「スープの器」モデルの再考:vesselとcanisterという性質

はじめに

生命の起源についての一般的な仮説の中に、原子のスープあるいは有機のスプというものが仮定されています。細胞が登場する前の地球に、有機物が堆積した水たまりや池のようなものがあり、そこで化学反応が進行して細胞の誕生につながったというものです。その水たまりが、有機物がどろどろに入ったスープとして例えられているわけです。

私は生命の起源について自分なりに考えを巡らせているうちに、この有機のスープが多数あり、そのスープの中での化学反応の進行だけでなく、スープ同士が時々その中身を混ぜ合わせたり交換したりするということも、細胞誕生への道のりとして大きなカギになる考え方だと思っています。また、池の中のスープが脂質二重層あるいはその他の膜に包まれてスープのカプセルが生まれ、水たまり同士だけでなく、水たまりとカプセル、カプセル同士といった様々な組み合わせで有機物群が交換されたと考えられることにも着目しています[参照記事1, 2]。

さらに、1つの水たまりやカプセルの中でも、有機のスープの中の粘度は一様でなくまばらになっており、サラサラな粘度の低い位置と、ドロドロやネバネバな粘度の高い位置とでは、同じ有機物同士がであっても別の化学反応が起きたり、特定の粘度だからこそ生み出される新しいメカニズムなどもあったりしたのではないかとも考えています[参照記事3]。

この水たまりやカプセルを、スープの入れ物としての「器」と呼ぶことにしています。そして、参照記事3のように、蓋が開いている器をvessel、蓋が閉じている器をcanisterと分類して考えたり、有機のスープから着想を得て、人間の脳を様々な知識が入った知識のスープの器であると考えてると、驚くほど2つのスープには類似点があるということを浮かび上がらせてきました。

このvesselとcanisterという考え方は維持しつつ、それぞれの器の性質で分類するためのものではなく、どの器も持っている2つの性質と考えるべきだという気づきがありましたので、この記事ではそのことを紹介しておきます。

vessel的な振る舞いとcanister的な振る舞い

簡潔に言ってしまえば、スープの入った器が、他の器とスープの中身を交換するときに、ごちゃっと中身を混ぜ合わせてしまう場合、その器は蓋の空いたvesselとして振舞った、と考えます。一方で、スープの中身のうち、一部分の具材だけを選んで交換する場合は、canisterとして振舞ったと考えます。

この2つのスープの中身の交換のやり方を、参照記事3にて、前者をコンジャンクション、後者をコミュニケーションと名付けました。言い方を変えると、vessel同士はコンジャンクションでスープを混ぜ合わせ、canister同士はコミュニケーションでスープの具材を交換している、ということです。

当初、この発想を得た時には、以下のように器を分類できると考えていました。

  • 水たまり

    • 中身:有機のスープ

    • 交換方式:コンジャンクション

    • 器の分類:蓋のないvessel

  • 脂質二重層等の膜に包まれたカプセル

    • 中身:有機のスープ

    • 交換方式:コミュニケーション

    • 器の分類:蓋のあるcanister

  • 人間の脳

    • 中身:知識のスープ

    • 交換方式:コミュニケーション

    • 器の分類:蓋のあるcanister

これはこれで、それなりに合理的な分類ですし、器の形状的な性質(蓋のありなし)から交換方式が決定する、ということもわかりやすいと思います。かつ、その関係が、私たちがイメージする水たまりの様子や細胞カプセルの様子や、人間の脳の様子をうまく表すことができている点でも、うまくモデル化できたと考えていました。

ただ、もう一度考え直しているうちに、いくつかの例外に気が付きました。膜に包まれたカプセルと水たまりの間で有機のスープの交換は、膜が破れてコンジャンクションになるケースがあります。また、水たまりも、地形が都合よく形成されていれば、比較的緩やかな場所にできた多数の水たまりの間で水がちょろちょろと流れることで、軽い有機物の上澄みだけが選択的に水たまりの間を流れていくことがありえます。そうなると、膜で包まれたカプセルがコンジャンクションをしてvessel的にふるまったり、水たまりがコミュニケーションしてcanister的にふるまったりもすると考えた方が自然です。

