『推しの子』はほんとうにひどい結末だったのか? 全力で再考してみた。
「メリーバッドエンド」という言葉があります。ネットで調べてみると、こんな意味。
広く物語において使われる表現形式。
物語を解釈する観点(パースペクティブ / perspective)や受け取り方次第で意味が変化する結末の総称・俗称を指す。
「メリーバッドエンド」の言葉自体は一般的に、物語の登場人物の誰か(多くの場合主要人物)にとっては幸福な結末だが、当人以外の周囲から見ると悲劇的な結末に見えてしまうシチュエーションに対して多く用いられる。
それ以外のエンディングを指して「メリーバッドエンド」と呼ぶのも定義的に間違ってはいないが、そう評する作品、人物は少なく、ビターエンドなどの別の表現で呼びならわされる傾向にある。
この記事のなかでは、先日、「圧倒的大不評」で完結を見た『推しの子』もまたこの「メリバ」の例のひとつに挙げられています。
しかし、『推しの子』はほんとうにメリバなのでしょうか? そして、この作品はいったい何をやろうとして現在のような形になったのでしょうか?
この記事では、じつにいまさらながら、あらためてその点を検証し直してみたいと思います。良ければご一読ください。きっと面白い、はず。
じっさいには「そこまで悪くない」結末ではある。しかし――
さて、『推しの子』の結末は「圧倒的不評」だと書きましたが、じつのところ、「そこまで悪くない」という評価を下している人もそう少なくはありません。で、ぼくもまたその「そこまで悪くない」派なんですね。
じつはついさっきまで悪友のてれびんとこのマンガについて話をしていたのですが、話せば話すほど、分析を進めれば進めるほど、「悪くない」結末であることがあきらかになってきた印象です。
それでは、なぜ、そのように「悪くない」結末であるはずにもかかわらず、不評が集まることとなってしまったのか、そしてこの結末を低く評価する人は何に憤っているのか、まずはその点から考えていってみましょう。
ひとつ考えられるのは、物語が「バッドエンド」に終わってしまったから、ハッピーエンドをまっとうできなかったから、というものです。たとえば、ぼくの友人のペトロニウスさんもこう書いています。
しかし、あからさまに、キャラクターの幸せとはかけ離れた、アンハッピーエンドだったと思う。僕は、とっても不満。
一世を風靡した時代を代表するマンガだったけど、たぶん語り継がれることはないかもしれないなぁと思う。それほどに、エンターテイメントの的を外している(=キャラクターが幸せになれない)って、だいぶ挑戦的なことなんだろうと思う。いろいろ考察はできるんだろうけど、やはり、キャラクターが幸せなドラマトゥルギーを全うしないと、時代を超えて読み返すのは難しいと思う。逆に最初から、悲劇に振り切っていれば、そういう名作もあるかもしれないけど。これ、残りのアニメーションは厳しいかもなぁ。熱が一気に冷めてしまった気がする。この後、いろいろ考察して、人の話を聞いていって、見方が変わるといいけどなぁ・・・。
この見方は、わかる。じつはぼくも初めは「やっぱりハッピーエンドじゃないとむずかしいのかなあ」と思っていたのです。しかし、いまは少し意見が変わっています。
ハッピーエンドでなくてもかまわないが
じっさいのところ、完全なハッピーエンドでなくても語り継がれる名作はたくさんあります。むしろ、歴史的な傑作とされる作品は、「絵に描いたようなわかりやすいハッピーエンド」ではなく、そのためにこそ長く語られることになっているもののほうが多いでしょう。
もちろん、キャラクターに感情移入し、その幸せを望む読者はハッピーエンドを希望するものでしょうが、作家はときとしてその期待を無視してでも登場人物に重い試練を課すもの。まったき「ハッピーエンド」だけが望ましい結末とはいえないことはたしかだと思います。
『推しの子』の場合は、主人公であるアクアが自己犠牲的な死を遂げてしまったため、「バッドエンド」であると見られるのですが、その他の登場人物は最後には前を向いて歩き出しているので「メリーバッドエンド」と見ることもできるわけです。
これは、いかにも描写が不足している感は否めないものの、ひとつのありうべき結末だとはいえるのではないでしょうか。
その意味では、「メリバ」としての出来は悪くない。「メリバ」に必要なものはひと通りそろっている。ただ、逆にいえば、それ以上のものでもないというのが現時点でのぼくの『推しの子』の評価です。
アクアの考えた理路は理解できる
つまり、単に物理的な事象面だけを見れば、『推しの子』は「バッドエンド」としかいいようがありません。主人公であるアクアが「ラスボス」のカミキヒカルと相打ちに近い形で死んでしまっているのですから。
