へマムシ入道昔話⑤~粂野平内兵衛、お初の婚礼に野晒悟助はなんとする
識字率の高い江戸の人々は、このように長い物語も楽しんで読んでいた。
そして、歌舞伎も楽しんでいた。現代の我々が歌舞伎を古典芸能として見るのとは違って、吉本新喜劇を見るような感覚で歌舞伎を楽しんでいた。
その歌舞伎には野晒悟助のような男伊達、侠客といわれる人物がよく登場する。当時の流行りとして、侠客は尺八を武器にしている。ヨーヨーを武器にするように、尺八や煙管を武器にしていた。
それらのシーンも、実は歌舞伎の舞台をまねたものが多く、その舞台の歌舞伎役者が挿絵に描かれる。
野晒悟助を当時は松本幸四郎が演じていたので、挿絵もその似顔絵となっているようだ。
合巻「へマムシ入道昔話」(1813刊)、山東京伝(1761~1816)作、歌川国直(1793~1854)画は、和泉屋市兵衛から刊行された。
上中下三編六巻の現代語訳(意訳)を六回に分けて紹介する五回目。
第五回
十九

まえのつづき 野晒悟助の友だちに、構わぬの判字兵衛という男伊達、垣根の外で、この様子を聞いていたが、野晒に向かい、
「これ、親分、おぬしの頼みで、おれがかくまっているお初様、今の話では、明日の晩が一大事、おぬしはこれをどうしようと思わっしゃる」
「はて、案じるな、みんなおれの胸の内にある。おれの家で話をしよう。さあ、来い」
と、二人連れだって行こうとする後ろより、油井駄平次の手下、刀を抜いて野晒に斬りつけたり。野晒は身をかわし、構わぬの判字兵衛は尺八を抜いて打ちすえる。野晒は煙管で頭をかちわり、
「これ、判字兵衛、こんなやつにかまうな」
と、そしらぬ顔をすれば、かの手下はぶるぶるふるえて逃げて行く。野晒は、
「判字兵衛、さあ、行こう」
と、二人連れ立ち帰りけり。
さてさて、野晒は判字兵衛にお初をあずけおきしが、明晩、粂野平内兵衛方へ輿入れの約束をしたので、とても生きては帰れぬと、「かようかようにしてくれよ」と、判字兵衛に頼み、わが家に帰り、女房のお露にわざと無理を言い、去り状をしたため、十になる女の子と四つになる男の子に「勘当だ」と言い、追い出して、
「ああ、これで後の難儀はなくなった」
と独り言を言い、仏壇に灯明をあげ、父母の位牌に暇乞いして夜を明かし、約束の翌日、衣服を改め、時の来るのを待ちいたる。
さても粂野平内兵衛は、浪人ということにして天王寺村に住み込んでおり、庭の掃除の男たち、集まって話すには、
「なんと、今夜は旦那の許嫁が堂島から 次へつづく
二十

前のつづき この宿へお輿入れがあって、祝言があるとのこと、花嫁を待つ手伝いの若い娘も来るそうだ」
「ところが、旦那は準備をして待つはずなのに、今朝から刀を磨いて、おらたちに首を切り落とす穴を用意させられた。なんとも合点のゆかぬことだ」
と噂しながら奥へ行く。
そこへ油井駄平次やって来て、奥より粂野平内兵衛、普段着の羽織で、刀を差してやってきて、互いに礼をし、祝儀の酒樽を差し出す。 次へつづく
挿絵は次回の予告となっている。
二十一

