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革命ごっこの世代 「上野千鶴子」を否定するためにPART2

数日前、「上野千鶴子を否定するために」という記事を書いたら、思いのほかたくさんの「好き」を頂戴し、照れている。


上野千鶴子よ、あんたはどんだけウザがられてるのか、と。


『上野千鶴子を否定するために』って本を出したら、売れるんじゃないか、と元編集者の本能で思ってしまった。みんな、上野千鶴子を否定したくて仕方がなくなっている。

そこで、調子に乗って、「PART2」を考えた。


前と同じく、「1960年代型左翼」の問題を考えるわけですが。

上野千鶴子のような団塊世代は、60年代には「学生」だった。

その学生の反乱には、もう少し上の世代も影響を与えている。そのあたりを。


「社会学」的な左翼


それにしても、上野千鶴子みたいな「社会学者」を、いつからマスコミは使うようになったのか。


いやね、マスコミで仕事をしていた時から、疑問に思ってました。

「あんな左翼を使うのはやめましょうよ」

と私が言っても、

「え? どこが左翼なの」

と問い返されることが多かった。

マスコミ内には、左翼が何かわからない人や、それどころか左翼の自覚がない左翼も、たくさんいるんだよね。


これはねー、やっぱり「社会学」がよくないんじゃないか。

古い話だけど、河上肇みたいな経済学者が出てきたら、おー左翼だ、とみんなわかるでしょう。


最近の左翼は、戦前の左翼みたいに、経済学から入らない。社会学から入るのが多いんだよね。

マルクスとか読んでない。だから、マルクスも読んでないんだから、と、自分が左翼である自覚がない。

その代わり、社会学者の本を読んでいる。


あるいは、姜尚中とか宮台真司とか上野千鶴子とか、左派の政治学者や社会学者をテレビとかで見て、影響を受けている。

とくに社会学は、数ある人文・社会科学系学問の中でも、昔から左翼傾向が強いことで有名です(中野秀一郎「大学教授における政治的思考について」1974など)。


マスコミ人は、意外に無知で、社会問題について、なんか鋭いこと言ってるっぽい、有名大学教授だから、ということで起用する。

それで、いつしか、読者や視聴者を、左翼思想に染まらせている。


上野千鶴子には、「左翼」の自覚があると思うけどね。

でも、人々はあんまり、社会学者を「左翼」として見てない。

社会学者って、昔はーー少なくとも1950年代までは、そんな左翼のイメージなかった。南博とか、石川弘義とかが代表だった時は。

やっぱり、1960年代になって、清水幾太郎くらいからかな、社会学者が左翼みを帯びたのは。(清水は転向したけれど)

見田宗介とか。


ここでいう「左翼」とは、「資本主義に基本的に反対している人」のことです。

ある社会的問題を提起したとき、「それは資本主義が滅びないと解決しない」と暗示する人は、左翼です。

私有財産とか、自由競争とかの原則を否定する底意がある。

あるいは、資本主義を成り立たせている信用やモラルを崩壊させようとする。


最近の社会学的左翼は巧妙で、宮台みたいに一見資本主義を肯定するようなことを言うし、上野みたいにマルクス主義とは関係ないフリを装う。

それで、まあ、騙されるわけですね。


わかりにくい左翼


だから、ある問題、たとえば、女性差別とか、「生きがたさ」とか、なんでもいいけど、

「それは資本主義内で解決できることですか」

と問うことが大事ですね。


「いや、資本主義がなくならないと無理です」

と答える人は、ちょっと別室に来てもらって、じっくり話を聞く必要がある。

資本主義よりもっといいやつがありますぜ、に騙されて、こっちはひどい目に遭ってきてるんだから。

「あなたは、さては左翼ですね。20世紀の責任をとってから出直してもらおうか」

ということになる。


こういう、すぐには「左翼とわかりにく左翼」が生まれたのは、やっぱり1960年代だと思う。

具体的にはフランクフルト学派ですね。

ここでフランクフルト学派について説明しだすと長くなるけど。


フランクフルト学派(フランクフルトがくは、ドイツ語: Frankfurter Schule)は、ルカーチ、グラムシの理論をベースにマルクス主義を進化させ、これにヘーゲルの弁証法とフロイトの精神分析理論の融合を試みた、批判理論によって啓蒙主義を批判する社会理論や哲学を研究したグループの他称。
(wiki「フランクフルト学派」)


