあります)
《星名リュウヘイ》
女心って数学より難しい。
星名リュウヘイは無意識に顎を上げ、スタッフルームの天井を何となく見つめた。
(今泉さん……『自分がGESSになるまで告白の返事を待って欲しい』って言ってくれたけど……)
そのまま黒目だけを動かし、視線を右往左往させる。
(う~ん……それって期待しちゃっていいってこと? だって可能性が低いなら前に言ったNOの返事を、わざわざ撤回しないよね)
気がつくとリュウヘイは口をすぼませ、思いきり前へと突き出していた。彼は考え事に集中し過ぎると、いつもこんな表情をしてしまう。今、口と鼻の間に鉛筆を置いたら、しっかりとホールドできそうだ。
(いやいや……あのクソ真面目な今泉さんのことだ。俺が荒川さんの所へ行ったことで義理を感じて、『とりあえずもう一度考えてみようか?』って思っただけかもしれない)
急にハッとした顔に変わったリュウヘイは、数秒間フリーズする。
(……だとしたら『よく考えたけれど、やっぱりごめんね』という返事の可能性も……。だから期待しすぎてははダメってことだよね)
目線の高さを元へ戻す。そして「ふぅ〜」と小さなため息をつくと、唇をきゅっと結んだ。
(ガッカリするな自分! 今泉さんがどんな答えを出そうとも、俺は……)
「おいリュウヘイ、うるせーぞ」
デスクワーク中のサヨコの声が、リュウヘイの思考に乱入してきた。
「へっ? 俺……何も言っていませんよね?」
キョトンとするリュウヘイ。
「百面相がうるさい」
「それはサヨコさんがパソコンワークに集中さえすれば、解決する問題かと」
「あんな面白い動きしていたら、見るなっていう方が無理だろww で、どうしたリュウヘイ? マナカのことでも考えていたのか?」
「!!」
彼の過剰反応を見れば、答えを確認する必要はないだろう。サヨコは笑いながらパソコンに視線を戻し、再び指を動かし始めた。
「…………なあリュウヘイ、ヒロキから聞いたぞ。マナカの為にアイツのアパートに行ったんだってな?」
キーボードを叩く音がカタカタと響く。
「……あ、ハイ」
リュウヘイは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「リュウヘイ」
「はい?」
「大っきくなったなー」
「………………えっ?」
「『大っきくなったなー』って言ったんだよ」
その言葉にリュウヘイは一瞬だけ驚いたが、すぐに目をキラキラと輝かせた。
「さ、サヨコさん気付いていたんですね!! そうなんです! 俺、身長が2センチ伸びて161センチになったんですよ!」
「はっ?」
「だから161センチ……」
「あ……えっと私が言ったのはリアル身長のことじゃなくてな。人間的な……」
「へっ?」
「ま、いいや……よーし! そんな成長期真っ只中のリュウヘイ君に新たなミッションを授けよう」
「?」
「春休みになったら、リュウヘイのカウンター業務トレーニングを開始するね。いい機会だから房とカウンター、どっちも出来るようになっちまおうぜ♥️」
「えっ、えっ、えーーーーーーっ!?」
☆☆☆☆☆
「むむむ無理ですってっ! オーダーを聞きながらのレジ打ちなんて俺には絶対無理!! 緊張してミスしちゃいますよ。それに『ご一緒にポテトはいかがですか?』なんて言えないです!」
「落ち着けよリュウヘイ。これは思いつきじゃなくて、前々から考えていたことなんだよ。あんまり大きな声で言いたくないけど、トレーニングってのは、生産性がめちゃくちゃ低いのに、2人分の人件費が発生するんだよ。だから適性を感じないヤツにわざわざトレーニングなんかしないんだって!」
「…………」
「それにリュウヘイは高校卒業したら、就職するって言っていたよな? いろんな人間と対話するんだから、カウンター業務は就職活動に役立つと思うぞ」
「……う~ん」
まあ、確かに説得力はある。
「それにタイミングもいいんだよ。オマエのトレーニングは同時にマナカの勉強になるんだから」
「へっ?」
マナカの名前が出てきた途端、心がぐらっと動いてしまったリュウヘイ。もっとも彼には最初から拒否権などなかったのだが……。
☆☆☆☆☆☆☆
そんなワケで春休みスタートと同時に、リュウヘイのカウンタートレーニングが始まった。トレーナーはサヨコ。彼女はマナカのトレーナー業務で忙しいハズなのに、どうして自分のトレーニングも引き受けたのか不思議に思っていたが、答えはトレーニング初日ですぐに分かった。
「リュウヘイ、『こんな時はどうする?』的な接客の疑問は、マナカと共有するから、どんな小さなことでもワタシに言ってね。勿論、マナカに直接聞いてもいいぞ。斜め上からの疑問は特に大歓迎♥️」
(あぁ、なるほどね……)
サヨコはGESSトレーニングの『教材』として、まっさらなリュウヘイの疑問を使おうとしているのだ。疑問や質問は物事に一生懸命取り組んでいるからこそ生じる。これは2人まとめて成長させる、いい機会なのだろう。
(よーし、頑張るか!)
