なぜ、選べる時代にシール帳へ戻るのか――「トモコレ」にも共通する、有限な自由の設計
【連載】効率化だけでは売れない:ヒット商品に学ぶ、人間らしい顧客価値【第3回】
■ はじめに:自由が増えても、満足が増えるとは限らない
デジタルサービスは、私たちに多くの自由を与えた。
写真は何枚でも保存できる。文章は何度でも書き直せる。音楽も映像も、膨大な候補から好きなものを選べる。
商品も同じである。
色、サイズ、機能、料金プランを細かく組み合わせ、顧客一人ひとりに最適化する。選択肢を増やすことは、長い間、顧客価値を高める方法だと考えられてきた。
もちろん、選択肢が多いことには価値がある。
ただし、候補を際限なく増やせば、顧客の体験が豊かになるとは限らない。
何を選べばよいか分からない。
選んだ後も、別の方がよかったのではないかと迷う。
手に入れたものが、膨大なデータの一つとして埋もれていく。
選択できることと、選択したものに愛着を持てることは別なのである。
連載第3回で取り上げるのは、2026年に再び注目されている「シール帳」と、任天堂のゲーム『トモダチコレクション わくわく生活』である。
一方は、物理的なシールを集めて台紙へ並べる遊び。
もう一方は、自分が作った住人たちの生活を、島の管理人として見守るゲームである。
両者に共通するのは、利用者へ無限の自由を与えていないことではない。
限られた場所に自分の選択を残し、自分だけでは決められない変化を受け入れる余白があることだ。
■ 「トモコレ」とシール帳が並んだ、2026年上半期のトレンド
αZ総研が2026年6月に発表した「2026年上半期トレンドランキング」では、「流行ったコト・モノ」の1位に『トモコレ』、2位に「シール帳」、3位に立体的な「ボンボンドロップシール」が入った。
調査は、同年5月に自社メディアのLINE会員239人を対象として実施されたものである。対象者が限定された小規模なインターネット調査であり、若者全体の動向を代表するものではない。それでも、平成期に親しまれた遊びやコンテンツが、若い層の関心を集めている一つの兆候とはいえる。
ただし、これを、
デジタルに疲れた若者が、昔の不便さへ逃げている
と単純化してはいけない。
シール帳も『トモコレ』も、過去の商品をそのまま懐かしんでいるだけではない。
物を集める。
自分なりに編集する。
他者と交換する。
自分の思い通りにならない変化を楽しむ。
そこには、現在の商品やサービスにも応用できる、参加型の顧客体験がある。
■ シール帳は「貼ったら戻せない」道具ではない
物理的なシールには、デジタル画像にはない制約がある。
所有している枚数は限られている。
同じシールを無限に複製することはできない。
台紙の面積にも限界がある。
どのシールをどのページへ置くかによって、全体の印象が変わる。
しかし、シール帳の価値を「一度貼ったら剥がせない不可逆性」と捉えるのは正確ではない。
シール帳には、シールを貼ったり剥がしたりしながら収集し、友人同士で交換する遊び方がある。調査元の説明でも、貼り直しや交換を前提とした文化として紹介されている。
つまり、シール帳が提供しているのは、取り返しのつかない決断ではない。
自由に編集できるが、編集する対象と場所には限りがある状態である。
デジタル空間では、保存できる画像の数も、並べ替えられる回数も、ほぼ無制限である。
対してシール帳には、一冊という枠がある。
現在手元にあるシールから選ばなければならない。
ページを開けば、自分が何を集め、どのように並べたかが一目で分かる。
この「限られた編集面」が、選択に輪郭を与えている。
■ 集めているのは、シールではなく「自分の編集結果」である
シール帳には、完成形が用意されていない。
同じ種類のシールを規則正しく並べる人もいる。
色やキャラクターごとにページを分ける人もいる。
余白を大きく残す人もいれば、一面を埋め尽くす人もいる。
商品として販売されているのはシールである。
だが、利用者が最終的に手にするのは、購入したシールの束ではない。
どれを残し、どれを交換し、どこへ配置したかという、自分自身の編集結果である。
ここが、完成品を買う行為と異なる。
企業がすべてをデザインし、顧客は受け取るだけではない。
素材は企業が提供する。
完成形は顧客が作る。
そのため、商品を購入した後にも、選ぶ、並べる、見せる、交換するという体験が続いていく。
顧客は商品の消費者であると同時に、その商品の最終編集者になるのである。
■ 交換によって、物に履歴が加わる
シール帳のもう一つの特徴は、他者との交換である。
同じシールでも、自分で購入した一枚と、友人から譲り受けた一枚では意味が異なる。
どこで手に入れたか。
誰と交換したか。
なぜその一枚を選んだか。
物そのものに、人との関係や出来事が結びついていく。
データも共有できる。
画像も送れる。
しかし、物理的なシールの交換では、自分の手元から一枚が減り、相手の手元へ移る。
所有の移動が目に見えるからこそ、交換という行為に重みが生まれる。
企業が学ぶべきなのは、商品を希少にして顧客を焦らせることではない。
顧客同士が、商品を媒介として関係を作れる設計である。
コレクションカード、会員バッジ、店舗限定のスタンプ、イベントで交換できる小物など、商品以外の接点を用意することで、購買後の体験は広がる。
■ 『トモコレ』は、すべてを操作するゲームではない
『トモダチコレクション わくわく生活』は、2026年4月16日にNintendo Switch向けに発売された。
利用者は、顔、身長、声、性格などを設定して住人となるMiiを作り、島の管理人としてその生活を見守る。島の地形や建物、服、食べ物などを自分で作る機能も用意されている。
このゲームには、かなり大きなカスタマイズの自由がある。
住人を作る。
