短編ホラー|ドアが閉まっていく
この話は、これまで誰にもお話したことはありません。
心の奥底に張り付いたまま、ずっと私を苦しめ続けてきた恐怖。
今でも開いたままのドアの前では、正常な呼吸ができなくなるのです。
あの日は、高校の同窓会で意気投合したマミのアパートに遊びに行ったんです。彼女が住んでいたのは下北沢。
私は初めて訪れる街にワクワクしていました。
駅からの道すがら、おしゃれなカフェやデザイナーズブランドのショップが並び、かと思えば昔ながらの駄菓子屋さんもあって、まるでおもちゃ箱のなかを歩いているような気分でした。
マミのアパートは、「一番街」という商店街から、100メートルぐらい先にありました。
部屋では、高校時代のお喋りで盛り上がって、ほんとに楽しかった。
あっという間に時間が過ぎていきました。
そのうち飲み物がなくなったので、マミは表の自動販売機まで買いに行ってくれました。
その間に私はトイレに入ろうとしたんです。
そういえばマミは、鍵がどうとか言ってたけど、よくわからなかったな。
トイレのドアを開けた時、生理用品を忘れたことに気づいて、とりに戻ったんです。バッグの奥の方に入ってたから、私はバッグを抱えて、手探りで探していました。
その時、なんともいえない空気を背中に感じたんです。
そして、振り返った時の恐怖。
誰もいないはずのトイレから、じわじわと手が伸びていました。
それは言葉に尽くせぬほど、異様なほどにゆっくりとした動きだった。
あれは絶対に人間の手の動きじゃない。
地獄の底に人間を引きずり込むような動き。
苦しめるために、わざとゆっくりと引きずり込むみたいに。
怖い。怖い。怖い。
本当の恐怖を感じたら、叫ぶことも、動くこともできません。
私は硬直したまま、ただ見ているしかありませんでした。
その手は、開いていたドアを内側からゆっくりと閉めていきます。
得たいの知れないものがトイレから出てきたら怖い。
でも、トイレの内側に籠っているのはもっと怖い。
マミの部屋のトイレに何かがいる。
マミがそれを知らないはずがない。
私は彼女が怖くなりました。
この部屋に住んでいるなんて正気じゃない。
私はバックを持って部屋を飛び出しました。
外では缶ジュースを持ったマミが、私をみてびっくりしてた。
でも、立ち止まることなんてできない。
私は「ごめん」とだけ言って、ぶつかるようにマミの横をすり抜けた。
マミはあいつの番人だったんだ。
ジュースを買いに出たのも、餌である私を一人にさせるためだ。
もし、あの時、生理用品を取りに戻ってなければ、引き摺り込まれていた。
走り疲れて足を止めると、商店街の奥にあるゲームセンターの前にいました。
いつもは嫌いだった賑やかなその場所が、心強く思えた。
私はゲームセンターに飛び込むと、鳴り止まないマミからの電話を着信拒否にしました。
今でも、あの時の光景がフラッシュバックします。
いったいあれはなんだったのだろう。
私はどうして、あれを見てしまったんだろう。
マミはいったい何者だったんだろう。
私は逃げ切ることができたのだろうか。
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みいただきありがとうございました。チップしちゃおうかなと思ったら、迷わなくていいんです。私がそっと背中を押しますからね!