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亀山人家妖①~江戸の当時もゲゲゲと妖怪人気

 「古事記」や「源氏物語」の文学作品に対して、たわむれに書いた作品ということで、江戸後期文芸を戯作げさくという。その中で、絵と文が一体となったマンガのようなものを黄表紙きびょうしといった。
 黄表紙作者として有名な朋誠堂ほうせいどう喜三二きさんじは、本名平沢常富ひらさわつねとみ(1735~1813)、秋田久保田藩の江戸留守居役るすいやくである。亀山人きさんじんのペンネームでも作品を書いている。また手柄岡持てがらのおかもちの名で狂歌を作っている。
 自分自身をタイトルとした黄表紙作品「亀山人きさんじん家妖いえのばけもの」は、朋誠堂ほうせいどう喜三二きさんじ作、北尾重政しげまさ(1739~1820)画、天明七年1787年、蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう(1750~1797)刊。五十三歳の頃の自身を作品に登場させている。
 三巻三冊の現代語訳(学術的な訳ではない!)を三回にわけて紹介する。

 


上巻

自序じじょ
 はなしにかくということはあれど、序文じょぶんにかいたためしはかつてはなかった。
 ここに絵双紙えぞうしといえば蔦屋重三郎つたやじゅうざぶろう、絵双紙の作者喜三二きさんじのもとへ年始に来て、来春ひつじの春の新版の青本あおほん黄表紙きびょうし)をたのむ。
 
喜三二「来年のを、もうたのむのかい。この春のうちに書きやしょう。書こうと思えばすぐにできる」
などと、大うぬぼれをならべる。
蔦屋「この春の『天道大福帳てんとうだいふくちょう』は、とんだ評判ひょうばんがようござりまして、ありがとうござります」
などと、調子のよいことを言う。

 


 耕書堂こうしょどうの主人、蔦屋重三郎つたやじゅうざぶろうは、三月まで待てど暮らせど沙汰さたがなければ、四月五月にだんだん催促さいそくすれども、六月になり七月になりてもアイデアが浮かばないとずるけけるので、八月には大かんしゃくとなりて、十月の新春発行の作品タイトル発表の頃となれば、せめてタイトルだけでも決めてくれとせめたてる。
 
蔦重「タイトルを書くところはあけてあります」
左の男「わたしは、ただのお手伝い。絵入り本である草双紙くさぞうしのアイデアの垣根かきねの外にござります」
男「他の作品は、すでに印刷できる状態です。この中に化け物ばけものの作品はござりますまいから、それをぜひお頼み申しあげます」
喜三二「化け物で一つ考えて見ましょう。まずタイトルは『亀山人きさんじん家妖いえのばけもの』とでも出しておこう」
 
 画面の他の黄表紙は、同時発売の作品の宣伝せんでんなり。

 


 喜三二きさんじは、化け物ばけもの趣向しゅこうをさまざま考え、心の中で相談しながらとろとろ寝入ねいってしまう。
 喜三二の心の友に、亀山人きさんじんをはじめ狂歌を作っている手柄岡持てがらのおかもち、「吉原細見よしわらさいけん」のじょを書いている、ほうせい堂など、寄り合い、化け物の相談をする。
「はやりのできごとはなにかないかな。本物の化け物の話を書いてもおもしろくもない」
 岡持は朋誠堂ほうせいどうか、喜三二は亀山人かと聞くのはやぼなもの。きまぐれきまぐれ。

 


 喜三二きさんじは、思いついた化け物ばけものを三人登場させるも、おもしろくもなんともなし。
△七十の老人の化け物
△一本足で一つまなこの化け物
△口が耳までさけた化け物。
 作者作者といわれても、あんまり知恵ちえがねえ。
「こいつは役に立たねえ。早く消えろ消えろ」

 


 喜三二きさんじ化け物ばけものの工夫に困っているとき、出版社の蔦重つたじゅうからは日々の催促さいそくにて、
九月二十五日つのかね(午後六時頃)を合図あいずに原稿を渡せ、
きびしくせめられ、困りけるとき、いずくともなく一人の入道にゅうどうあらわれていわく、
入道「わたくしは、それ、おめえのごうにしている亀山かめやまの化け物さ。箱根からこっちに野暮やぼと化け物はめずらしいと言ったのは昔のことで、今は日本中に野暮と化け物はいねえから、わたしも化け物はやめにして、素人しろうととなったよ。役者のことを役に化ける化け物というような野暮なことは流行はやらねえから、これは大事なことだから、おめえに申しやす」
喜三二「なるほど、こいつはおもしろい。さてもう、今度はますます困った」
入道「わたしが化け物でいたときも、ついぞ化けたことはねえけれど、それ、むこうから勝手に化かされてきやす。ここんところをよく工夫くふうしてみなせえ」
 
 喜三二は、そうおうにあいさつはしけれども、相手は化け物と聞きて恐ろしくなりける心の迷いからか、そこらあたり真っ暗になりて、亀山の化け物は、どこへ行ったか行かないか、真っ暗なのでなにも見えず、もっとも喜三二の姿も見えねえや。
 
 このページ半分は、なにも書くことがないゆえ、真っ暗になりたるなり。きつい喜三二のこじつけなり。

 


 喜三二きさんじは、目をひらいて見れば、たちまち晴れ晴れと明るくなりける。今までは目をふさいでいたので真っ暗になっていたのだろうと思う。されば、かすも化かされるも、みな、人の心にあり、ばかにするも、ばかにされるも、同じ道理どうりなりとさとりて、それより化け物ばけもの草紙ぞうしをつづりて、初春はつはるの笑いにそなえる。
 
喜三二「まず上巻はできてしまった。うれしやうれしや」
ということをべて、これより化け物草紙のはじまり、さようにとしかいう。
  時に丙午ひのえうまの年九月  喜三二

 


次回につづく、 

 


黄表紙の始まりといわれる恋川春町こいかわはるまちの「金々先生栄花夢きんきんせんせいえいがのゆめ」(1775年)の現代語訳は、こちら、

黄表紙の代表作、山東京伝さんとうきょうでんの「江戸生艶気樺焼えどうまれうわきのかばやき」(1785年)の現代語訳は、こちら、

これらの中に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。 


上記でも紹介しているが、「天道大福帳てんとうだいふくちょう」はこちら、

 

狂歌については、こちらも、

 

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