必要な「真面目さ」への回帰 日本の保守のダメなところ
「縄文ナショナリズム」
「日本の縄文がスゲエ」のブームが、ついに保守政党のイデオロギーになりつつあるようで。
参政党とかが、「縄文ナショナリズム」を推しているらしい。
それについての批判が、このところXで盛んです。
空前の縄文ブームを紹介!日本人の根源にある思想・思考とは?小名木善行
(参政党【公式】 2024/11/5 20:03)
【赤坂ニュース189】
— 参政党【公式】 (@sansei411) November 5, 2024
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全編うろんな話をつらつらと…縄文時代の始まりは3万8千年前からとか、葦舟で世界を渡っていたとか、鏃は刺さらないとか、縄文時代の寿命は90、100歳とか….。争いがなかったという「良さげ」な話を軸に間違えと妄想の30分。これが参政党クオリティと言ってしまえばそれまでだけど、参政党が好きな人は信じちゃうんだろうな…。
(縄文ZINE 2024/11/13 10:54)
全編うろんな話をつらつらと…縄文時代の始まりは3万8千年前からとか、葦舟で世界を渡っていたとか、鏃は刺さらないとか、縄文時代の寿命は90、100歳とか….。争いがなかったという「良さげ」な話を軸に間違えと妄想の30分。これが参政党クオリティと言ってしまえばそれまでだけど、参政党が好きな人は… https://t.co/N861AOrkG5
— 縄文ZINE (@jomonzine) November 13, 2024
天皇中心のナショナリズムを忌避するあまり、公教育でまともに記紀の話を教えなかった結果、縄文ナショナリズムとかいうさらにおぞましいゲテモノが誕生して勢力を拡大中なのマジで草
半分は極右としてのポジショントークになるけど、やっぱり精神の拠り所として正しいナショナリズムは必要だと思うわ
(楊堅 2025/2/19 0:38)
天皇中心のナショナリズムを忌避するあまり、公教育でまともに記紀の話を教えなかった結果、縄文ナショナリズムとかいうさらにおぞましいゲテモノが誕生して勢力を拡大中なのマジで草
— 楊堅 (@youken_kig) February 18, 2025
半分は極右としてのポジショントークになるけど、やっぱり精神の拠り所として正しいナショナリズムは必要だと思うわ
縄文ナショナリズム面白いよね。右派の〈縄文憧憬〉の根は割と深くて、すでに「つくる会」の西尾幹二『国民の歴史』からして国民統合の中心としての天皇の影はうすく、かわって「縄文」の「沈黙の歴史」が日本を支えるという話になっているんだよという話を下記でしてます。
(河野有理 2025/2/19 11:19)
縄文ナショナリズム面白いよね。右派の〈縄文憧憬〉の根は割と深くて、すでに「つくる会」の西尾幹二『国民の歴史』からして国民統合の中心としての天皇の影はうすく、かわって「縄文」の「沈黙の歴史」が日本を支えるという話になっているんだよという話を下記でしてます。https://t.co/qYjUpu7wWM
— 河野有理 (@konoy541) February 19, 2025
保守の「原点」探し
我田引水すれば、この「縄文ナショナリズム」の流行も、私が少し前に指摘した「原点を持たない」日本の保守の混迷を表すものでしょう。
日本人の独自性とか、優秀さとかを証明したくて、超古代にまで迷い込んでしまう。
そんな昔の話をされても、現在の日本国家のナショナリズムに役に立たない、と当たり前に思いますが・・
そして、それを言えば、記紀にさかのぼる古代天皇制の話をされても、いま必要なナショナリズムに資するとは思えない。
それは、明治で一回、失敗しているし。
天皇親政の古代国家と近代国家は、根本的に違いますからね。
近代国家にふさわしい、「近代天皇制」を明治政府は創造しようとしたのでしょうが、その人工性や不自然さは、当時から意識されていたでしょう。
戦中は、記紀にもとづく「皇紀2600年史」みたいなものが盛んに出版されましたが、今は保守でも顧みない。
その「皇紀2600年史」事業にもかかわった徳富蘇峰は、偉大なる明治維新を物語るには、織田信長から書き起こさなければならない、と考えて、「近世日本国民史」全100巻を書き始める。
明治にも「原点」が必要だと考えた。織豊時代をその原点と考えた蘇峰史観の当否は別にして、それも日本人の原点を探す事業の一つでした。
もちろん、その前には水戸藩の「大日本史」の事業があったし、それと比べるのはどうかと思うけど、直近では西尾幹二の「国民の歴史」や、百田尚樹・有本香の「日本国紀」などがある。
いずれも保守派の「原点探し」ですね。
思うのは、日本は歴史が長いから、原点探しも大変だな、ということ。
その原点探しが、今は縄文時代までさかのぼったわけで、なんかきりながない感じです。
「モラル」への復帰
戻るべき「原点」探しが、保守主義にとって必要だとしても、そもそも、それを歴史の特定の時点にさかのぼって探す必要はあるんでしょうかね。
それをやり始めると、日本は歴史が長いだけに、どうも茫洋とした話になってしまう。
そこは、前にも書いたけど、歴史の短いアメリカの例が、参考になると思うんですよ。
トランプの保守が国民の人気を得たのは、やはり「モラル」的なアピールが効いたと思うんですね。
トランプの言う「常識」への回帰、具体的にはキリスト教原理主義的な訴えです。
そのモラル的な側面をになっているのは、現在はJ Dヴァンスのようです。
昨日も、ヴァンスがキリスト教信仰を語る動画が、アメリカのXで反響を呼んでいました。
彼の信仰は、イエスの死からの復活を聖書の記述どおりに信じる、福音主義です。
私はキリスト教の原理的教義を信じています。それは、単によさげな道徳的教義というだけではない。神の子が人の子になり、人として死に、そして死から蘇ったと信じることです。
First is I believe the fundamental tenet of the Cristian faith. It is not just good moral principles, though it is that I think the fundamental tenet of our faith is that the Son of God became man. He died. And then he raised himself from the dead.
