色男其所此処②~女にもてたい江戸の男のばか話の黄表紙
女にもてたいうぬぼれ男、万屋与四郎の行動を描く黄表紙、「色男其所此処」万象亭(1756~1810)作、鳥居清長(1752~1815)画、天明七年1787鶴屋喜右衛門刊、上中下三巻の現代語訳を三回に分けて紹介する二回目。
中巻
八

恋文をたくさんの女に押しつけて、その後、「後光」を背中にしょったコスプレ姿で出かければ、薬研堀で有名なおゑんという踊り子、
「あれは、阿弥陀如来像を拾い上げた、本田善光様かな」
と、お布施を施せば、
「さては、俺に惚れたな」
と思う。
おゑん「これを進ぜましょう」
与四郎「光~り、ひかり。ああ、くたびれた」
小僧「檀那寺の本堂の建立じゃなくて、旦那さんの色事の建立」
九

「たとえ芸者相手の色事でも、取り持ちならぬ、とりもちがなければかなわない」
と、棹の先にとりもちを塗って、おゑんが不動様へ参るところを、ちょいと刺して、つかまえた。
通りがかりの夜鷹、とりもちを持った鳥刺しの男を見て、大きく熱くなる。
夜鷹「この、くされ鳥刺しめ。親子ほどの振り袖をつかまえて、鳥じゃなんぞと毒づきやがって。この鳥刺しめ」
さすが芸者はさるものにて、両手を広げ、
「チュンチュン、つかまったあ」
と言う。
十

とりもちでおゑんを手に入れ、次はえっちをしなくちゃと、屋形船に乗せ、向島へ出かけ、三囲の鳥居で、おゑんが先に歩くのを、ねらいすまして、どっと突き転ばす。
芸者などが売春することを「転ぶ」というが、本当に転ばすとは、なんというこっちゃ。
与四郎「さあ、すっきり転ばしたぞ。その転んだ場所を掘ってみな。きっとここ掘れワンワン金が出てくるぞ。それで差し引きなしにしようや」
おゑん「膝頭が痛い痛い。この痛さは、飛び立つほどだ、鳥居立つほどだ」
箱持ち「もし、旦那、ご祝儀の三分意外に、えっち代は一分きざみでございます」
十一

芸者を転ばせても、思いのほかおもしろくない。
「ならば、気分を変えて、深川の呼び出し女郎と遊ぼう」
と、ナスの漬物をしたたか食らい、痰をからめて、ゴホンゴホンと咳き込んで通う。ナスを食べると痰がからむと思われていたので、病気がちの色男を演じる。
船頭「旦那、きつい咳き込みだね」
与四郎「ああ、喉が痛い。女郎とえっちするのも、なまやさしい苦しみではないわえ。これを思えば、やっぱり野暮で遊ぶほうが楽だ。通になるのもたいていではない。ゴホンゴホン」
十二

さて、深川仲丁の尾花屋において、したたか女郎をたらしこんでかきのめす。「かきのめす」とは、たらしこむことなり。同じ「書く」ということで、この頃流行りの席書き、つまり即興の書画を千枚書きする。
十三

見物の女郎のうち、気に入ったお琴という子に、かねて用意したる「足」をつけて遊ぶ。席書きの裃姿のままで、人形芝居のマネは、大出来大出来。
与四郎「♪そのとき、高綱、大音声。さあさあ、ぐっとにらんだり、にらんだり~」
お琴「まったくあきれるねえ」
尾花屋の娘、「何やってんだか」と思えども、新しい帯をもらった手前、しょうことなしに、「やんややんや」と言う。
むちゃくちゃなまま次回につづく、
タイトル画像は、百人一首絵本をまねて作られた「古今狂歌袋」(天明七年1787蔦屋重三郎刊)、宿屋飯盛(1754~1830)選、北尾政演(山東京伝1761~1816)画より、万象亭の模写。

他の江戸の狂歌の紹介は、こちらも、
万象亭(1756~1810)は、本名桂川中良、あるいは森島中良。教科書にも出てくる「解体新書」の翻訳にかかわった蘭学者桂川甫周(1751~1809)の弟で、平賀源内(1729~1780)の、蘭学、戯作の弟子である。森羅万象、竹杖為軽の名でも戯作を発表している。
平賀源内については、こちらも、
挿絵の鳥居清長(1752~1815)は、これまた教科書にも出てくる浮世絵師。美人画を得意とした。
出版社の鶴屋喜右衛門(?~?生没年不詳)は、浮世絵や戯作本を多く出版している。
