冷酷なる一万年の旅路 (6) ベーリンジアから北米五大湖へ・謎のミトコンドリアmtDNAハプログループ X と移住ルート・〈歩く民〉の先祖イラン高原で生まれる・ハプログループ Q(Y-DNA)
§1. 4つの移住ルートがあった
〈ペルシャ湾大草原〉から移住を決意した部族に〈歩く民〉、そして大部族の〈草原の民〉の2部族があります。この2大部族はそれぞれの血族の起源が異なっていたので、〈山の民〉だけがベーリンジアを目指しました。〈草原の民〉は最初はディルムン大草原から、無人の荒野だったアラビア亜大陸の隣接する荒れ地へ避難していました。
その後、ティグリス・ユーフラテス河の沿岸に古くから発達し、よく整備された通商交易路沿いの僻地。或いは肥沃な三日月地帯に当時ようやく整備されてきた小都市を選びました。時代と状況の変化に伴って、これにも主に3つのコースが選び出されています。
〈歩く民〉の辿った移住コースを追ってきましたが、今回はその締めくくりになります。稿を改めて〈草原の民〉の百万人大移住について記す予定になっています。
§2. 「謎に満ちたmtDNA_X」が〈歩く民〉によって解決された
〈歩く民〉は、北米東部五大湖オンタリオ湖畔に居住するイロコイ連邦の一族です。この図版から判断すると、一万年前 ベーリンジアを渡ってきた民族が「mtDNA_X」であることは、ほぼ確かだと言えるでしょう。これまで、まさかアラビアから歩いて渡って来ていたなんて、通常は想像もできないのも無理はありません。
ところが、「歩く民」は、老若男女子供まで伴って部族一団が歩いて渡ってしまったのです。その移住コースの全体をハプログループX_(mtDNA)の図版に重ねてみましょう。この図版は永いこと「謎の図版」と言われていました。
この「図版1 ゲノム解析 mtDNA_X 図」に見る謎とは、「アメリカ大陸では『北米大陸のみ』に観察され、北米東部ほど高頻度である」のです。ところが遥か離れた西アジアにもピークがある、という謎なのです。何故に「西アジア」と「アメリカ大陸」だけなのか?
その他は空白なのです、かくも遠く離れた場所に同じ遺伝子があるのだろうか?「mtDNA_X」だけの大きな謎でした。
勿論、大西洋を渡ったのではないかという仮説も有りました。しかし、アメリカ原住民とヨーロッパ原住民との繋がり、という視点では合理的な説明がつきませんでした。
そして、この謎がついに〈歩く民〉によって解決しました。

§3. ミトコンドリアDNAハプログループ Xを「mtDNA_X」と略記する件
ゲノム解析の用語の専門的な表記は長々とした記述になります。そこで、私はこれを簡略した表現で済ませたいと思います。「ミトコンドリアDNA」は母親から遺伝されるもので「XX母系遺伝子」です。ミトコンドリア遺伝子は母親からのものだけが議論されるのでXXもしくは「Xは省略して mtDNA だけを表記」します。一方、父親からの遺伝子は「YX父系遺伝子」なので「Y_R1a」のように、「父系Y」 を表記して「母系X」と区別しています。例えば「mtDNA_Y」の場合「Y」ですが「mtDNA」なので母系の「Y」なのです。
説明が上手くなくて申し訳有りません。
§4. 〈歩く民〉のベーリンジア移住コースを〈mtDNA-X〉に重ねます

ベーリンジア・コースを重ねてみました 制作 吉野正喜
さて、いよいよ図版2、に〈歩く民〉の全コースを重ねて図示しました。なお、彼らが日本列島の一部に到達したかどうか?は確かでは有りませんが、この部分だけ図版に私の創作として加えてみました。その他は、ほぼ彼らの歩いた路に沿ったものとなっています。
謎を解く鍵は「ベーリンジア」でした。そして、長い移住の旅を安心して続けることの出来る「平和」がその背景にあります。〈歩く民〉は数多くの困難に遭遇します、その多くは自然災害の津波、地震、火山の噴火、食環境の変化でした。
更に長旅だけに起こる、高齢者問題。100年を超える長旅では避けられない問題に答えを出したのは、高齢者自身でした。老人が永い経験から、部族の困難に直面して驚くべき毛皮加工イノベーションをもたらしたのです。この新技術で最も恩恵を受けたのは幼い子供たちでした。母親の喜びは如何ほどであったか!
以後、高齢者は長旅を共にする仲間になったのです。〈歩く民〉は、さまざまな試練を「叡智ある老女〈雪の冠〉」の下に団結し乗り切ったのでした。
§5. 何故 〈歩く民〉はアメリカ大陸でなければならなかったか? 答えはゲノム解析図ハプログループQ(Y-DNA)
では、〈山の民〉は何故アメリカ大陸でなければならなかったのでしょうか? 自然な疑問ですよね。
〈山の民〉はベーリンジアを〈使い古された路〉と呼んでいました。つまり、一族の中にベーリンジアを渡ってゆく同族からの伝承があった可能性が高いのです。それを裏付けるものがゲノム解析「ハプログループQ(Y-DNA)」、これを略記すると「Y_Q」です。
〈歩く民〉一族の中のリーダーで長老の〈雪の冠〉は、両親が彼女に伝えたベーリンジアを渡った人々の昔話、を大切にしていたのでした。〈ペルシャ湾大草原〉の危機的状況にあって、彼女の表現では遥かなる「隣の〈大きな島〉」であるアメリカ大陸へ移住のための旅を強く希望したのでした。

