色男其所此処①~むちゃくちゃをする江戸の色男きどりの黄表紙物語
うぬぼれ男を描いた江戸の黄表紙には山東京伝の「江戸生艶気樺焼」(1785刊)があるが、こちらのうぬぼれ男も、かなりむちゃくちゃをする。
「色男其所此処」万象亭(1756~1810)作、鳥居清長(1752~1815)画、天明七年1787鶴屋喜右衛門刊、上中下三巻の黄表紙の現代語訳(かなり意訳)を三回に分けて紹介する。
上巻
一

ここに、万屋与四郎という者あり。商売をすることもなく、借金もなく、女房もなく、まだ独身の若隠居、自分では色男気取りなれど、自分で惚れるほどには他人は惚れてはくれず、女にもてることもなく、ぶらぶらと暮らしける。
与四郎「見れば見るほど、俺はいい男だなあ。美男でまいったまいった」
口上
東西東西、ここにおきまして、作者万象、ちょっと口上を申しあげます。
おのおの様方、ごきげんよく新春をお迎えなされ、大悦至極にぞんじあげます。
この草双紙の趣向は、去年、芝全交アニキの書かれました「文盲図会」の後編のような、後編でないような、ヘンテコな草子でござりますれば、「万象の作品はムダでいい。たわいないところが最高だ」と、かわらぬごひいきを願い上げたてまつります。
「馬鹿夢文盲図会」は、芝全交作、北尾重政画、天明五年1785鶴屋喜右衛門刊の黄表紙。
二

頃しも弥生の花盛り、桜の名所、飛鳥山の桜見物、
「きっと俺に心ひかれる姫君か、箱入り娘なんぞが、桜の枝へ恋の歌の短冊でもつけているかも知れぬ」
と、宝くじの番号を調べるように、次から次へと短冊を読んでみても、ヘタな俳句や狂歌があるばかりで、当然恋歌はなかりけり。
与四郎「杉の木に打ってあるクギは、みんな俺を呪い殺そうとしているように見えるが、なぜ恋歌がないんだろう」
女「ねえねえ、見てごらん。しゃれたかっこうをしているけど、つまらなそうな男だねえ」
三

ある人、教えて曰く、
「とかくえっちをしたいのなら、女を張るしかない。何度も挑戦することだ」
と言いければ、さっそく浅草観音へ参詣し、「女はいないか」と待っていれば、武家屋敷の女中四五人づれがお参りする中に、すぐれて美しい女中を、ひたすら引き倒し、横っ面を、したたかになぐりつけることぞ苦々し。「女を張る」(女性にアタックする)という言葉を、「女を張り倒す」と思い込んだ結果なり。
与四郎「俺の彼女になるか、ならぬか。なるとおっしゃれ」
女「アレー、何をする。むちゃくちゃなお人だ」
四

かかるところへ、供の者、遅れてやって来て、あわてて与四郎を引きはがし、したたかに踏みつける。
与四郎「力では負けても、口では負けないぞ。家内安全、御息災延命、かないやんせん、土足さいえんめい。このダジャレはどうだ」
五

与四郎は、思いもよらず打ちたたかれて、動くこともできずにころがりけり。かかりつけの医者、玄長老見舞いに来て、様子を聞いて、おおいにあきれ、
「色事というものは、そう急にはゆかぬもの、チャンスをみつけて袖を引いて、うまく話のきっかけをつくりなさい」
とは、さすが医者だけあって、口のうまいことうまいこと。
与四郎「女を張るはずが、供の野郎に張られました。しかも、にぎりこぶしで。雨や霰が降るように張られました」
医者「それは災難でござりました。シャレにもならないことですな」
六

玄長老の言葉で「袖を引く」とは、おもしろしと、とび職の者を雇い、綱を持たせ、人の多い浅草の茶屋を貸し切り、目についた女の袖を綱で引かせる。
女「あれさ、この人は、何をさっしゃる。これさ、よしなせい」
七

今までは、女の方から惚れるのを待っていたからラチがあかなかったと、江戸中の女に文を届けさせる。
雇われた男「これ、御用聞きさん、ここらにいい娘はいないかい」
御用聞き「向こうのお手伝いと、隣の子守がいいのさ」
むちゃくちゃをしながら次回につづく、
蔦屋重三郎のドラマでもおなじみ、黄表紙の始まりといわれる恋川春町の「金々先生栄花夢」の現代語訳は、こちら、
黄表紙の代表作、うぬぼれ男が出てくる山東京伝の「江戸生艶気樺焼」の現代語訳は、こちら、
これらの後半部分に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。
