AIを使うと評価は下がる?そんな記事を読んで、少し考えた

最近、あるnote記事を読んで、
思わず手を止めました。
「AIラベルって強い。仕事で『AIを使いました』と書くと評価が下がる。」という記事です。
内容はとてもシンプルなのですが、
ひとつの指摘にハッとしました。
レポートの最後に書かれた一行。
「AIを利用して要約しました」
その一行で、成果物ではなく、その人の評価まで揺れることがある。
つまり、
「AIを使った」という事実が、
能力や仕事の姿勢まで
一緒に判断されてしまうことがある、という話です。
ここを読んで、ふと考えました。
もし、
私の上司がAIに否定的な人だったら?
■同じことをしていても、評価は変わる
今の私は、社内でAI推進に関わっています。
ただ使うだけではなく、
「現場でどう使えるか」を考えて、
AI初心者でもすぐに使えるように
プロンプト集を作ったり、
メルマガで発信したりしています。
実際に、メルマガのアンケートでは
「AIが身近に感じられた」
「メール返信が少し楽になった」
そんな声をもらうようになりました。
また、AIの使い方に悩んでいる社員に対して、
「ちょっと聞いてみたら?」と
私のところに相談が来ることもあります。
そういう一つひとつの積み重ねがあって、
総括面談でも、高評価をいただきました。
■でも、それは当たり前じゃない
この評価は、
AIに肯定的な上司のもとにいたから、
だったのかもしれない。
もし、
上司がAIに否定的だったら──
同じことをしていても、
手を抜いている
自分で考えていない
そんなふうに見られていたかもしれません。
■見られているのは「AI」ではなく「人」
ここで感じたのは、
評価されているのは
AIそのものではない、ということです。
「AIを使ったかどうか」ではなくて、
評価しているのは、
AIをどう見るかという、
その人の価値観なのかもしれない。
同じ成果物でも、
同じプロセスでも、
見る人が変われば、評価は変わる。
ちょっと不思議で、
でもすごく現実的な話だなと思いました。
■では、どうすればいいんだろう
では、AIを使ったことは
書かない方がいいのか。
正直、そこはまだ
答えが揺れている気がします。
ただひとつ思うのは、
「使ったかどうか」よりも、
「どう使ったか」。
ここを、自分の中でちゃんと持っておくこと。
AIに丸投げしたのか。
それとも、考えるための相棒として使ったのか。
そこは、自分が一番わかっているはずだから。
■小さな気づき
AIを使うかどうかではなく、
AIをどう使う人なのか。
そしてもうひとつ。
それをどう見る人と、
一緒に仕事をしているのか。
今はまだ、その両方で
評価が揺れる時期なのかもしれません。
🌱今日の一歩
AIを使うとき、
「どこを自分で考えたか」だけ
ひとこと言葉にしてみる。
ほんの少しだけでも、
自分の言葉を添えると、
見え方は変わるのかもしれません。
※きっかけになった記事はこちら▼
「AIラベルって強い。仕事で『AIを使いました』と書くと評価が下がる。」(朱肉とメモさん)

※このnoteは、AIとのつきあい方を4コマとエッセイで綴るシリーズです。
※本記事はハルマガキャンペーンのキャッチコピー王選手権2026に参加しています。
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