ショートショート|路地裏で「焼き鳥 わしんとん」の暖簾をくぐったら
付き合いで出席した会社の飲み会が終わった。
建前だけの会話、ストレスが溜まるだけの時間にウンザリしたオレは、ひとりで飲みなおそうと、初めての路地裏を進んでいった。
そこは古びた飲み屋が並ぶ通り。「焼き鳥 わしんとん」と書かれた暖簾が目についた。焼き鳥屋らしくない名前が面白く思えたオレは、その店の暖簾をくぐった。
店はガラガラで客はいない。店員も一人だけだ。一瞬、マズったかなと思ったけれど、他に行くのも面倒だし、勢いよくドアを開けた手前もある。オレは誰もいないカウンター席に座った。
「イラッシャイマセ」
カウンターの向こうから声を上げた店員は、アメリカ人のようだ。鉢巻をしている。あらためて店内を見回すと、壁は煙で燻されて薄汚れている。そこに貼られた猛烈に下手くそな文字で書かれたメニューも、煤で黄ばんでいてよく読めない。
店員は炭火で焼き鳥を焼いている。客もいないのに、テイクアウト用だろうか。煙に乗せて香ばしい肉の匂いが漂ってくる。日本人でよかったと思う瞬間だ。オレはビールを注文して、おしぼりで手を拭いながら聞いた。
「今、焼いてるのはなんだい?」
「鳥ノ、死骸ノ、串刺シ」
えっ? 今、なんて言った? 「死骸」? すぐに理解が追い付かなかった。これは「焼き鳥」のことだよな。
「いや、焼き鳥だよね?」
「ソウ言ッテル。鳥ノ、死骸ノ、肉ヲ、串刺シニシテ、火炙リ。ソレガ、焼キ鳥!」
まぁ、間違ってはいない。確かに、死んだ鳥の肉を串に刺して焼いてはいる。でも、そうじゃないんだよ。日本語は流暢だけど、ニュアンスがわからないのかもしれない。
「チュウモンは、ナニカ?」
「じゃ、漬物はある?」
店員は、カウンターの冷蔵庫から出した小皿を私の前においた。
「植物ノ、死骸。人間ジャナイ」
死骸って言うなよ そりゃ人間じゃないだろ。漬物だよ。人間なら犯罪だろ。いったいなんなんだ? あらためて店を見回すと、壁の上には似つかわしくない斧が飾ってある。
店名が「わしんとん」で、壁には「斧」。もしかして、アメリカ初代大統領のワシントンにちなんでるのか? だったら「正直者」の逸話に出てくる「桜」もあるのか?
カウンターの隅に花瓶があった…そこに桜の枝が飾られている。そうか、この店員は、「正直」な表現をしてるつもりなんだな。壁のメニューが読めなかったのも、煤で汚れてるからだけじゃない。「死骸」と書いてあるんだ。
「桜を飾ってるんだね」
「マダ、イキテル花。生キタママ、切ラレタ。アト、ワズカノ命」
「わかったから、なにかおすすめの焼き鳥をくれ」
「殺サレタ鳥ノ子供ノ、死骸ヲ、串刺シ」
「『ひな鳥串』だよな。そう言ってくれよ」
「ソウ言ッテル」
「言ってない! 言ってないよ! 正直に言えばいいってもんじゃないだろ。心が痛むんだよ。『焼き鳥』のことだよな!?」
「死ンダ鳥ヲ、焼イテル。人間モ、死ヌト焼カレル。アナタモ、コウナル」
「ならないだろ!! 火葬にされても串刺しにならないし、食べられないよ」
「鳥ニ、食ベラレルヨ」
「それは『鳥葬』だろ! 日本じゃないだろ!」
「鳥、カワイソウ。仕返シ、デキナイ」
「だったら、なんで焼き鳥屋なんかやってるんだよ!」
「私ハ、殺サレタ鳥ヲ、火葬ニ、シテル。死骸ヲ、食ベルノハ、アナタ」
「…」
「焼キ鳥屋ハ、鳥ノ葬儀屋ダカラ」
もういいよ!!!
オレは差し出された「鳥の死骸焼き」にかぶりついた。
炭とタレが絡んだ「死骸」は、たまらなく旨かった。
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