Tremendous presentation of the Gospel from Vance. I love this timeline. pic.twitter.com/zyVpVMk8Ws
— Megan Basham (@megbasham) February 20, 2025
また、日本ではあまりわかりませんが、トランプの息子のバロン君が人気なのは、トランプの、
「ドラッグ、アルコール、タバコ、タトゥーと無縁に生きよ "I want all A's. No drugs, no alcohol, no cigarettes and you know what else no tattoos."」
という「クリーンな人生の勧め」を、彼が実践していると思われているからですね。
This older video from CNN shows Donald J. Trump giving a young Barron Trump fatherly instruction before he goes off to...
Posted by Franklin Graham on Tuesday, November 19, 2024
真面目さーー彼らの場合は、ピューリタニズムと言うべきでしょうか。
アメリカ人の多くが、1960年代以降の「かっこいい」「都会的」「進歩的」なリベラル文化に飽き飽きして、「真面目で勤勉なアメリカ人」が報われる社会を求めている。
中西部の貧困家庭からのし上がってきたヴァンスは、その象徴ですね。
真面目で勤勉な貧しいアメリカ人よりも、性的少数者や移民やハリウッドセレブが脚光を浴びることに怒りを覚えている。
そういう「真面目で勤勉な人」が報われる社会であってほしい、という願いこそ、保守主義の核心だ、と掴んでいるのが、トランプ政権の強さだと思うんですね。
日本保守党に欠ける「真面目さ」
これは、よくわかる話ではないでしょうか。
特別に才能があったり、家柄がよかったりしなくても、真面目で勤勉な普通人が報われるべきだ、というのは。
「真面目さ」が再評価されるべきなんですよ。それを、人びとは保守に期待している。
もちろん、それは、「ポピュリズム」とか「反知性主義」とか「右翼」とか「ファシズム」とかの言葉で、頭のよさげな「リベラル」に批判される余地がある。実際、批判されてきた。
でも、そういう批判や説教にも、もううんざり、という状態なんですね。
だから、日本でも、「真面目で勤勉な人」を安心させてくれる政党が、これから伸びていくと思うし、伸びるべきだと思う。
小泉進次郎みたいな、「リベラル」方向に乗っちゃった人は、もうダメなんじゃないかな。
で、日本保守党がダメなのも、そのあたりがわかってないからだと思うんです。
日本を豊かに強く、というスローガンも、いかにも高度成長とバブルで生きてきた人たちの感性でね。
実際、百田尚樹とか、有本香とか、若い時からメディアに出たがり、目立ちたがり、受けたがり、一発当てたがりで、「真面目で勤勉」なイメージが全然ない。
それは、私も同世代で、同じような業界で生きてきたから、わかるんですね。いま求められている保守のイメージとずれていると思います。
支持者の猫組長とか、井川意高にも、「真面目で勤勉」なイメージがない、というか、真逆ですからね。
だから、ダメなんだと思う。
私自身も、エラソーに言える人間ではないですが。
私は、「真面目な日本人」の原型を、高度成長以前の1950年代に探っています。
それは、私が生まれる前の日本です。
もし、特定の時代に「原点」を求めるなら、1950年代の日本はどうだろう、というのが私の主張ですが、どうも雑駁な話になったので、今日はここまで。
<参考>
