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「続ける力」は意志ではなく設計できる――コクヨ「大人のやる気ペン」に学ぶ習慣化の顧客価値

【連載】効率化だけでは売れない:ヒット商品に学ぶ、人間らしい顧客価値【第2回】


■ はじめに:「できる」と「続けられる」の間にある壁

資格取得、語学学習、リスキリング。

学ぶための教材は、かつてないほど充実している。動画講座を契約すれば、専門家による解説を好きな時間に視聴できる。生成AIを使えば、分からない用語の説明から学習計画の作成、練習問題の生成まで支援してもらえる。

学ぶ方法が分からない時代ではない。

それでも、多くの人が学習を続けられない。

問題は、知識へのアクセスではなく、今日も机に向かい、最初の5分を始められるかどうかにある。

連載第2回で取り上げるのは、コクヨのIoT文具「大人のやる気ペン」である。

この商品が提供しているのは、学習内容そのものではない。資格試験の解き方を教えるわけでも、知識を代わりに覚えてくれるわけでもない。

ペンを動かした時間を記録し、努力を見えるようにし、もう一度ペンを握るきっかけを作る。

つまり販売しているのは、「学ぶ能力」ではなく、学習行動を続けるための環境なのである。

■ 大人の学習を止めるのは、能力不足ではない

「大人のやる気ペン」は、2019年に発売された子ども向けの「しゅくだいやる気ペン」で培った習慣化の仕組みを、大人の資格取得やリスキリングへ展開した商品である。

コクヨが2024年4月に18歳以上65歳未満の1万197人を対象に行った調査では、直近1年間に資格学習へ取り組んだ人は26%だった。その資格学習者のうち、71%が挫折した経験を持ち、学習時の最大の課題として「モチベーションの維持」が挙げられたという。なお、この調査はコクヨによるインターネット調査であり、日本の成人全体を代表する公的統計ではない点には留意が必要である。

ここから見えてくるのは、「学びたい人がいない」という問題ではない。

学び始める人はいる。

教材も購入する。講座にも申し込む。参考書を開き、最初の数日は熱心に取り組む。

しかし、仕事が忙しくなる。帰宅が遅くなる。体調を崩す。予定していた日に勉強できなくなる。

一度途切れると、「今日もできなかった」という小さな失敗が積み重なり、教材を開く心理的な負担が大きくなる。能力が足りないのではない。再開するためのきっかけを失うのである。

だから、「本人の意志をもっと強くする」という処方箋だけでは足りない。

意志が揺らぐことを前提に、再び行動へ戻れる仕組みを作る必要がある。

■ ペンの動きを「努力の記録」へ変える

「大人のやる気ペン」は、市販の筆記具やスタイラスペンに、約8グラムの小型デバイスを取り付けて使う。

内蔵された加速度センサーがペンの動きを測定し、学習への取り組みを「やる気パワー」として記録する。蓄積したデータはLEDの色で確認でき、学習後にBluetoothでスマートフォンへ転送される。専用アプリでは、1日、1週間、1カ月単位で取り組みをグラフやカレンダーとして確認できる。

ここで重要なのは、試験の点数や資格の合否ではなく、ペンを動かしたという行動そのものを記録していることだ。

学習の成果は、すぐには現れない。

今日30分勉強しても、翌日に能力が大きく向上したとは感じにくい。努力と成果の間に時間差があるため、途中で「この勉強に意味はあるのか」と疑い始める。

そこで、最終成果が出る前に、

今日も取り組んだ
今週はこれだけ続けた
先月より学習時間が増えた

という途中の前進を見えるようにする。

これは単なる記録ではない。

未来にしか現れない成果を、現在の小さな達成感へ変換する仕組みである。

■ 「やる気」を待たず、始める理由を小さくする

アプリには、学習傾向に応じたメッセージ、スゴロク形式のステージ、アバターをカスタマイズするアイテムなどのゲーミフィケーション要素が用意されている。

ペンを動かした量に応じてアバターが前へ進み、アイテムを獲得する。さらに、スゴロクの中で他の利用者のアバターと出会い、その人の「勉強する理由」や「勉強のコツ」に触れる仕組みもある。直接的な交流を強いるのではなく、一人ではないと感じられる「ちょうどいい距離感」のコミュニティーを目指した設計である。