また、倫理面での強い慎重さが求められますが、研究レベルでは脳とAIをつなぐ研究も進んでいるとの話も聞きます。倫理的な観点とは独立して想像すると、脳もcanisterとしてではなくvesselとして振舞う場合があるのかもしれません。

このように、この器はvessel、この器はcanister、というような分類をしていくよりも、すべての器はvesselとcanisterのどちらにもなることができ、その交換方式によってそれぞれの振る舞い方をするのだ、と理解する方が良いという結論に至りました。

もう一つの知識のスープ

脳やAIの他にも、知識のスープが入っているより広い器もあります。組織やコミュニティです。

組織やコミュニティが、そこに集まる人たちの脳の知識の集合にすぎないと考える事ももちろんできますが、その組織やコミュニティ内に立ち現れる文化という目に見えず言葉で表現しきれないものがあると感じます。参加者の脳の知識の集合だけではなく、その組織やコミュニティ独自の文化といった暗黙知的なものや、明文化された組織図や約款・規則類といった組織の形式知が存在するという見方に立てば、組織やコミュニティは、人間の脳とは別のレベルの、知識のスープの器として考えても良いと思います。

組織やコミュニティは、その中で参加者がコミュニケーションすることで新しい知識が生まれます。それが形式化された知識であることも、文化のような不定形な知識で得あることもあるでしょう。この点で、組織やコミュニティや知識のスープを入れておくだけでなく、進化させる機能もきちんと持っていることを説明できます。

また、組織やコミュニティは、別の組織やコミュニティとも知識を交換して、新しい知識を仕入れて新しい発想を得る機会も作り出します。この時、組織間で出し入れされる知識には、文化のような不定形なものを含めることは難しいですし、機密性やプライバシー性の高い情報を出さないようにする必要もありますから、選択的な知識の交換になります。この点で、器としてのコミュニケーションの特性を引き継いでおり、その際に、組織やコミュニティやcanisterとして振舞うことになります。

ここからが組織やコミュニティの話を持ち出して考えてみたかったことになるのですが、組織がvesselとして振舞い、知識のスープのコンジャンクションが発生することがあるのか、という点です。

もちろん、あります。企業であればM&Aなどの合併、企業内の部門であれば組織改革などで統合されることもあるでしょう。コミュニティについても、大きな社会コミュニティである国家を思い描くと、とても悲しい事実ではありますが、人類の戦争の歴史は、コミュニティのコンジャンクションの歴史であったのかもしれません。また、暗い面だけではないでしょう。交通網の発達で人々や文化が入り交じる様もまた、知識のスープのコンジャンクションであったと思えます。

組織やコミュニティも知識のスープであると思い描くことで、人間の脳だけを知識のスープの器と捉えていると見えてこなかった知識のスープのコンジャンクションの様子が、想像できるようになりました。

このような視点を持って、歴史や文化、組織やコミュニティの専門的な知識で見つめると、新たに面白い気づきが得られるかもしれません。また、既にそうした分野で見出されている知見や法則のようなものを、コンジャンクションという類似現象として対比させたとき、有機のスープの分野にも、新しい視点や気づきが得られることも期待できそうです。

また、有機のスープは専門知識がないとどうにも発想を広げることが難しいのですが、組織やコミュニティのコンジャンクションであれば、世の中のニュースや知り合いの話や個人の実体験などを通して、どのようなことが起きるのかを想起したり思いを巡らせることをやり易いと思います。そうして想像したものを、有機のスープの世界にも照らしてみるというのも面白そうです。

さいごに

複数の器に蓄えられて、コンジャンクションやコミュニケーションを通して多様化や複雑化し調和や秩序を形成していくようなスープは、有機のスープと知識のスープ以外にもあるはずです。

細胞生物が誕生して以来の生態系の様子を考えると、まさにそのような性質を持っていますので、そこにもスープと器のモデルでとらえられる何かがあると思いますし、レベルの異なる複数の器もあるのだと思います。細胞のスープ? 遺伝情報のスープ? ちょっとすぐにはうまくフィットするものが思いつきませんが、あるはずだと信じて性質を突き詰めて考えていけば見えてくると考えています。

芸術の分野はどうでしょう。器はやはり人間の脳だろうとは思いますが、芸術性や感性や感情のような、何か知識とはまた違ったスープを仮定して考えてみるのも面白そうです。

参照記事

[参照記事1]

[参照記事2]

[参照記事3]


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