なりきり音読|第1回 俳優になりきれ
俳優は、声まで役になる。英語も「なりきる」と変わる
最近のドラマを見ていて、俳優というのは本当にすごいなと思うことがある。
演技がうまいとか、表情が自然だとか、そういうことだけではない。
声、間、アクセント、話し方まで、その役の人間になっている。
特に私が驚くのは、関西弁である。
昔のドラマでは、関西圏出身ではない俳優が関西弁を話すと、京都育ちの私にはすぐ分かった。
「あ、これは違う」
「関西風にはしているけど、全然違う」
そう感じることが多かった。
ところが最近は違う。
たとえば朝ドラを見ていて、出演者が関西のアクセントで話している。
こちらは当然、関西出身の俳優だと思って見ている。
ところが、あとで調べると関東出身だったりする。
それを知って驚く。
関西人が聞いても、自然な関西アクセントに聞こえる。
ネイティブにしか聞こえない。
少なくとも、その役の中では完全にその土地の人に見える。
もちろん、自由に何時間も関西弁で話してくださいと言われたら、また違うのかもしれない。
おそらく、どこかでアラが出るだろう。
でも、セリフの中では完璧に近い。
その役の人間として、その土地の言葉を話している。
これは英語にも通じると思う。
最近の朝ドラでは、俳優が英語を話す場面もよくある。
それを聞いていて、かなりうまいなと思うことがある。
ネイティブそのものの英語というわけではない。
でも、非常に自然で、聞いていて違和感が少ない。
私の感覚で言えば、英語のうまいドイツ人やオランダ人が話す英語に近い。
ネイティブではないことは分かる。
でも、ものすごく自然で、流れがある。
なぜそうなるのか。
理屈じゃない。その役に憑依しているからだと思う。
英語を発音しているのではない。
英語を読むのでもない。
その人物として、その場面の中で話している。
だから、声の出し方、間の取り方、息の使い方まで変わる。
私はこれが、なりきり音読の本質だと思っている。
なりきり音読とは、ただ英文を声に出して読むことではない。
発音記号を見て、正しい音を一つずつ出す練習でもない。
もちろん発音記号は役に立つ。
発音の基礎を知るには便利だ。
でも、発音記号だけでは分からない音がある。
音がつながる。
音が弱くなる。
音が抜ける。
ほとんど息だけになる。
文字としては存在しているのに、音としてはほとんど聞こえない。
こういうものは、説明を読んだだけではなかなか分からない。
イントネーション。
リズム。
抑揚。
間。
言葉で説明されれば、理屈としては分かる。
でも、それを実際の英語の流れの中で聞き取り、自分の口で再現するのはまったく別の話だ。
そこで、なりきり音読が効いてくる。
好きな声を見つける。
その人の話し方を何度も聞く。
そして、その人になったつもりで真似る。
上手に読むのではない。
本人になる。
声の高さ。
息づかい。
スピード。
間。
強くなる音。
弱く消える音。
落ちる音。
ふっと抜くところ。
そういうものを、全部観察する。
観察すれば分かる。
何度も真似れば分かる。
「あ、ここは発音していないんだ」
「あ、ここは単語ごとに言っていないんだ」
「あ、ここは音ではなくリズムなんだ」
そういうことが、頭ではなく体で分かってくる。
なりきり音読で、誰もがすぐにネイティブになれると言いたいわけではない。
そこは誤解してほしくない。
大人になってから英語を学んで、完全なネイティブ発音になるのは簡単ではない。
私自身も、ネイティブ英語を発音しているとは微塵も思っていない。
でも、リスニング力は確実に変わる。
これは私の経験からはっきり言える。
なりきって音読していると、英語を単語ごとに聞かなくなる。
音の流れとして聞けるようになる。
どこが強くなるのか。
どこが弱くなるのか。
どこでつながるのか。
どこが消えるのか。
そういう英語の流れが、体の中に入ってくる。
だから、聞き取れるようになる。
TOEICのリスニングなら常に満点だ。
英語の音の流れが体に入っているからだ。
俳優が役に入ると、声まで変わる。
その場面の中では、本当にその人物に見える。
英語の音読も同じだと思う。
英文をただ読むのではない。その声になる。その人になる。その場面に入る。気が狂ったように、何度でも。
もちろん、気が狂わなくてもいい。
気が狂うのは私だけで十分だ。
しかし、そのくらいの熱意でなりきって初めてその音が自分のものになる。
その声になる。
その人になる。
その場面に入る。
それが、なりきり音読である。
次回から、少しずつ私のなりきり音読の手順を話していきたい。
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