具体的には、マックス・ホルクハイマー、テオドール・アドルノ、ヴァルター・ベンヤミン、エーリヒ・フロム、ヘルベルト・マルクーゼ、ユルゲン・ハーバーマスといった人たちが入ります。

あとはwikiとか読んでくれ。

最近は、保守派のフランクフルト学派批判も増えてますね。


上にあげた人たちは、ハーバーマスは若い(1929年生まれ)けど、あとは1900年前後生まれで、1960年代にはもう還暦のあたり、いい歳でした。

そのフランクフルト学派の思想と、世界同時多発的な学生反乱とが影響しあって、「新左翼」という、まあ、隠れ左翼みたいなのができた。


彼らは、テロや暴力革命を表面上は否定する。

1960年以降の彼らは、大学とかマスコミとか役所の中で、前の記事(「上野千鶴子を否定するために」)で述べたような「制度内への長征」方針にしたがい、組織の一員として、こっそりと左翼思想を浸透させようとする。

そして、組織を出たら、党派の一員としてではなく、「市民」として、(左翼的)政治活動をする。


一見、資本主義内での忠実な組織員であり、市民である。

だから、自分たちは左翼ではありませんよ、と言う。

だけど、心は左翼、という人たちですね。

上野千鶴子だってそうでしょう。東大名誉教授であり、共産党員ではない。でも左翼。


ここで、左翼が悪いとか、左翼思想を説くのがよくない、とか言いたいわけではありません。

左翼が左翼思想を説く自由はある。左翼活動の自由もある。

でも、マスコミや大学のあんたらは、左翼であることを隠すから、あるいは、意図的にわかりにくくしているから、よくない、と言っている。


隠れ左翼本『自由からの逃走』


「わかりにくい左翼本」「隠れ左翼本」の代表として、私がよく挙げるのが、前にも触れたことあるけど、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』です。


フロムはフランクフルト学派の代表的学者であり、まぎれもないマルクス主義者で、マルクス主義社会学をやっていた。

『自由からの逃走』も、もちろんマルクス主義的な資本主義批判を前提とした本です。


でも、そういう左翼部分がなんとなく捨象されて、普通の「社会学の名著」みたいに紹介される。

あるいは、ナチズムの狂気を分析した「反ファシズム」の本だと紹介される。

名著であり、「反ファシズム」の本であることも否定はしないけれども、左翼の資本主義批判本であることが大前提ですね。


高度に発達した資本主義では、それまでモラルの担い手だった大家族や中間集団が解体され、従うべきモラルを見失った大衆が「自由から逃走」して、非合理的な権威主義に従うかも、と。

資本主義で、かつ民主主義であったワイマール共和国からナチスが発生した社会心理を、フロムはそんなふうに分析したわけですね。

というわけで、一見合理的な資本制下の支配は、非合理的な権威主義的性格者=ファシストをいつでも生み出す危険があるから、人は日頃から、権威に逆らう習慣をつけとかないとあかんですよ、という「造反有理」思想が導かれる。


そういう思想が、1960年代の学生反乱と共鳴しあったのは当然ですね。

マルクーゼが反乱学生を積極的に支援したのは有名で、それに比べてフロムのそれはあまり知られていませんが、フロムもやってます。

フロムは1968年、自分が奉職するコロンビア大学の学長室が学生たちによって占拠され、学部長が監禁された時、「これはゾンビだらけの文化で起きた、生ける者の革命だ This was a revolution in the name of life in the midst of a culture of zonbies」と学生たちを称えたそうです(Kimball, The Long March, p111)。


フランクフルト学派のトレードマークのようになっているのが、上に触れた「権威主義的パーソナリティ」論です。フロムだけでなく、同学派のホルクハイマーやアドルノらによってもその概念が広まりました。

その思想は、現代の左翼にも強い影響を与えている。

それがわかるのが、安倍晋三元首相の一周忌における、菅野完の以下のポストです。


だから、昨日献花とかしてたクズどもは敗残者でしかないのよ。 権威性パーソナリティを拗らせて、死んだ権威に縋ろうとしてるだけだから。 ああいう連中が、日本の発展を阻害する元凶であり、我が国の社会が抱える産業廃棄物なのよ。
(菅野完 2023/7/9 19:33)