単純な性格故、張り切りモードになったリュウヘイだが、最初の1週間はやはりミスの連続だった。
オーダミスやレジの打ち間違い、更に客からの想定外な問い合わせで何度もフリーズしてしまう。
『コーラの氷抜き』というオーダーを『氷のコーラ抜き』と、逆に復唱してしまったり、コーヒーのアイスorホット確認で「温度はいかがいたしますか?」と微妙に的外れな聞き方をしたりして、客を笑わせてしまったこともあった。
(ポンコツだな……俺)
凹んでしまったこともあったが、サヨコをはじめとする他のスタッフのフォローや、お客様たにの労いの言葉で、何度も救われたリュウヘイだった。
でも彼の一番のエネルギーは、一緒にステップアップを目指しているマナカの存在だろう。
「星名くん、ファイト」
ホールですれ違った時など、マナカは自分だけに聞こえるようにそっと囁く。
「今泉さんもね……」
リュウヘイは半年前のことをふと思い出した。学校帰りにふらっと来店し、カウンターに立つマナカを見て驚いていたあの時のことを。
(……たったの半年なのに、色々なことが一気に起こったよな)
そんなリュウヘイの目に、当時の自分が写し出される。マナカが担当するレジに行きたくて、モジモジしていた様子は、控え目にいっても挙動不審レベルだ。
(………………………)
もしもあの時の自分に話しかけることが出来たら、後ろから肩をポンと叩いて、こんな言葉をかけてあげたい。
『よぉ、昔の自分! 今の俺は、今泉さんと一緒に店でめちゃくちゃ頑張っているんだぜ!』……と。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
マナカのGESS最終試験が行われたのは、春休みの終盤だった。
審査をするのは店長でもサヨコでもなく、本部役員と他店舗のマネージャーの2人。彼らはホールで実際に動くマナカの様子を陰からチェックして、最終的な判断を下す。
(……今泉さん、緊張しているだろうな)
日曜10時。客席はまだガラガラだが、あと30分もしたらガラリと空気が変わってくるだろう。良く言えば賑やか、悪く言えばカオスに……。土日祝日の昼は、スタッフたちにとって戦場なのだ。
「………………」
リュウヘイはGESSのユニフォームを着ているマナカをレジから見つめた。彼女はサヨコと打ち合わせをしているようで、真剣な顔で話を聞いている。
(今泉さん、頑張れ!)
彼女の為に今の自分ができることは、客の言葉をしっかり聞いて、オーダーミスと余計なクレームを出さないことだ。
(よーしっ!!)
リュウヘイが気合いを入れた瞬間、不意にマナカがこちらに顔を向けた。まるで心の声が彼女に聞こえていたかのように……。
「………………!!」
突然過ぎてビックリしたが、リュウヘイはすぐに笑顔を作り、口の動きだけで『が・ん・ば・れ』と彼女に伝えた。
マナカも同じように口だけを動かす。
『あ・り・が・と』
一瞬だけ自分たち以外の時が止まったように感じた。
そしてバインダーを持った本部役員がマナカに近づく。どうやら始まるようだ。頷いた彼女は綺麗な姿勢をキープしながら、店舗入り口へと歩き始めた。
(俺も自分のポジションに集中しなきゃ!)
「いらっしゃいませ! こんにちは!!」
子どもを抱っこした家族連れが視界に入る。リュウヘイは元気な挨拶をホールに響かせ、ニッコリと笑った。
この日は予想以上の混雑だった。
GESSの仕事は、カウンター側での商品受け渡しや、列に並んでいる客の対応も含まれるので、マナカの姿をちょこちょこ確認することはできた。しかし行列を捌くことに精一杯な今のリュウヘイに、彼女を見守る余裕はない。
レジを打っても打っても行列は短くならず、まるでこの時間が永遠に続くような錯覚に陥ってしまう。
(疲れたぁ。でも集中集中!)