前のつづき
駄平次「この祝言はいかがなさるか、早く拝見したいもの。よもやただではすみますまい。血潮にまみれたお色直しの装束、婿殿のお手際が見たいものじゃ」
と、けしかける、恋の敵の底意、その挨拶に、苦りきったる平内兵衛、そこへ、
「堂島の野晒悟助、参りました」
その知らせに、
平内兵衛「嫁入り前に一人で来るとは不敵なヤツ、待ちかねた、ここへ通せ」
駄平次「あいや、ここは拙者にお任せくだされ。持参の刀で真っ二つに」
平内兵衛「いやいや、それは待たれよ。私の祝言がすむまでは、むちゃなことはなされるな。結婚の用意をいたそう。おひかえなされ」
と、奥に入りけり。
野晒「野晒でござります。はばかりながらお庭まで参りました」
と下から見上げれば、それを見下ろし、
駄平次「ほほお、さすがに来にくいところによく来たな。よーく観念して待っておれ」
とあざける顔をじろりと見て、
野晒「いやいや、野晒が用があるのはこの家のご亭主様、今晩の嫁入りについて相談にまいったもの」
駄平次「いやさ、わしはその嫁入りの世話に来たのだ。その嫁はなぜ遅い」
そう言う横から、「嫁御はただいまこれへ」と、構わぬの判字兵衛を供にやって来る。
駄平次「おお、あれが嫁御か」
野晒「いかにもここに」
と、野晒が乗り物から出したのは「俗名お初」と記した位牌。
野晒「さあ、祝言の盃取り持ちなされ、駄平次殿」
駄平次「やあ、なんと」
野晒「いやさ、お初殿は死なれました。しかも、今日、たった今、いくら約束とはいえども、死んでしまえば是非もない。位牌になっても夫婦になりたくば、婿殿も冥途へござれ。この野晒が案内いたす。それが承知なら、俗名お初と祝言なされ」
そこへ裃に改めた平内兵衛がやって来て、
平内兵衛「ほほう、約束を守ってよく来たな。待っていた花嫁は予想通りの冥途の祝言、そんなことだと思って用意した料理は、手入れした刀に酒が今夜の料理、ゆっくり食べてくれ」
野晒は、首を埋める穴の前の俵に、どっさり腰掛け、
「なによりのおもてなし、そのごちそうを受けに参った。ご自慢の料理に進上するのはこの生肴、骨があって食いにくい、前から切るか、後ろからか、いっそすっぱり二枚におろしてもらいましょう。さあさあさあ」
と、体差し出し、びくともしない目の光り。
平内兵衛「はてさて丈夫な骨ある身、これを肴に一杯飲もうか」
野晒「いやもう、ごちそうには遠慮はいたさぬ。祝言の盃、花嫁にかわって野晒が相手しましょう、無礼講でいたします」
と、侍二人を相手にし、ぐっと飲み干す大胆さ。
駄平次「それ、これが肴だ」
と、駄平次が手裏剣を打ち込む。
野晒「一世一度の大事な祝言、お引きなされ」
と突き飛ばす。
平内兵衛「ああ、これさ、駄平次殿、わしが用意した料理も待たず、なんとも無作法、すっこんでいなされ」
と言われ、なお懲りもせぬ駄平次は、隙をうかがい斬り込む刀、身をかわした野晒が、抜く手も見せず、ばっさりと、
「うん」
と駄平次、倒れ伏す。
平内兵衛は思わず、「見事な切れ味」と言う声、外にもれ聞こえ、 次へつづく
二十二

