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片岡義男「赤いボディ、黒い屋根に2ドア アメリカの雑誌広告でたどる275台の自動車の容姿」

 若い頃に片岡義男の小説を読み過ぎてしまって、ヤマハSR400というオートバイであちこち旅をしたけれども特に何も起こりませんでした。

 だからというわけではありませんが、小説の次には評論やエッセイなどを好んで読むようになりました。

 中でも好きなのが、「赤いボディ、黒い屋根に2ドア アメリカの雑誌広告でたどる275台の自動車の容姿」(東京書籍)です。タイトル通り、彼が自宅にあったアメリカの古雑誌の山から切り抜いた自動車メーカーの広告を紹介しながら、アメリカを走るクルマとアメリカ社会の変容ぶりについて書いています。
 1950年代から70年代に掛けてのアメリカ車やホンダ、日産、フォルクスワーゲンなどについて多くのページが割かれています。

 クルマそのものの説明ではなく、時代について、クルマを取り巻いていたアメリカという社会と文化、価値観などについて片岡義男ならではの文章が綴られています。引用してみましょう。

 大量生産と大量消費になんらかのかたちでつながる仕事をしているだけで、当然の権利のように大衆の手に入った豊かな生活の象徴、それが絵に描かれたこのような自動車の数々だ。夢の跡だ。残骸、そして抜け殻だ。

 自動車は恐ろしく未完成で不完全なものだと僕は思う。人間が操る機械として、自動車は二流、三流のものでしかない。改善の余地は大きい。しかも根本的に改善されなければならない。そのようなまだ出来そこないの段階の機械に、居心地の良さなどを求めてはいけない。車内を居間にしようという試みは、見当違いもはなはだしい。

 大き過ぎるという問題に、自動車の非科学性がすべて集約されている。サイズも重量も、馬力も速度も消費するエネルギーも、普通の乗用車はとにかく大き過ぎる。だからシートも、極端でもなんでもなく、尻を置いて痛くなければそれでいい、というところまで戻って考え直すといい。

 それぞれが何について書かれたは、本書でお楽しみください。

 「全著作電子化計画」と謳っている片岡義男.comにも本書はすでに収められていますが、さまざまな広告のタッチを紙の本で堪能したい場合は古本で探してみてください。

https://kataokayoshio.com/contents/10549

 テディ片岡名義の3冊が古書店のウインドに飾られていたのが4年間ずっと気になっていましたが、先日、とうとう売れてしまっていました。

 これらの本もいずれ電子化してもらいたいですね。

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