島を整える。
アイテムを用意する。
必要に応じて住人へ関わる。
一方で、作った住人たちは、プレイヤーの命令だけで動く存在ではない。
それぞれが自由気ままに生活し、住人同士の距離も変化する。友人になり、けんかをし、仲直りし、恋愛や結婚へ進むこともある。プレイヤーは島の管理人ではあるが、すべての人間関係を完全に支配するわけではない。
ここでも価値を生んでいるのは、単純な不自由さではない。
自分で作ることができる。
しかし、作った後に何が起きるかまでは決め切れない。
という構造である。
プレイヤーがすべてを操作できれば、それは人形を並べるだけの作業になる。
逆に、何も関与できなければ、自分の島だという感覚は薄れる。
自分で作った住人が、想定外の関係を築く。
その適度な制御不能性が、観察する理由と、再びゲームを開く理由を作る。
■ シール帳と『トモコレ』に共通する「有限な自由」
シール帳と『トモコレ』は、異なる商品である。
それでも、顧客体験の構造には共通点がある。
企業が完成品をすべて決めていない。
利用者が選び、作り、並べる余地がある。
ただし、編集する場所や対象には枠がある。
さらに、他者との交換や、キャラクターの自律的な行動によって、自分の想定を超える変化が生まれる。
これは「選択肢を奪う」設計ではない。
選択肢に境界を設け、その中で顧客が創造性を発揮できる設計である。
自由は、多ければ多いほどよいとは限らない。
顧客が把握でき、比較でき、手を加えられる範囲に収まって初めて、自由は体験になる。
■ 選択肢を奪うのではなく、選びやすい形に編集する
選択肢が多すぎると顧客が迷うからといって、企業が一方的に答えを決めてよいわけではない。
必要なのは、選択肢を奪うことではなく、顧客が判断できる大きさまで複雑さを整理することである。
たとえば、百通りの組み合わせをそのまま並べるのではなく、
初心者向け
標準的な利用者向け
こだわりを持つ人向け
という三つの基本案に整理する。
顧客が重視する条件を確認し、合わない選択肢を除外する。
推奨案を示す場合も、「これしか認めない」と迫るのではなく、なぜその案を勧めるのか、何を優先し、何を諦める選択なのかを説明する。
良い制約とは、顧客から判断を奪うことではない。
顧客が自分で納得して選べる形まで、複雑さを編集することである。
■ 商品を「素材」に変える
シール帳から学べる第一のポイントは、完成品ではなく素材を提供することである。
顧客が選び、組み合わせ、並べ替える余地を残せば、商品を使うこと自体が創作体験になる。
たとえば食品であれば、完成した味だけでなく、顧客が三種類のトッピングから選べるようにする。
研修であれば、用意された講義を受けるだけでなく、自社の課題に合わせて演習テーマを選べるようにする。
宿泊施設であれば、すべてを自由選択にするのではなく、「読書」「食」「歴史」など、編集された体験コースから選べるようにする。
自由度を無限に広げる必要はない。
顧客が自分で完成させたと感じられる余白があればよい。
■ 予想外を排除しすぎない
『トモコレ』から学べるのは、顧客の指示へ完全に従うことだけがサービスではないという点である。
動画配信も、音楽配信も、ECサイトも、利用者の過去の行動から「好みそうなもの」を提示する。
精度が上がるほど、表示される内容は利用者の既知の好みへ近づく。
だが、予想通りの提案だけでは、新しい発見が起きにくい。
そこで、推奨商品の一部に、本人の履歴とは少し離れた選択肢を混ぜる。
宿泊プランに、事前には選ばなかった小さな体験を組み込む。
定期便に、定番商品だけでなく、少量の未知の商品を加える。
重要なのは、望まないものを強制することではない。
安心して選べる領域の中へ、小さな偶然を残すことである。
顧客が「自分で選んだ」と感じながら、選択前には想像していなかった経験へ出会える。
その余白が、繰り返し利用する理由を作る。
■ 自由を減らすのではなく、意味のある大きさに整える
平成期のコンテンツが再び注目される理由を、「若者が退行している」「デジタル社会に耐えられなくなった」と説明する必要はない。
シール帳は、限られた台紙を自分で編集できる。
シールの交換を通じて、物に人間関係の履歴が加わる。
『トモコレ』では、自分で住人や島を作れる一方、その後の生活や人間関係には予測できない変化が生まれる。
支持されているのは、不便さそのものではない。
自分が関与した結果が残り、自分だけでは決め切れない変化が返ってくる体験である。
企業は、選択肢の数を競うだけではなく、顧客が選択したものに愛着を持てるかを考えなければならない。
自分で編集できる余地はあるか。
顧客の行動が、目に見える形で残るか。
他者との交換や共有が生まれるか。
予想外の発見が入り込む余白があるか。
顧客に提供すべきなのは、無限の自由でも、逃げ道のない拘束でもない。
自分で選べる範囲が見え、その選択に意味を感じられる「有限な自由」なのである。
【参考情報】
株式会社N.D.Promotion「『αZ世代が選ぶ2026年上半期トレンドランキング』をαZ総研が発表!」(2026年6月4日)。調査概要および「トモコレ」「シール帳」「ボンボンドロップシール」の順位。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000116.000020799.html
任天堂株式会社『トモダチコレクション わくわく生活』公式サイト。発売日、住人・島・アイテムの作成、住人同士の人間関係などのゲーム内容。
https://www.nintendo.com/jp/switch/blfga/index.html
【マーケティングコラム第279回】
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