しかし、その死を受けてかれの妹のルビーたちが前向きに歩き出したという点を見れば、「ハッピーエンド」ではとてもないにしても、「メリーバッドエンド」だとはいえる。
ようは登場人物の心理はポジティヴに終わっているわけです。つまり、この物語は「ただのメリーバッドエンド」としてはそれなりによくまとまっている。
この結末に至るべき必然性もそこそこはそろっています。アクアがカミキヒカルと相打ちに近い自殺を遂げるまでの心理過程は良く理解できるのです。
①警察にカミキヒカルを逮捕してもらえば良いのではないか。→カミキヒカルはいっさい証拠を残していないのでそれはできない。
②カミキヒカルを殺害するなどして脅威を取り払ってしまえば良いのではないか。→アイドルであるルビーにスキャンダルを被せることになるのでできない。
③カミキヒカルをそのままに放置しても問題ないのではないか。→生きているかぎり、かれはルビーの命をねらいつづけるので危険は残ってしまう。
といった感じで、その他の選択ではすべてルビーを守り切れない、ゆえに「自分が死ぬしかない」となったことはわかる。
それはアクアの内面での問題に過ぎない
しかし、重要なのは、これがあくまで「アクアが自分の頭のなかだけで考えだした結論」であることです。アクアの思考のプロセスとしては理解が及ぶものではあるものの、現実において「ほんとうにそうなのか?」というとかなり疑問が残るでしょう。
その意味ではアクアの行動決定には「他者」が介在していない。カミキヒカルもまたユング心理学的な意味ではアクアのシャドウであるに過ぎないとするなら、アクアは自分ひとりで考え、自分ひとりで決定し、「もうひとりの自分自身」と相打ちになって死んでしまった、ということになります。
つまり、アクアの心はナルシシスティックに「閉じている」わけです。
これは、やはりストーリーテリングとしては大きな問題があるのではないか、と考えられます。ルビーを含む物語のほかの登場人物はいったい何のためにいるのか、と思わずにはいられません。
この点こそが、『推しの子』の最終回が相当に不評が多かった最大の理由でしょう。
言葉にしては「ハッピーエンドでなければだめだ」といっている人たちのなかにも、じっさいには「うまく言語化できないもやもや」をそのようにして表現している人だって相当数がまざっているのではないか、と感じます。
「男のロマン」なのだろうか?
ペトロニウスさんも書いている。
でもなぁ、アクアは、ルビーを守りたいというロマンを、ドラマトゥルギーを全うしたわけなんだけど、やっぱり、どうしても、有馬やあかねやみやこさん、そしてなによりもルビー(さりなちゃん)は、生きる理由にはならなかったのか?って思うんだよね。
復讐ではなくて、「ルビーをどう守るか?」がアクアにとっての目的になっているので、カミキの物理的排除には殺すしかなくて(捕まえるの不可能なので)、そのためには、自分も殺されなければならないのは、選択肢としては、非常によくわかるんですよ。最後にやったのが、復讐ではなくて、ルビーを守ること、なわけですから。
でも、こういう選択肢ルートは、ルビーに計り知れない心の傷を与えるじゃないですか?
そうでないオルタナティブな選択肢を考えるのが令和的な方向性だと思うんですよね。これって男は黙って痩せ我慢、武士は食わねど高楊枝的なロマンなので、男のロマンを全うして、全てを引き受けたアクアとゴローは、満足度が高いけれども、やっぱり昭和的な選択に思えるんですよね。男が黙って犠牲になって、人柱になって、好きな女を守るんだってのは、やっぱり一時代古い。
ですが、ぼくはこの物語が「男は黙ってやせ我慢」、「武士は食わねど高楊枝」的な「男のロマン」を描きたかったのだとは必ずしも思いません。それでは、何を描こうとしたのかといえば、「人間の普遍的な高貴さ」だと思うのです。
『推しの子』は「人間賛歌」をめざしたのではないか
てれびんが往年の名作ビデオゲーム『AIR』を例に出しているのだけれど、これはある意味でわかりやすい。『AIR』も最後でヒロインが死んでしまって終わる「メリーバッドエンド」の典型的な話だからです。
ただ、同時に『AIR』は「ただのメリバ」ではないとはいえます。ぼくの好きな『SWAN SONG』もそうなのですが、そこでは徹底して「世界の不条理な残酷さにも負けない、人間の普遍的な高貴さ」が訴えられていて、それゆえに作品全体が「真の人間賛歌」として成り立っているのです。
そして、おそらく『推しの子』もそのような方向性を狙ったのではないか、そして失敗したのではないか、というのがぼくの推測です。
この記事はこれをひとまずの結論とし、以下、なぜその推測が成り立つのか書いていきます。
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