そして店内の密度が緩和し始めた14時。本部役員の声がリュウヘイの耳まで届いた。
「今泉マナカさん、合格です。あなたをこの店のGESS第1号に任命します」
☆☆☆☆☆☆☆☆
「おめでとう今泉さん」
「マナカおめでとう!!」
前半の勤務を終えたリュウヘイとマナカがスタッフルームに戻ると、そこにはサヨコと白井ケイイチが待っていた。ケイイチは夕方から勤務予定だが、マナカのことが気になり、早めに家を出てきたらしい。
「あ、白井さんお疲れさまです。無事に合格しました。ありがとうございます」
「お疲れさま。サヨコさんから色々聞いたよ。『不合格にする要素が全く見当たらない』って審査員が言ってたらしいね」
「そんな……でも嬉しいです」
「いやぁ、マナカが期待以上の結果を出してくれて爽快だったわ。高校生GESSに対してブツブツ文句を言っていたのは本部役員のアイツだったからさwww」
サヨコが指で親指を立て「グッジョブ」と呟く。マナカは「サヨコさんのおかげです」と改めて頭を下げた。
「リュウヘイも『援護射撃』サンキューな。おかげで店が活気づいて、マナカがやりやすくなったと思う」
「え? いや、それは今泉さんの実力ですよ」
リュウヘイは首を横に振ったものの、その表情は満足そうだった。
「そうだマナカ、スマホ貸して」
「えっ?」
「せっかくだから、その制服で合格直後の記念写真撮ろうぜ。ワタシが撮ってやるから」
「あ、ありがとうございます」
マナカはロッカーの暗証番号を押して、スマホを取り出す。
「リュウヘイも一緒に写るか?」
「い、いやぁ、俺は遠慮しますよ」
突然の提案に焦るリュウヘイだったが、その言葉にはマナカの方が強く反応した。
「星名くん、せっかくだから一緒に写ろうよ」
「えっ?」
「ほら、『本日の主役』もこう言っていることだし♥️ リュウヘイはここに立つ! さてさて準備はオッケーかな? お2人さん、ハイ、チーズ!!」
ピースサインをした2人の姿はスマホ画面に可愛く収まり、サヨコはそれを満足そうに眺める。
「ほらよ、マナカ」
サヨコからスマホを受け取ったマナカも嬉しそうに画面を見つめた。そして「これ……待ち受けにしようかな?」呟く。
「えっ? 今泉さん愛犬の写真はどうするの?」
その言葉にマナカが「あっ」と呟いて、ハッとした顔をする。そして顔がみるみるうちに赤くなってしまった。
「わ、私、喉乾いちゃった。ジュース買ってきます」
そう言ってマナカはスタッフルームをあとにした。
「……………………えっ? 今泉さん?」
残されたリュウヘイはポカンとする。
「この鈍感ヤロウがっ!」
サヨコがバインダーでリュウヘイを小突く。
「えっ?」
「今泉さん、可愛いな。心の声が思わずだだ漏れしちゃったんだね」
ケイイチは腕を組みながら笑いを堪えていた。
「えっ? えっ?」
「リュウくん、考えてもみなよ。ただのトモダチとの写真をわざわざ待ち受けにすると思う? そもそも今泉さんって、男子とのツーショットを撮るようなキャラじゃないでしょ?」
「えっ? えっ? えっ?」
「犬を気にするのもいいけどさ、今はそこじゃねーんだよ。女心を解ってないなー。リュウヘイ、ワタシはオマエをそんな風に育てた覚えはないぞ」
「えっ? えっ? えっ? えっ?」
「女の子に恥ずかしい思いさせるんじゃないの。と、いうことでリュウヘイ、オマエもジュースを買いに行ってこーい!」
「!!」
先程のマナカ同様、リュウヘイの顔もどんどん真っ赤になってしまった。そして慌て立ち上がると、物凄い勢いでスタッフルームを飛び出す。
(…………今泉さん)
期待し過ぎたり、返事を急かしたりするのは迷惑になると思っていた。だから頑張って気持ちをセーブしていたつもりだった。
だけど、サヨコたちにあんなことを言われた今……やっぱり自分はマナカの本当の気持ちを知りたい!と強く思う。
ホールに着いたリュウヘイはレジ待ちの列を確認したが、そこにマナカはいなかった。
(……今泉さーん!! どこだよ!?)
