私もいちごを食べたかった
私は若かりし頃、自分は包容力がある人間だと思っていた。
人の話を聞くことができる。
相手の気持ちを考えられる。
多少のことは受け流せる。
我慢もできる。
相手を優先できる。
私って、できた人間だと。
今思うと勘違いも甚だしく、とても恥ずかしい。
人を優先する癖があった。
母が「良いものがあれば、まず人にあげなさい」と教えたから。
いちごのショートケーキを半分するとして、イチゴがのっている方を他人にあげなさい。ということだった。
子供の私は「人を優先すると良い子」という方程式を信じた。
人に優しくするのはよいが、自分を犠牲にするのはよろしくないと気づいたのはずっと後だ。
大人になってからも、その癖は続いた。
人が喜ぶ方を選ぶ。
人が困らない方を選ぶ。
自分が我慢すれば丸く収まるなら、それでいいと思っていた。
むしろ、それが大人だと思っていた。
それが思いやりだと思っていた。
それが包容力だと思っていた。
だっていちごは人に譲るのが良い子だから。
でもある時から、少しずつ苦しくなった。
特に異性関係だ。
相手に合わせているはずなのに疲れる。
頼まれごとを断れない。
本当は嫌なのに我慢してしまう。
本当は寂しいのに平気なふりをする。
そして相手にも気づかれない。
なぜなら、本当はいちごが食べたいのを隠しているからだ。
私は心理カウンセラーになり、多くの方のお話を伺うようになった。
すると、昔の私によく似た人にたくさん出会った。
優しい人。
気遣いのできる人。
空気を読むのが上手な人。
そういう人ほど、自分の気持ちがわからなくなっている。
いつも相手を見ているから。
いつも外側を見ているから。
昔の私は、何でも受け入れることが包容力だと思っていた。
でも今は違う。
本当の包容力とは、
自分の気持ちを大切にしながら相手を尊重することなのだと気づいた。
嫌なことは嫌。
悲しいことは悲しい。
寂しい時は寂しい。
そう感じる自分を置き去りにしないこと。
その上で相手を思いやること。
そちらの方がずっと難しい。
でも、そちらの方がずっと健やかだ。
人を優先する癖は、なかなか手放せなかったが、
今は人を大切にするように、自分も大切にしていきたい、と思う自分になれた。
それが今の私にとっての包容力であり、
私もいちごを食べたいの、半分にしようかと提案できるようになれた。
人生の長い時間を勘違いしてきた私。
「いい加減、自愛。」
一生懸命なあなたへ。
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