重要なのは、ゲームの報酬が学習の目的に置き換わることではない。

「資格に合格する」という大きな目標だけでは、疲れて帰宅した夜にペンを握るには遠すぎる。

そこで、

今日は一マスだけ進めよう
連続記録を途切れさせないために5分だけ取り組もう
LEDの色が変わるところまで書こう

という、目の前の小さな理由を加える。

学習を始めるハードルが下がれば、5分のつもりで始めた行動が、そのまま20分、30分と続くこともある。

必要なのは、毎日大きな意欲を生み出すことではない。

行動を開始するのに必要な意欲を、小さくすることである。

■ ヒットしたのは「大人の幼児性」ではない

「大人がアバターに褒めてもらうのは子どもじみている」

そう評することもできる。

だが、その見方では、この商品の顧客価値を捉え損なう。

仕事、家事、育児、介護など、成人の生活には学習以外にも多くの役割がある。誰にも指示されず、締め切りも設けられず、結果が出るまで長い時間がかかる自己学習を続けることは、簡単ではない。

「褒められないと動けない」のではない。

目標が遠く、日々の努力が見えにくい活動に対して、適切なフィードバックが不足しているのである。

「大人のやる気ペン」は、先行販売と2025年5月からの一般販売を通じ、同年8月に販売数1万台を突破した。これは当初想定していた年間販売数を、実質約5カ月で達成した数字である。一般発売約3カ月後に利用者414人を対象として実施されたコクヨのアンケートでは、総合満足度は85%だった。利用者からは、学習時間が増えた、短時間でもペンを持つようになった、他の利用者の存在が励みになるといった声が紹介されている。メーカーによる購入者調査であるため効果を一般化はできないが、少なくとも一定数の利用者が、努力の可視化や小さな報酬を継続支援として評価したことは読み取れる。

同商品は「日経トレンディ2025年ヒット商品ベスト30」で23位となり、業界別企画では文房具部門の大賞に選ばれた。評価されたのは、大人の孤独な学習に寄り添うというコンセプトと、それを実現する機能性だったとコクヨは説明している。

これは大人の退行を示すヒットではない。

人間の意志力だけに依存してきたサービス設計の限界を示すヒットである。

■ デジタルだけではなく、人から認められる価値

コクヨは2025年、ベネッセと連携し、「大人のやる気ペン」で記録したデータなどをもとに、「赤ペン先生」が利用者の努力を褒め、励ます手書きメッセージを提供するキャンペーンを実施した。対象条件を満たし、応募した利用者向けの限定企画であり、商品の標準機能ではない。

この企画は、デジタルと人間のどちらが優れているかを競うものではない。

デバイスは、取り組みを記録する。

アプリは、継続状況を整理する。

人間は、その記録を見て、本人の努力に意味を与える。

同じ「よく頑張りました」という言葉でも、定型メッセージと、自分の取り組みを見た誰かが書いた言葉とでは、受け取り方が異なる。

すべての利用者が人間から励まされることを望むとは限らない。それでも、効率的なデジタル支援に、必要に応じて人による承認を重ねる設計には、他のサービスにも応用できる可能性がある。

