第16回 未来のためにできること これからの看護の未来について
はじめに
未来についてできること、その内容を書く前に未来、という言葉について少し考えてみたい。
未来、と一言で言っても近い未来、少し先の未来、ずっと遠くの未来、いろいろな未来がある。
例えば明日や明後日みたいな今日の延長線も未来だし、10年後、20年後のまだ私たちが生きているであろう未来やもっともっと先、何千年何万年先の人類が存続しているかすら怪しいほど先の未来でさえも、未来、という同じ言葉に含まれている。
明日のことを考えてみてもそれは明日の献立を考えるのと大差ないような気もするし、あまり遠くの未来について考えてもよくわからないので今回は少し先の未来、10年後からせいぜい100年後の未来のためにできることについて考える。
さあ、未来についての範囲をを決めたところで次は一体どんなジャンルの話にするかを決めないと行けない。政治、教育、医療、脱炭素、AI、様々なジャンルがあるけれど、このアカウントは考えすぎナースのアカウントなので今回は看護の未来についてできることについて書いていこう。
看護の未来のために何ができるか
今、看護の世界は危機に立たされている。
2020年、俗にコロナ禍と言われたCOVID19の世界的パンデックによって、それまでの看護は根底から覆された。
・感染制御のための面会制限、外出規制
・PCRに代表される新たな検査の大量追加
・あまりに煩雑な感染対策
挙げるときりがないが概ねこのような変化がありコロナ禍の只中は本当に本当に大変なことばかりだった。
それでは今はどうだろう
世間ではコロナ禍以降リモートワークや非接触での接客方法などが一気に発達し、それ以前の世界では考えられなかった労働環境の変化が起きた。そして集団意識の中でライフワークバランスやQOLをより価値あるものとし、それにともなって副業・投資などへの機運が高まった。
そんな中看護の世界ではリモートワークは以ての外、大学病院では副業も不可。もちろん自社株なんてものはなし。といった具合。
コロナ禍による過酷な労働環境で離職した看護師も多く、その上コロナ明けの環境への適応もままならない。
臨床の場においては未だに面会制限を続けていたりレクリエーションや談話室など一部の施設が閉鎖になったままのところも未だに多い。また未知のパンデミックに備えコロナ禍から増えた諸々の業務が継続している。さらに薬剤や中材(マスク、注射器など)の供給不安定に関してはむしろ増加している感するある。
といった具合にコロナ明けのベネフィットはほぼ得られないままデメリットだけが、残り続けている現状がある。
そんな看護の世界で未来のためにできることは山程ある。診療報酬や給料体系の見直し、AIをはじめとしたテクノロジーの導入、それを可能にするための人材育成、看護師を目指す若者を導くためのプロモーションだって欠かせない。けれどそんなことは私には関与できないことで、私がやるべきことでもない。
今の私が看護の未来のためにできることはなにか。
それでは今の私が看護の未来のためにできることはなにか。
それは看護の本質とはなにかを考え続けこうして発信し続けることだ。
拙いながらも看護の本質を発信し続けることで未来の看護師や看護師を目指す誰かの心を動かすことができるかもしれない。そしてその人々が未来の看護を形作ってくれるかもしれない。
きっと学校や現場でも看護の本質について勉強する時間はあるだろう。けれどそれだけ本質に至ることはない。なぜなら看護の本質は看護師それぞれで異なるからだ。だからこそ自分にとっての看護の本質を見定めるために個々人の感性や経験から生じた看護の本質という語りに触れる必要がある。
10年間看護師を続け、いろいろな場所で働く中で看護の本質というものを時折考えるようになった。病棟で、在宅で、手術室で、慢性期の患者の前で、急性期の患者の前で。それぞれの場所で看護師は働き、そこには看護が存在する。
実は看護師の仕事は法律で決まっている。療養上の世話と診療の補助。それがこの国で定められた看護師の仕事ではあるが、私はそこに看護の本質は無いと思う。なぜならこの法律で決められた範囲の中には看護師にしかできないことはないからだ。診療の補助は医療事務でも、なんなら医者自らすれば良い。療養上の世話ならば介護士や医療補助者がすれば良い。じゃあ看護師がそこにいる意味、その本質はどこにあるのか。
きっと看護の本質は自分と相手とその間にある。
患者やその家族、医者、技師、リハビリ関係の先生や介護士、医療補助者、治療事務。そして自分以外の看護師。看護師の周りにはたくさんの人がいて、それぞれがそれぞれの意思と役割をもっている。その全員の全員の役割を理解し、その全員と自由に関わることができるのが看護師という役割だ。
相手にとって必要なこと、それをくみ取り、判断し、適切に関わる。時にはケアの担い手として、時には医療コンサルタントとして、そして時にはチームのリーダーとして、その役割を柔軟に変化させながら自分の周りの流れを変えていく。常に相手にとって、このチームにとって何が必要かを考え、行動する。
それが今の私が考える看護の本質である。
終わりに
今の私が一人でできることは世界にとってあまりにも小さい。けれどその小さな一歩が、一言が確実に世界を変えていく。少なくともこの思いは今こうして世界に放たれた。未来が少し変わったのだ。
未来にとってできること、それはきっと他でもないあなたが勇気をもって今できることをする。それだけなのかもしれない。
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