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7月10日は「納豆の日」馬の背中で生まれた奇跡――源義家、加藤清正、そして現代へ紡ぐ「ネバーギブアップ」の糸

今日、7月10日は「納豆の日」。

食卓に並ぶあの四角いパックを開けるたび、僕たちは当たり前のようにその独特な香りと豊かな粘りを楽しんでいる。
しかし、この日本特有の食文化の背景には、偶然が生んだ神秘的な歴史と、地域ごとに異なる熱い愛着の物語が隠されている。

偶然と発酵の奇跡――納豆の起源と記念碑

納豆の起源には諸説あるが、最も有名なのは平安後期の武将・源義家(八幡太郎)にまつわる伝説だ。
実はその舞台となった地に「納豆発祥の地」の記念碑が実際に建立されています。

その記念碑があるのは、秋田県横手市にある「金沢公園(金沢柵跡)」です。 ここは平安後期の戦役「後三年の役(1083〜1087年)」の舞台となった場所。

源義家の軍勢がこの地に籠城する敵と対峙した際、馬の背に積んでいた藁の俵の中の煮豆が、馬の体温で発酵して納豆になった恐る恐るそれを口にした兵士や義家はその美味さに驚いた。
これが「納豆」の始まりになったと言われている。

冷蔵技術も人工的な菌の培養技術もない時代。たったひとつの「もったいない」という偶然の保管から、大豆が糸を引く旨味の塊へと変化した。まさに大自然と先人たちの知恵がもたらした、奇跡の発酵食品なのである。

東西の壁を越えて――全国の消費動向

現代に目を移すと、納豆の消費動向には非常に興味深い地域性が見えてくる。

かつては「東高西低」の代表格とされ、関東や東北で圧倒的に愛される一方、関西では敬遠されがちだった納豆。しかし近年の健康志向の高まりや、においを抑えた画期的な商品の開発など、メーカー側の「ネバーギブアップ」な企業努力により、その勢力図は変わりつつある。

  • 不動の東日本、そして聖地・水戸 
    都道県別の消費量のトップ5を占めるのは、茨城県水戸市や東北各県だけど、最近では福島市がダントツの1位を継続し、水戸市は2位~5位に甘んじている。

  • 躍進する西日本
    かつては消費量が少なかった関西や四国地方でも、近年はスーパーの棚に多様な納豆が並ぶようになった。タレの味わいを地域好みの甘めに変えるなどの工夫も功を奏し、今や全国区の国民食へと進化を遂げている。

  • もう一つの納豆伝説
    伝統的に「西日本は納豆が苦手」と言われるなかで、九州の熊本県(熊本市)だけは例外的に納豆消費量が非常に多く、全国でも上位に食い込むことがよくあります。
    近畿・四国などの西日本諸都市が年間購入額3,000円〜4,000円台にとどまる中、熊本市は東日本並みの6,000円前後を記録する「西日本の納豆大国」です。
    熊本で納豆が食べられている最大の歴史的理由は、熊本藩初代藩主である加藤清正にあります。 文禄・慶長の役(1592年〜1598年)の際、清正の軍勢が馬の背に積んでいた煮大豆が、馬の体温と藁(わら)によって偶然発酵し、納豆になりました。これを食べた清正や兵士たちが「美味しくてスタミナがつく」と気に入り、領地である熊本に持ち帰って広めたという伝統的なエピソードがあります。


最近では不透明なイラン情勢の影響により、納豆パックの原材料が高騰し、納豆の小売単価も上昇中ですが、口の中に広がるのは、遥か千年の歴史と、発酵食品としての健康を追求した美味しさです。

今日のご飯には、いつもより少し多めに、そんな心を込めて箸をかき混ぜてみましょう。その1回1回が、日本の豊かな食文化を未来へと紡ぐネバーギブアップの糸なのです。

そんな納豆に魅せられて、かつて深夜3時のテレホーダイの終わり際に、たったひとつの悔しさから全国の仲間を巻き込み、日本特有の食文化を追求した男の、熱いネバーギブアップの物語が「納豆チャンピオンへの道」に隠されています。

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舘 徹人(熊猫ジィジ) 少しでも「いいな」と感じていただけたり、共感していただけたら、とても嬉しいです😊 よろしければ応援していただけると励みになります! いただいたチップは、今後の創作活動をより良くするために大切に使わせていただきます。心から感謝いたします✨