器の中のスープ/vesselとcanister

はじめに

生命の起源を考える中で、有機のスープが溜まっている空間を「器」と呼ぶことにしました。そして、水たまりのような開けた器をvessel、細胞のように膜で包むような器をcanisterと呼ぶことにしました。
また、人間の知識を有機物に見立てて、人間の脳というcanisterには、知識のスープが入っているというイメージで考える事もしていました。
この記事では、このあたりを掘り下げていきます。

vesselとcanisterの比較

いくつか、この2つを比較していきましょう。

コンジャンクションとコミュニケーション

vessel同士のスープが入り交じるときには、任意の一部分だけでは済まず、完全に混ざり合うことになります。これはコンジャンクションと呼べます。
一方、canister同士のスープは、入り交じるというよりは、部分的にスープの具を送り合います。これはコミュニケーションと呼べます。

このため、vesselは普段は空間的に切り離されており、時々入り交じる方が多様性にとってはプラスです。常につながっていると、1つのスープになってしまいます。

一方、canisterは、常に密接にくっついていても、多様性は保てます。むしろ、密集してお互いにコミュニケーションを取ることで、短時間で多様性を高めることができますし、うまく組み合わせればお互いに役割分担をして共生することもできるでしょう。多細胞生物はこの特性をうまく使っているようです。

つまり、canister同士は、結びついてより複雑で多様な塊を形成することができるわけです。

知識のスープの中の様子

人間の脳というcanisterに、知識のスープが入っているというイメージは、いろいろなインスピレーションを与えてくれます。

知識には形式知と暗黙知がありますが、形式知はコミュニケーションに使えるくらい形がしっかりしているので、スープの具もイメージです。そして暗黙知は外に出すことができないけれども、学習によって確かに頭の中に構築されていきます。そして形式知よりもしなやかで柔軟性があります。とろみとか煮凝りとか、そういったものを想起できます。おそらく最初はさらさらで、学習が進むにつれてとろみがついて、それがやがてグミのように柔軟だけれど固さもある、そんなイメージです。

そして、おそらく、形がしっかりとした具同士が直接くっつくことはなく(くっつくと1つの大きな具になるだけです)、そのとろみやグミのようなものが、具と具の間をつないでいると考えると面白そうです。

具と具の間をとろみやグミのようなものがつないでいるとすると、その部分は柔らかいニューラルネットのようなものでしょう。形式知である言葉や文章を大量に読み込むと、単語と単語や文と文の間を、ニューラルネットに学習された暗黙知がグミのようにつないでいるイメージです。この暗黙知は、「概念」に対応付けられると思います。

形のはっきりした形式知同士の間を、柔軟さを持った概念がつないでいるという発想は、概念は対比する言葉があった方が記憶されやすいという一般論からです。

こういう具合に考えていくと、知識のスープは、サラサラの部分からとろみのある部分、粘着性のある部分や弾力のある部分など、多様な粘度の暗黙知が満たされた基質があり、その中に、しっかりと形を持った形式知が具が浮かんでいるように思えます。
そして、コミュニケーションによって形式という具がどんどん増えていくと共に、その具のまわりや、複数の具のあいだにある「概念」という暗黙知が、学習や思考と共に粘度を増していく、そういった過程を経て知識のスープは成長や発展をしていくというイメージでしょう。

また、よく暗黙知の例えとして自転車の乗り方があげられますが、こうした形式知との直接の結びつきがない暗黙知もあります。これらは、外部からの刺激と、身体の動かし方との間にある暗黙知が、成功や失敗といった経験を含めた体験を繰り返すことで、徐々に粘度を増してく、そんなイメージで考えることができます。

また、目で見たものや耳で聞いたもの、湧き上がってくる感情なども、知識のスープの外部からの刺激です。こうした刺激に形式知としての名前がついていれば、その名前と刺激の間にある暗黙知が、経験や思考を繰り返す中で粘度を増していくのでしょう。

こうして考えると、ニューラルネットワークによって色々な学習ができることも、説明できそうです。ニューラルネットワークは、学習によって、この暗黙知の粘度を増してく仕組みだと捉えることができます。

有機のスープの中の様子

有機のスープが入った水たまりというvesselや、細胞というcanisterについても、考えてみましょう。
有機のスープもまた、しっかりとした構造を持った有機物の構造物と、それ以前の有機物が作り出す多様な粘度の基質に満たされています。

これは、何のためだろうかと考えてみると、いくつかの効果があることが見えてきます。

  • 粘度が低い部分

    • 周囲の有機物が自由に動き回れる

    • 化学反応の連鎖が早く進む

    • 温度が冷めやすい

  • 粘度が高い部分

    • 周囲の有機物の動きが制限される

    • 化学反応の連鎖が遅く進む

    • 温度を保ちやすい

有機物の合成が進んでくると、有機のスープの中に粘度が高い部分と低い部分が現れるようになります。そうすると、1つの水たまり、あるいは、1つの細胞内の有機のスープの中に、粘度が低い部分と粘度が高い部分が、まばらに存在するようになります。スープの均質さが、どんどん失われていくわけです。これは何を意味するのか。

そうです。ここでもキーワードは多様性です。

スープの中の基質が、場所によって異なるということは、スープの中に多様な空間が現れるということです。また、温度というエネルギーの多様性と、化学反応の速度という時間的な多様性も生まれます。

空間と時間の循環構造の中でエネルギーを使って動き続ける生命の粒たちにとって、この空間、時間、エネルギーに多様性がある有機のスープは、生命の粒たち同士の新しい組み合わせを探索することに、大きな貢献をします。

有機のスープにおいて、基質の粘度の多様さが、新しい組み合わせを見つけるための多様性に大きく寄与しているのであれば、知識のスープにも同じことが言えそうです。形式知同士の間を暗黙知がさまざまな粘度でつないでいることで、頭の中の思考の多様性を広げることができ、新しい発想や知見、発見や閃きが起きる、そんな風に考えることができそうです。

そして、知識や有機のスープが入ったvesselやcanisterの間で、コンジャンクションやコミュニケーションが起き、あるいは外部の環境から様々な刺激を受けることで、幾重にも幾重にも、多様な可能性を広げ、空間と時間の中の強固な循環構造を見つけ出していくことができます。

おわりに

有機物から細胞が生まれる過程を過程をこれまで考えてきていましたが、その時は、有機のスープの中の粘度については、たまたまそうなっているだけで、あまり大きな意味がないだろうと思って気にも留めていませんでした。

いたずら心で、有機のスープのアナロジーで、知識のスープという観点で人間の脳と知識について考えてみたことで、暗黙知という考え方をキーにすることができました。そして、細胞の基質の粘度が、多様性に大きく貢献していることに気が付くことができた、そういうわけです。

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