前のつづき さきほどより、野晒の女房お露は、二人の子どもをともなって、判字兵衛とともに、この世の名残と外でうかがって、「やあ、もう斬られたか」と声をあげ、「わっ」と思わず泣き沈む。
野晒悟助は、血を見ていよいよ落ち着いて、刃物を投げ捨て、諸肌脱げば、下には「南無阿弥陀仏」を染めた死に装束。粂野平内兵衛が、ゆっくり後ろへまわり、ぐっと刀を振り上げても、野晒は何も言わずに覚悟の様子。
平内兵衛「はて、心得ぬ、駄平次を一打ちでしとめる腕がありながら、なぜ刃物を捨てた。さあ、立ち会おうぞ。相手をされよ」
野晒「いや、この野晒は、非道とみたら侍相手でも向かっていくが、理にかなった行いにはむかう刀は持っていない。さあ、お手討ちになりましょう。さあさあ、どうぞ」
平内兵衛「むむむむ、斬り手はこの粂野平内兵衛、刀は名刀正宗だ」
野晒「なななんと、その刀が正宗か」
平内兵衛「おお、しかも豊前の国、平尾村の徳兵衛の家に伝わる貴重な品」
野晒「ええっ、はて、変わったものが手に入ったようだ。首を差し出し打たれようと思ったが、その刀が正宗ならば、こりゃ、その斬れ味を受けてみなくちゃならねえ」
と、脇差しを抜いて向かい合う。
平内兵衛「ほほお、そうこなくっちゃ野晒とは言われまい。これが最期じゃ、観念せえ」
と、振り下ろす刀で、はっしと斬り割ったのは、なんと位牌、
平内兵衛「成敗はすんだ。野晒悟助よ、勝手に帰りおれ」
野晒「むむむむ、人殺しとなったこの野晒は、所詮助からぬ命。目の前で仲間の駄平次が殺されて、拙者を助けて帰しては、武士道が立たぬのではないですか」
平内兵衛「おお、その不審、もっとも」
と、懐より取り出した一通の文書、
「油井駄平次、軍用金を盗み出したうえ、悪者を使い、平尾屋徳兵衛の家宝の正宗の刀を盗み出したことがわかり、その地にて斬り捨てにいたすべく候」
平内兵衛「この後は、読むまでもない、わが主人からの手紙。どうせ斬り殺すはずの命、下手人の詮議はしない」
野晒「おお、町人相手におくゆかしい平内兵衛様、あっぱれなお侍じゃということは、かねてから聞いていたからこそ、こちらからお手討ちになりにまいった私、
『私の命のかわりに、私の主人筋のお初様と徳兵衛様の命をお助けください』
と、頼むつもりの命のやりとり、了見して許されることはない」
平内兵衛「いや、了見するのではない。生かしておかれぬ不義の女は、先ほど位牌を真っ二つにしたので、不義者の成敗はすんだ。もともと徳兵衛とお初は幼少よりの許嫁だと後から聞いた。お初は養子のため、義父の天満由利右衛門も知らずに我に縁談をもちかけたもの。我も知らずにうけたのは、こちらの誤り。それのみならず、金のかたに駄平次からあずかった刀は盗まれた徳兵衛の正宗。その盗賊も駄平次だろう。もとは駄平次がお初に横恋慕して手紙を奪ったもの。おぬしを男とみたゆえに、わざとおぬしを試したものだ。さいわい駄平次は、自分の科で身を滅ぼした。このことを知る者は他にいない。だれにもはばからず、徳兵衛とお初の仲人は、おぬしがしやれ。祝言のはなむけは、この正宗。徳兵衛に、ちゃんと返してくれ」
と、武士の面目を立てながら、情けをこめたこの裁き、野晒感涙流しけり。
外では女房のお露、手をあわせ、喜びの涙なみだ。 次へつづく
二十三

前のつづき 判字兵衛もうれしがる。平内兵衛は、
「お初の死骸を持って帰れ」
と、お初の手紙を取り出すと、割った位牌にくるくる巻いて投げてくる。
「何から何までありがたいお情け」
と、皆々連れ立ち帰り行く。
よみはじめ それはさておき、ここにまた、かの泥九郎は、駄平次に頼まれ、お初の腰元の藻の花を殺害して手紙を奪い取り、駄平次から礼金をもらってから、藻の花の死霊がつきまとい、悩ますことたびたびなれば、泥九郎は耐えられず、加持祈祷などさまざますれども死霊は離れず、ある夜、酒に酔って寝ていると、大きな鼈、小さな鼈を多く連れてきて、 次へつづく
挿絵は次回の予告となっている。
二十四

前のつづき 泥九郎に食いつけば、これに苦しんで、刀を抜いて払えば、ようやく鼈は消え失せる。こうしてまた、うとうととしていると、曇りがちの月の光、窓よりさし込み、かまどのこおろぎの声も悲しく聞こえ、窓に貼った紙に、さっと光る影が映ると見えると、窓より陰火飛び込み、
「うらめしや」
という声聞こえ、藻の花の姿がすっくりと立ち現れ、さしもの豪気の泥九郎も、「わっ」と叫んでわななきて、「助けてくれー」と言い、ついにその夜のうちに狂い死にをぞしたりける。悪の報いの恐ろしきこと、かくのごとし。
藻の花の死霊「ええ、うらめしや、腹立ちや、ともに冥途に連れて行かん。ものに報いのあることを思い知らさん、来たれ来たれ」
さてまた天竺徳兵衛は、味方を集めるため、武者修行といいなして諸国を巡りけるが、播磨の国にて、ある夜、古い社で一泊すれば、社に安置した金神、十二将神などが、槍持ち矢を放ち、天竺徳兵衛を追い出したまう。神々に対しては、蝦蟇の仙術通用せず、命からがら逃げ去りけり。
次回につづく、