図版3 では「Y_Q」の色の濃度が〈山の民〉発生のイランで薄くなっていますが、この地域に「Y_R1b」(インドヨーロピアン語族)が侵入してきた結果、〈山の民〉の遺伝子が混血と征服によって薄められた結果なのです。
§6. 整備されていたベーリンジア・コース
ハプログループ〈Y_Q〉が描く世界地図を眺めると、〈歩く民〉が何故〈使い古された路〉とベーリンジアを言い表していたのか? が、納得出来るのです。更に、無防備のまま長期の旅に一族が何ら心配することなく出発できたのかも。
こんな疑問をこの 図版 3 の "DNA世界地図" が一挙に答えてくれるのです。図版に矢印で示した、飛び地のようにあるのが血族の居留地です。これは、情報の路でもあるわけで、こうした場所にたどり着けば行く先の情報を取得できたのです。
さらに、この飛び地は一族のかかえる高齢者の問題を解決していたのです。歩くことが困難になった老人は、こうした居留地に落ち着くことになったのです。同行を断念した老人、或いは病人、さらに怪我人などは、居留地に近づくと自ら進んで移住者グループから離脱したのです。
ハプログループ〈Y_Q〉の図版からは、北米だけでなく南米アメリカ大陸に〈山の民〉と同族の〈歩く民〉の血族がしっかり根を下ろして定住していることも図版から読み取ることが出来ます。
§7. シベリアは温暖だった・ベーリング・アレレード期(-12700〜-10800 BC)

〈歩く民〉がベーリンジアを渡ると決意した頃のシベリアは温暖期に入っていました、これを「ベーリング・アレレード期」(-12700〜-10800BC)と呼んでいます。
この期間に〈歩く民〉は移住を決意し永い旅に出たのです。彼らがベーリング陸橋を渡った時期は、ベーリンジア水没寸前の時期と重なり合います。このことから、〈歩く民〉のベーリング陸橋を渡った時期が正確に特定できるわけです。
奇妙なことですが「ベーリング・アレレード期」は北部が温暖、南部は寒冷だったのです。「緑のアラビア亜大陸」と「緑のサハラ砂漠」が出現した頃の事になります。
温暖期とは言っても〈歩く民〉のように、氷河期の末期に暮らしていた人々は寒さには慣れていました。ここはシベリアです、寒いことには変わりありません。
この温暖期がベーリンジアを渡るには、困難な条件を招くことを〈歩く民〉は直前になって知ることになりました。カムチャッカ半島に到達した頃、〈海辺の渡り〉を水没寸前のため、断念して戻ってきた同族の集団に出会うこととなったのです。つまり、他にも多くの同じ志しを持つ〈歩く民〉の一族が居たことが分かります。
§8. 叡智ある老女とその助手〈知恵の娘〉
問題は、現在の情報社会とは事情が違います。仲間の居留している場所に辿り着くまでは、一族は知恵を絞って進むしか無かったと思います。そんな不安を、彼らはどのように解消できたのでしょうか?
それは、旅する部族の〈雪の冠〉のほか〈知恵の娘〉が投げかける叡智を巡って行われる全員参加のディスカッションでした。ここで、「娘」と言っても〈雪の冠〉より若いという意味ですが。
〈知恵の娘〉である「知恵のある老女」が〈長びと〉や一族全員に〈雪の冠〉の言葉を伝える者として、その役割を担いました。融和と団結を守るために「高齢の〈雪の冠〉」との間に〈知恵の娘〉が入る体制を作り上げていました。
屈強な男達も、子供も含めて全員がこの融和体制を乱しませんでした。実に見事な社会性を見せてくれます。
なお、〈雪の冠〉については 冷酷なる一万年の旅路(1)を御覧ください。
§9. 〈知恵の娘〉女権社会と〈長びと〉父権社会
〈雪の冠〉とは独立に〈長びと〉が選ばれています、これは男性の指導者に相当する人物です。そして、面白いことに老女の〈雪の冠〉に男性の〈長びと〉は従順に従っているように見えるのです。”大切な古の知恵を守る狩人”として部族の男性指導者である〈長びと〉は、老女の〈雪の冠〉を信頼しきっているのだ。
一見、女権社会のように見えますが、必ずしも私達のカテゴリーに収まるものでもなさそうです。私達は簡単に〈母権社会〉と〈父権社会〉に分けてしまいます。
ところが〈歩く民〉に見られるものは、柔軟で現実的な指導体制に見えます。それぞれ男女の持ち味を、目前の問題に対して全発揮出来る体制として極めて優れたものであり。更に、この方法で部族内平和を保つことが出来ていることに、深い感銘を受けるのです。
だいぶ後のことになりますが、外部から強制的に父権社会への転換が強行される時が来ます。これは今後〈草原の民〉による「ククテニへの百万人大移住」の中で触れることにいたします。
