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ジャニーズの「芸」の質 キムタク問題

ジャニー喜多川による性加害の話題が一巡し、次に、これまで言われなかったジャニーズタレントの「芸」の質の問題が言われ始めた。

茂木健一郎は9日、X(ツイッター)で以下のように連続投稿した。


「とりたてた才能があるわけでも、すごいパフォーマンスがあるわけでも、ものすごくかっこいいわけでもないそのあたりにいる兄ちゃんたちが人気になった理由は単にたくさんテレビに出たから」
「ほんもののアーティスト、ほんものの芸能は日本のメディアから排除されるようになった」
「単純接触効果を通したあげ底のニセのスターを生み出してきた」
「ジャニーズ的なものが変わらなければ、日本のエンタメ文化に悪影響しかないだろう。日本のエンタメがガラパゴスな自己満足を超えて世界に出るためには、ジャニーズ的なものと決別するしかない」


同日、池田信夫もXで以下のように投稿した。


日本の芸能人は世界でまったく通用しない。ジャニーズ事務所が顔だけでタレントを選び、歌唱力も演技力も無視したので、芸能界全体がそうなってしまった。 それに対して、歌唱力や演技力で勝負する新しいメディアも出てこなかった。民放がジャニーズ事務所と談合していたからだ。


ユニゾンでしか歌えないコーラスグループ(形容矛盾)なんて、世界のどこにもない。才能も基本的訓練もできていないタレントが、喜多川の好みだというだけで売れる日本では、エンタメは育たない。


「草なぎくんは実力でアカデミー賞もとり、すごく今引っ張りだこですが 演技も素晴らしい」という反論に対しては、

アカデミー賞じゃなくて「日本アカデミー賞」。あれこそ談合で決まる業界持ち回りの賞だ。


と、一刀両断している。


私も2年前に書いている。


報道機関でも、ジャニーズに不利なことは言えない。一切言えない。
まして、芸能情報を主な内容にして稼いでいる出版社系なら、なおさらだ。
当然、ジャニーズのタレントが出るドラマや映画にも一切文句が言えない。
「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」は素晴らしかったのに、木村拓哉の「武士の一分」にはがっかりだった。海外でも期待と評判が高かった山田洋次の三部作は、あれで台無しになった。なぜあんな大根を使うのか。
しかし、そんな正直な批評ができないのである。


「武士の一分」の木村拓哉の演技はあんなにひどかったのに、山田洋次の3部作で、あれがいちばん興行成績がよかった、というところに、日本のエンタメ界がダメになった理由が集約されている。


山田洋次 藤沢周平三部作 興行成績(Wikipediaより)

「たそがれ清兵衛」(2002) 真田広之、宮沢りえ 12億円
*米アカデミー外国語映画賞ノミネート

「隠し剣 鬼の爪」(2004) 永瀬正敏、松たか子 9億円

「武士の一分」(2006) 木村拓哉、檀れい 40億円


ちなみに、「たそがれ」の真田は日本アカデミー最優秀主演男優賞、「隠し剣」の永瀬は同優秀主演男優賞を受賞したが、「武士の一分」では、木村拓哉は「事務所の方針」で日本アカデミー賞ノミネートを辞退した。

「他の人と競うことはしたくない」が公式の理由だが、

「出ても受賞できる可能性が低いからではないか。木村の演技は『TVレベル』という評価が映画界には多く、山田洋次監督はホメているが額面通りには受け取れない。実際、『明日の記憶』の渡辺謙や『ゆれる』で絶賛されているオダギリジョーには太刀打ちできないとみられていました」

という映画関係者の声が、当時の記事の中に出ていた。

歌でも、大賞が確約されなければノミネートを辞退する、というのが「事務所の方針」だと言われた。そういうワガママ(一種の脅し)を許してきたのも日本のマスコミである。


以前、書いたように、私はジャニーズとマスコミの関係に嫌気がさし、2000年ごろから、ジャニーズタレントが出てくる映画やドラマは見ていない。

しかし、「武士の一分」だけは、3部作最後の作品ということで、禁をやぶって見た。そして、木村拓哉の大根芝居に心底こりて、以降、ジャニーズタレントが出る映画やドラマは本当にまったく見ていない。


タレントは、性加害については被害者の立場だし、ファンに罪があるわけではない。

だから、これまでド下手な歌や大根演技に耐えてきた我々「非ファン」の文化的被害、精神的苦痛については、言い出しにくかった。

でも、みんな言い出したから、このさい、もっと言って、長年の憂さを晴らそう。



<参考>


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