店舗裏の壁にもたれかかるマナカを見つけたのは、リュウヘイが5分ほど必死で走り回った後だった。
「星名くん?」
マナカはビックリして壁から離れる。そして一瞬だけ目を合わせると真っ赤になって下を向いた。
「あ、あのさ今泉さん……」
勿論リュウヘイの顔も真っ赤だ。
「な、何?」
「……さっきの写真、俺も待ち受けにしたいから……貰っていい?」
「えっ? あ、勿論。あとですぐに送るね。……で、でね、星名くん……」
「ん?」
「私……あのね、わ、私、星名くんに……返事のこと……」
上手く言葉を繋げない。さっきまでGESSの仕事をテキパキこなしていた彼女とは、まるで別人のようだ。
「今泉さん!」
「えっ?」
「好きです」
「星名くん!?」
ようやくマナカが目を合わせてくれた。
「俺と付き合って下さい」
「………………」
「いい?」
マナカは最高の笑顔で大きく頷き、その直後に大きな涙をポロポロと流す。
「待たせてごめんね。それから……2回も星名くんから告白させちゃってごめんなさい。私も……私も星名くんのことが大好きです!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『校内3大美少女の1人である今泉マナカに彼氏ができた!』というニュースは、新年度の校内をハイスピードで駆け巡った。
おかげでリュウヘイまでが有名人になったしまい、廊下ですれ違うと「ほら、あの男子だよ」とコソコソ言われてしまうように……。
それでもブーイングはほとんど見られず、彼を『希望の星』的な扱いをする男子の方が圧倒的に多かった。まあ、成績最下位グループの常連で、イケメンでも高身長でもないヤツが美少女とくっついたのだから、『いつかは俺も……』という淡い期待を彼らに抱かせてしまったのだろう。
「なあリュウヘイ、お前らって、どんな所でデートすんの?」
クラスの友達連中も興味津々だ。
「デート? 基本、休日は俺らバイトだよ」
「いやいやバイト先以外で、だよ。オマエ、彼女できたクセにどこも行ってねーの?」
「今の所、どこにも行ってないよ。あ、この間はバイトの帰りにМDバーガーなら行ったけど?」
「ハンバーガー屋のハシゴかよ!?」
「えっ? 楽しいよ。他店スタッフの接客や商品を見るのは勉強にもなるし……」
「へぇ〜」
冗談に聞こえるが、2人は本当に楽しんでいたらしい。嬉しそうな顔で話すリュウヘイを見て、仲間たちは「ごちそーさま」と温かく笑った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今はマナカと一緒にバイトしているだけで、充分楽しいとリュウヘイは思っている。勿論、ここは職場なので、浮かれた行動をしないように慎んでいるつもりだ。
「今日も疲れたね」
「うん、じゃあ帰ろうか」
店を出て肩を並べて歩く2人が、お互いの手をすんなりと繋げるようになったのは、つい最近のこと。ディズニーランドもいいけれど、付き合いたての時間を楽しむ場所は、日常のあちこちに散りばめられている。
「マナカちゃん、サトシのこと聞いた? 俺、ビックリしたよ。アイツは体育大に行くと思っていたのに」
3年生になったせいか、最近の話題は進路関係が多い。
「専門学校だってね。理学療法士を目指すって言ってたよ」
2人の共通の友人である井原サトシは、学校1の身体能力を持ち、周りから『体力オバケ』と言われているが、それは学校内だからであって、自分のような人間は体育大にゴロゴロいると自覚していた。バスケでプロになりたくないといえば嘘になるが、それは趣味に留め、裏からプロスポーツ選手を支える道を彼は選択したのだ。
「サトシなりに夢と現実のバランスを考えたんだろうな。そういやカエデも小学生の頃は『絶対パティシエになる』って言ってたけど、管理栄養士になるために東京の短大行くらしいし……」
「好きなことを趣味に留めるのも、1つの考え方だよね」
「マナカちゃんは、学校決めたの?」
マナカは語学系の短大とホテル学科のある専門学校のどちらを第一志望にするか、ずっと悩んでいた。短大は隣の市にあるが、専門学校は東京だ。
「うん、やっぱり専門学校の方になると思う。短大は近くて、ちょくちょく帰ってこれるのも魅力だけど、私はやっぱり専門的な勉強をしたい」
「それがいいと思う。短大は俺のために検討していたんでしょ? 気持ちは嬉しいけど、なんだかマナカちゃんらしくないな……って思ってた。大丈夫、俺は地元でちゃんと待っているから、マナカちゃんは悔いがないように勉強しなよ」
