梅雨の明けきらない初夏に、サカナクションを聴く
以前、私は『新宝島』と『怪獣』だけを入口に、サカナクションという音楽の“しっぽ”に触れた気がすると書いた。
あれから少しずつ曲を聴くようになったけれど、
私はまだ長年のファンではない。
これは詳しい考察ではなく、
入口に立ったばかりの新参者が、
梅雨の明けきらない初夏の朝に
サカナクションを聴いて見えた景色の記録である。
私はサカナクションの長年のファンではない。
いわゆる、にわかに近い新参者だと思う。
だから、ここに書くことは、長く聴いてきた人から見ると「そこじゃないんだよ」と思われるかもしれない。
でも、にわかにはにわかの入口があり、初めて触れた時にしか見えない景色もある。
私はまだ、サカナクションという道を歩き始めたばかりの新参冒険者である。
地図も装備も整っていない。
ただ最近、作業中にサカナクションを流すことが増えた。
普段、作業中に聴く音楽はケルト音楽が多い。
言葉に引っ張られにくくて、流れがあって、少しだけ現実から離れられる。
森や風や石畳の道みたいな、遠い場所の空気を連れてきてくれる音楽。
けれど最近は、気づけばサカナクションを聴いている。
どうしてだろうと考えていた。
私はガチファンではない。
曲も歌詞も、長年聴き込んできた人のようには語れない。
それでも、今の季節の中にサカナクションがすっと馴染む感覚がある。
梅雨、というほど湿ってはいない。
でも、真夏というほど乾いてもいない。
雨が完全に去ったわけではなくて、空気の中にはまだ薄く水分が残っている。
朝の光は白っぽく、輪郭は少し霞んでいる。
けれど重たくはない。
窓を開けると、今日が暑くなることだけは分かる。
そんな、梅雨の明けきらない初夏の早朝。
サカナクションの音には、その空気があるように感じる。
真夏の強い日差しではない。
梅雨の底に沈むような湿気でもない。
薄く霞がかかったような光。
都市の硬さ。
水面に反射したようなシンセ。
踊れるのに、どこかひとりで歩いているような寂しさ。
湿度はある。
でも、べったりとはしていない。
温度は低くない。
でも、熱に浮かされているわけでもない。
その曖昧な季節感が、今の作業中の私に合っているのかもしれない。
ケルト音楽が、私にとって「作業用の異界」だとしたら、
サカナクションは「今いる現実を、少しだけ霞ませるフィルター」なのだと思う。
どこか遠くへ行く音ではなく、
今いる部屋、今の季節、窓の外の空気、机の上の作業、その全部の輪郭を少しだけ抽象化してくれる音。
サカナクションの歌詞も、私にはそんなふうに聴こえる。
誰かをまっすぐ応援しているわけではない。
悲観だけを置いているわけでもない。
感情を強く押しつけてくるわけでもない。
情景がある。
その情景を見ている人がいる。
その人の中に、確かに感情がある。
でも、その感情はそのまま説明されるのではなく、景色の中に少しずつ滲んでいる。
現実と呼ぶには淡い。
でも、幻想と呼ぶには立体的。
この感覚が、私にはとても面白い。
たとえば、朝の街を歩いている時。
まだ人の気配が薄くて、道路の音も遠い。
空は明るいのに、世界は完全には起きていない。
昨日までの雨の気配が、どこかに残っている。
そこに自分の感情が混ざると、悲しいとも、嬉しいとも、寂しいとも言い切れないものになる。
サカナクションは、その「言い切れないもの」を、音と歌詞の間に置いているように感じる。
だから作業中に流していても、邪魔になりすぎない。
でも、ただの背景にもならない。
ふとした瞬間に、今いる季節や、自分の中にある薄い感情の膜に触れてくる。
私はまだ、サカナクションを深く知っているわけではない。
曲の歴史も、バンドとしての歩みも、ファンの人たちが見てきた時間も、まだほとんど知らない。
以前、私はサカナクションという存在の「しっぽに指先が触れた」ような気がすると書いた。
今もまだ、全体を掴んでいるわけではない。
ただ、そのしっぽの向こうにあるものを、少しずつ見ている途中なのだと思う。
だからこれは考察というより、観測記録に近い。
梅雨の明けきらない初夏。
乾ききらない空気。
白く霞む朝の光。
都市の中に残った水の気配。
その中で作業をしながら、サカナクションを聴く。
詳しい人から見れば、入口にも立っていないような感想かもしれない。
それでも、にわかにはにわかの最初の景色がある。
私はまだ、サカナクションという道を歩き始めたばかりの新参冒険者である。
装備も地図も不十分なまま、ただ今は、梅雨明け前の初夏の朝にこの音がよく似合うと思っている。
もし「そうじゃないんだよ」と思うところがあっても、
どうか生暖かく見守ってほしい。
これは、サカナクションを知り始めたばかりの私が見た、最初の天気図のようなものだから。
たぶん私は、サカナクションを音楽として聴きながら、同時に季節の湿度として読んでいるのだと思う。
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