まあ、改めて、ムカつくけどね、これを読むと。

安倍晋三を「ヒトラー」と呼び、支持者を「ファシスト」と呼んだ左翼は、フランクフルト学派の末裔なわけです。

菅野完は、立憲民主党の女性議員を「自由から逃走しちゃいけないよ」とかナントカ口説いて不倫関係を結んだにちがいない。ムカつく。


学生を夢中にさせた「疎外論」


エーリッヒ・フロムは、アメリカでは、マルクスの「経済学・哲学草稿」の紹介者として知られました。

新左翼の批評家だったデヴィッド・ホロウィッツは、1950年代の終わりに、フロムの序文付きでそれが出版された時の興奮を、こう記しています。


最後に私は、その頃に出版されたマルクスの「経済学・哲学草稿」から刺激を受けた。これはマルクス初期の論考で、マルクスの死後、正統派マルクス主義者たちが発表を差し止め、その後、ロシア人たちが、ヘーゲル的すぎるという理由で出版させなかったものだ。その新版が、左翼心理学者のエーリッヒ・フロムがマルクスの「ヒューマニズム」を論じた長い序文を付して、「マルクスの人間の概念」の新タイトルで出版された。本書は左翼に新たな語彙をもたらした。それは「疎外」である。

Finally、I was inspired by recent publication of Marx's Economic and Philosophycal Manuscripts, an early work thet had been supressed by orthodox Maxists after his death, and then by Russians, as too Hegelian. The new edition came with long introduction about Marx's "humanisim" by the left-wing psychologist Erich Fromm, and a new title: Marx's Concept of Man. It also introduced a new word into the vocabulary of the Left: alienation.

(David Horowitz, Radical Son, 1997, p85)


「経済学・哲学草稿」と「疎外論」は、日本でも学生たちの大反響を呼びました。それは、1960年代の反乱を準備した理論書になったと言えます。

「疎外論」の何がそれほど画期的だったのか。

マルクス主義は、それまで「搾取」概念で、主に下層の労働者に訴えてきました。

しかし、「疎外」という概念は、比較的豊かな、中間層の心にも訴える。

そう、大学生のような。

労働者じゃなくても、豊かで自由で、恵まれていても、

「なんか疎外されてるぅ」

と言える。

しかも、マルクスがそれを書いたのは、自分たちと同じ20代の時だということにも刺激を受けた。

それで、まあ、全世界的に「疎外論」ブームになるわけです。

最近の「生きがたさ」ってのは、そのニューバージョンなんじゃないですかね。

「んもー、資本主義打倒!」ということになる。


フロムというのは、そういう1960年型の、新しい左翼思想を作った一人でした。

マルクスの経済理論を読まなくても左翼思想を吸収できる、そういう潮流を作った。


彼が、フランクフルト学派の中で独特だったのは、わりに主観的な道徳観や倫理観に関心をもった点です。

倫理学というのは、唯物論のマルクス主義に欠けていたもので、フロムがそれを補ったから、読まれた面があったんじゃないでしょうか。

『愛するということ』とか。


同じフランクフルト学派のマルクーゼは、より厳格な唯物論者でしたから、そういうフロムの「主観的傾向」を批判して、二人の論争に発展しました。

マルクーゼはフロムを「宗教的な空想主義者」と批判し、フロムはマルクーゼを「ニヒリスト」と呼んで応酬しました。


でも、今となっては、どっちもどっちですね。

現在の視点から、フランクフルト学派を批判するのは簡単です。

「権威主義的パーソナリティ」が問題だというなら、それは資本主義国ではなく、社会主義国でより深刻だったではないか、と指摘すればよい。

民主主義下よりも、一党独裁下の方がヤバかった、と言えば良い。

ソ連の大粛清や、中国の文化大革命や、カンボジアのポルポト革命は、ナチスのユダヤ人ホロコーストに負けず劣らず、人類史の悲劇だったではないか。

なぜ、そっちについては言わないのか、と。


まあ、1960年代や、フロムやマルクーゼの生きていた時代は、まだ社会主義の行方に希望が持てたんですね。

ハーバーマスはまだ生きているけど、フロムらの第一世代は、冷戦の終わりまでは生きていなかった。

今では、彼らの言い分は、そのとおりには通りません。


結局、フロムらフランクフルト学派の名声が長続きしたのは、彼らが左翼ユダヤ人であり、「ホロコーストの犠牲者」によるナチズム批判という、戦後は誰もけなせない神聖なポジションにいたからでした。