アルバイトをしたことで、外食産業に興味を持ち始めたリュウヘイは、地元の企業情報を積極的に収集中だ。
「うん、でも来年は離ればなれだね」
繋いだ手に思わず力を入れるマナカ。
「待ってるよ」
リュウヘイはその手を、しっかりと握り返す。
「告白の返事を引き伸ばしていた私が言う資格ないけど、もっと早く素直になっていればよかった」
「マナカちゃん、それは言っちゃだめ」
「あ、ごめん……リュウヘイくん」
そんな2人の頭上を鳥の群れが通り過ぎる。リュウヘイとマナカは同じタイミングでオレンジブルーの空を見上げた。
「鳥の群れって不思議だよね。言葉を交わしていないのに、みんな一緒に同じ場所を目指すことができるんだから……」
「いや……マナカちゃん、あれ見て」
「えっ?」
リュウヘイが指さした方向には、先を行く仲間たちに追いつこうとしている一羽の鳥が見えた。気のせいかもしれないが、その鳥からは必死さがめちゃくちゃ伝わってくる。
何ていうか……ハッキリ言って鈍くさそうな鳥だ。
「大丈夫か?……あの鳥」
「う、うん」
2人はそのまま釘付けになる。
「あ、だいぶ近づいた」
「もう少し、もう少し」
「がんばれー」
2人の応援がまるで届いたかのように、群れとの距離はどんどんどんどん縮んでくる。
「ゴール! 追いついたよ! アイツ凄いなー」
もう他の鳥との区別は出来ないが、2人は小さくなるまで群れを見守っていた。そして藍色に変わりつつある空から視線を外し、今度はお互いの顔をしっかりと見つめる。
「…………………」
今の2人に『キスしていい?』なんて言葉は必要ない。目を閉じたマナカに、リュウヘイはそっと唇を重ねた。
《エピローグ》
時が4つの季節を通り過ぎるのは、本当にあっという間だ。
「1年って早いなー。なぁケイイチ?」
サヨコがデスクに座ったままで背伸びをする。マナカたち高校3年生組が『卒店』したばかりの店は、ちょっとだけ寂しい空気が流れていた。
「そうですね」
ケイイチは読んでいた教科書をそっと閉じた。
「大学生活は慣れたか?」
「慣れたかどうかは微妙ですね。でも、久しぶりの学生生活ですから、毎日ワクワクはしています」
「そっか、なら良かった。春ってオマエみたいにワクワクするヤツは多いけど、ワタシにとっては複雑な季節なんだよなー。手塩にかけた学生の卒店は毎年経験するけど、立派に巣立った嬉しさと、ただただ寂しい喪失感のせめぎ合いだよ」
「それだけみんなが可愛かったっていうことですよ。僕はあと4年間、よろしくお願いしますね」
「もちろん頼りにしているよ。そしてリュウヘイくんも💕」
「…………いや、俺は期間限定ですから」
なんとスタッフルームには、卒店したはずのリュウヘイが顔を引きつらせながら座っていた。
「いやぁ、あの企業が倒産するなんてなー。リュウヘイの就職先だから二重にビックリしたよ」
そう……、リュウヘイの就職先は資金繰りが不可能になり、経営者親子が夜逃げ状態でいなくなってしまったのだ。地元だけでなく、都内にも店舗を持ち、この地に住んでいれば誰もが知っている老舗企業だった。ちなみにリュウヘイが勤務した日数は2週間弱。あまりにも不憫過ぎて、マナカや家族を含め、暫くの間、周りから腫れ物に触るような扱いを受けていたらしい。
サヨコだけが、いつもの調子で「リュウヘイ、気晴らしにウチで働けよ」と電話をしてきた。
「このまま正社員になっちまえよ。ワタシが推薦するから」
「いや、ここは好きですが、俺は違う世界も見てみたいので……」
「そんなカッコつけたこと言ったって、サヨコは騙されないぞ💕 ここにいるとマナカの不在を感じて、寂しいからでしょ?」
「ちちち違いますって!」
「リュウヘイ、マナカはまだ学生なんだから、長期休みはバイトに来てもらえばいいだろ? ワタシは助かる、オマエは嬉しい。さぁどうだ!?」
「え?……………そ、そうですねぇ、どうしよう……かな?」
「お2人さん、そろそろ時間ですよ」
ケイイチは立ち上がり、カフェエプロンを身につける。
「えっ? マジかよ。ワタシのタスク、まだ残ってんだけどな。まあ、いいや。よーし! リュウヘイ、ケイイチ、店行くぞ!」
「はい!」
3人は張り切ってスタッフルームをあとにした。
今日も忙しい1日になりそうだ。
《終》
長い間お付き合い頂き、ありがとうございました✨🙇✨ 皆様の優しさに心から感謝いたします。
2025.7.14 鈴木桂