■ 商品が支えるべきは「意欲」より「継続」である

多くの商品やサービスは、顧客が強い意志を持っていることを前提にしている。

eラーニングは、受講者が自分で講座を選び、計画を立て、視聴を続けると想定する。

健康管理アプリは、利用者が毎日記録を入力すると想定する。

営業支援システムは、担当者が商談終了後に必ず情報を登録すると想定する。

しかし、顧客が価値を得る前に利用をやめれば、どれほど高機能でも成果にはつながらない。

そこで、機能開発とは別に「継続の設計」が必要になる。

取りかかるまでの負担を小さくする

最初から1時間の学習を求めず、「5分だけ」「一問だけ」と始められる入口を作る。

努力の途中を見えるようにする

成果が出る前にも、利用回数、継続日数、完了した工程などによって前進を確認できるようにする。

行動の直後に反応を返す

月末のレポートだけでなく、行動した直後に、小さく分かりやすいフィードバックを返す。

途切れた人が戻れるようにする

連続記録が止まったことを責めるのではなく、今日から再開できる導線を用意する。

他者の存在を適切な距離で見せる

競争を強制するのではなく、同じ目標に取り組む人がいることを感じられるようにする。

これは顧客をサービスへ依存させる設計ではない。

顧客が本来達成したい目的に到達するまで、行動を支える足場を作ることである。

■ ゲーミフィケーションを目的にしてはいけない

ただし、記録や報酬を増やせばよいわけではない。

スコアを上げることが目的になると、本来の成果と行動指標がずれる。

学習時間を増やしても、内容を理解していなければ試験には合格できない。連続日数を守るために、形だけペンを動かすようになれば、数字は増えても顧客価値は増えない。

したがって、継続支援は次の三段階で設計する必要がある。

最初の行動を起こす。
行動を一定期間続ける。
行動が本来の成果につながっているか確認する。

「大人のやる気ペン」が計測するのは、主に最初の二段階である。

知識が定着したか、資格取得へ近づいたかを判断するには、模擬試験の結果や理解度など、別の指標も必要になる。

努力の見える化は重要だ。

しかし、見えるようにした努力が、顧客の目的へ本当につながっているかも確認しなければならない。

努力の見える化は重要である。
しかし、企業が設計すべきなのは、利用日数やスコアを増やすことそのものではない。顧客が最初の一歩を踏み出し、途中で止まっても戻ることができ、最終的な目的へ近づいていると確認できる一連の体験である。

自社の商品やサービスを見直す際には、少なくとも次の点を確認する必要がある。

顧客は、どの場面で始めることをためらうのか。
どの時点で利用をやめるのか。

前進していることを、どのように実感できるのか。
一度途切れた後、罪悪感なく再開できるか。
行動の量だけでなく、顧客が本来求める成果へ近づいているか。
継続を顧客の意志力だけに委ねず、商品やサービスの構造として支援する。その視点が必要になる。

■ 意志を責める前に、環境を設計する

「大人のやる気ペン」は、大人が一人では勉強できないことを暴いた商品ではない。

学習を継続できない理由を、本人の怠惰や意志の弱さだけに求めず、商品設計によって支援できる対象として捉え直した商品である。

顧客に「もっと頑張ってください」と要求するだけなら、サービスは必要ない。

行動を始めやすくする。

努力を見えるようにする。

小さな前進へ反応を返す。

途切れても戻れるようにする。

必要なときには、誰かが見守っていると感じられるようにする。

企業が販売すべきなのは、顧客を褒めるための装置そのものではない。

顧客が自分の目的を諦めず、次の一歩を踏み出せる状態である。

商品が提供する機能だけでなく、顧客がその機能を使い続けられる仕組みまで設計する。

「続ける力」を本人の性格に任せないことが、これからの顧客体験に求められるのである。

【参考情報】

コクヨ株式会社「人生100年時代を生きる大人の学びにエールを!IoT文具『大人のやる気ペン』の先行販売を『Makuake』で開始」(2025年1月29日)。商品仕様および大人の資格学習に関する自社調査。
https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/yaruki-on/news/250129.html?utm_source=chatgpt.com

コクヨ株式会社「IoT文具『大人のやる気ペン』が販売数1万台を突破!」(2025年9月16日)。販売数、利用時間、購入者アンケートの結果。
https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/yaruki-on/news/250916.html?utm_source=chatgpt.com

コクヨ株式会社「IoT文具『大人のやる気ペン』が『日経トレンディ2025年ヒット商品ベスト30』にて23位に選出、文房具部門で大賞を受賞!」(2025年11月6日)。
https://www.kokuyo.com/news/release/20251106/?utm_source=chatgpt.com

コクヨ株式会社「脱・3日坊主キャンペーン 2025秋」。ベネッセ「赤ペン先生」との手書き応援メッセージ企画。
https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/yaruki-on/news/3DCP_2025_autumn.html?utm_source=chatgpt.com

【マーケティングコラム第278回】

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金森努@マーケティング・研修講師/コンサルタント ありがとうございます! これからも頑張ります。