しかし、実際には、「ホロコースト」を隠れ蓑にした資本主義批判、左翼思想家だったわけですね。


だから、もう読む価値がないとは言わないけれど。

でも、不公平だとは思うのです。


中国の文化大革命の犠牲者や、ポルポト革命の犠牲者たちは、フロムのようなユダヤ人の哲学的・社会学的代弁者を持たないために、今なお無視され続けている。

一方で、ユダヤ人の犠牲だけは、常に振り返られ、高々と唱えられ、誰も批判できない。


というわけで、『自由からの逃走』は、今なお「不朽の名著」として、方々の読書会や読書コンクールで課題図書になっている。

2020年、フロム生誕120年で出版された仲正昌樹『人はなぜ「自由」から逃走するのか』佐藤優氏推薦!だって。「アベガー」ブームに乗った?


ポルポト革命の犠牲者、ハイン・ニョルの『キリング・フィールドからの生還』も同じくらい読んでくれよ、と思う。1960年代の反乱した学生たちが予想できなかった悲劇が書いてあるから。

こういう不公平があるから、「ホロコーストはなかった」とか「ナチスもいいことをした」とか言ってみたくなる気持ちも、わかるんです。


反権威主義者の吊し上げ


フランクフルト学派については、前にも紹介しましたが、田中英道の以下のエッセーは面白いです。

「反権威主義」理論の誤謬 ――アドルノとフランクフルト学派批判 4(田中英道ホームページ)


田中英道なんてトンデモの右翼だとバカにしている人こそ、読んだ方がいいですよ。

彼は1968年、フランスのストラスブールに留学していて、68年の反乱の本場を体験しているんですね。


ストラスブールは、ドイツの国境に近いから、パリの5月革命と、ドイツのフランクフルト大学での騒動の両方を、間近で見聞しています。

当時、西ドイツにはアドルノとホルツハイマーがいて、マルクーゼとフロムはアメリカにいた。だから、田中は主にアドルノとホルツハイマーについて書いていて、フロムについては書いていませんが。


反乱の最後には、「反権威主義」を説いたアドルノ自身が、大学の権威者として学生に吊し上げられる、というオチになるんです。

「まあ、そうなるだろうな」という悲喜劇的な顛末を、田中は書いています。

反権威主義を突き詰めていけば、結局、文化大革命とかポルポト革命みたいなことになる。そういう答えが、もう1960年代には出ていたわけですね。


ちなみに、この1968年のパリ5月革命を間近で見ながら、主著を執筆・出版していたのがフーコーやドゥルーズたちです。

彼らは、単なる資本主義批判ではダメだと、近代全体に批判の視野を広げたり、フロムに代表されるような「人間主義」を批判したりして、結局のところ敗北に終わった60年代の思想を乗り越えようとしました。

そういうわけで、フランクフルト学派から、さらにもう一段わかりにくい左翼「現代思想」が出来上がってきたわけですが、まあ私の見るところ、やっぱり左翼の神学論争に他ならず、2世紀もたてば滅びると見てます。社会にとくに便益がないからね。

今のところは、中世で坊主が栄えたのと同じ。経典が難解なほど、坊主は飯が食える。


フーコーやドゥルーズもしょせん左翼、と私が思う理由は単純で、昔マルクスとかグラムシとかマルクーゼとか言ってた知り合いの大学教員が、今はドゥルーズとかデリダとか言ってるからです。言ってる奴がおんなじ左翼ですからw

今さらマルクス・レーニンを出すわけにいかず、1960年代にはピカピカだった毛沢東も今では使えず、新たな「スター」を作り出して、手を替え品を替え、ですよ。

今は、その人はLGBTやってますw  トランスジェンダー擁護派です。


あと、60年代と「現代思想」との連続性を「論証」したものとしては、スガ秀美の『革命的な、あまりに革命的な』がありますね。

たいした本とは思わないけど、左翼の知り合いは褒めていた。


「革命ごっこ」の世代


そろそろ何を言いたかったか、わからなくなってきたので、最後に一つだけ。

邦訳『自由からの逃走』と言えば、1951年の初版から半世紀以上、日高六郎の翻訳で読まれてきました。


日高は1917年生まれで、東大にいた社会学者。邦訳「自由からの逃走」初版を出した時は東大新聞研究所助教授。同所は、最近亡くなった渡辺恒雄が修了したところ。面識はあったでしょうね。

その時は想像もできなかっただろうけど、日高も60年代の学生反乱に巻き込まれ、1969年、東大紛争での機動隊導入に抗議して、東大教授を辞職することになります。

その後、夫婦で、フランスに移住しました。


私は2000年ごろ、日本に一時帰国していた日高六郎夫妻に会ったことがあります。

私は、日高六郎については、東大を辞めて無職のはずなのに、なんでフランス在住なんていう優雅な生活ができるのか、と疑問に思っていました。


だから、その時に、私がそれについて聞いたのか、あるいは、何かのきっかけで向こうから話したのかは、もう覚えていない。

とにかく、日高六郎の奥さんが、

「主人は東大を途中で辞めたから、年金も少ないし、こう見えて生活は楽じゃないのよ」

とぼやいていたのだけを覚えています。(もう時がたったから、このくらいは話してもいいでしょう)

日高六郎氏は、いかにも柔和で、優しい老紳士風だったけど、奥さんの方は、すごくハキハキした人でした。

あとで思うと、日高夫妻は、『自由からの逃走』の翻訳印税で、ずいぶん助かってたんじゃないですかね。


その後、日本に帰国し、中部大学教授、神奈川人権センター理事長を歴任。

1997年、神奈川県三浦市での桜井よしこの講演会を、「神奈川県人権センター」がクレームをつけて中止させ、問題になりました。この時の人権センターの理事長が日高でした。

なんと101歳まで生きて、2018年に老衰で亡くなりました。


で、私は日高さんに何の恨みもないんだけど、「わかりにくい左翼」「隠れ左翼」という意味では、日高六郎なんかも入ると思うんですね。

日高六郎のwikipedeiaを見ると、

「日高は、非共産党・非マルクス主義社会学者であったが」

とわざわざ書いているけど。

そういう、一見左翼とわかりにくい左翼が、1960年代の時に反乱学生を甘やかして、彼らを延命させる文化を作った。


今月、小中陽太郎(1934年生まれ)が90歳で亡くなったでしょう。若い人はもう彼を知らないと思うけど、彼なんかも「わかりにくい左翼」だった。

あるいは、生きていれば小中陽太郎と同年齢だった筑紫哲也(1935年生まれ)とか。小田実(1932年生まれ)とか。

そして、生きている中では、田原総一朗(1934年生まれ)とか。


田原総一朗は、「辻元清美を立憲民主党の党首にしろ」とか言ってたでしょう。

ああ、田原は、ああいう「反乱学生の異議申し立て」みたいなのが好きなんだなあ、と思うんですね。

「朝ナマ」なんてのも、1960年代の学生反乱とかティーチインみたいなのを再現したいんだなあ、と思う。


日高六郎と、田原総一朗のあいだには、最近左翼がよく持ち上げる鶴見俊輔(1922年生まれ)なんかもいた。


ああいう、一見柔和で、過激派には見えない、いかにもリベラル紳士です、みたいな人たちを、私はマスコミの中でたくさん見てきました。とくに朝日とか毎日とかに多い。


彼らは、1960年代に、「ものわかりのいい大人」を演じて、反乱学生を励ましたり、一緒に行動したりした。

そして、上野千鶴子や、辻元清美とかは、どう振る舞えばそういう「大人」たちに受けるのか、知っていたと思うんですね。


そういう「戦争を知っている」と称して、戦中の不転向共産党員を何となく尊敬しているような上の世代と、上野千鶴子から辻元清美や保坂展人・世田谷区長にいたる「反乱学生」世代との合作による「革命ごっこ」が、マスコミやアカデミズムの中でずっと続いている。

そういう「革命ごっこ」的な言説、1960年代的な資本主義批判が、「鋭い批評」として受け入れられてきた。

そんな印象を持っています。


でも、そういうのを見せられるのは、もううんざり、というのが、今の若い世代なんじゃないかと思う。

私も、ずっとうんざりだったから、やっと時代が変わった、よかった、と思ってるんですね。



<参考>


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