【短編】何も持たなかったぼくだったけど、転生したら賞賛と羨望の的になりました-ガランドウの虚構-
何かがぼくを跳ね飛ばし、目を開けたら目の前に魔物が牙をむいていた。
「え……」
とっさに逃げようとし、足がもつれ、その場に倒れこむ。
「たす、たすけ……」
上体を起こせたものの、腰が抜けて動けない。
しかし、魔物はうなり声を上げてにじりよってくる。
ふいに、魔物が消し飛んだ。
「大丈夫か!」
剣を持って駆けよるその人が魔物を倒したと理解したのは、ずっと後だった。
「あ、あの、あなたは……?」
「ルビィ。お前、見ない顔だな。変な服着てるし、どこの人間だ?」
赤髪を風に揺らし、ぼくを眺めるその人は、ぼくの理想の姿そのものだった。
#1
「かくかくしかじかで転生してきたと」
下手な隠し事ができないため、ぼくはルビィにすべてを話した。
「よし、じゃあ町でも紹介してやるよ」
「信じてくれるの?」
「ああ、別の世界から来たとか面白ぇじゃねぇの」
二つ返事をするルビィに胸をなでおろす。
そして、ぼくは改めて周りを見回す。
酒場に集う、いかにもという面々。ルビィたちの拠点。
「ルビィたちは、討伐隊なんだよね。じゃあ、ぼく、足手まといになっちゃうけど、本当にいいの?」
「おうよ。お前はいるだけでいい」
「いるだけで……」
前世がぼくに言う。いてもいなくても一緒だって。どこにいても地味で、協調性がなくて、場になじめなくて。
「本当に?」
だから、ぼくはいらないと。
「その別世界のこと、もっと教えろよ」
前世が徹底的に否定したぼくを、その人は絶対的に肯定した。
「も、もちろん!」
――聞こえますか、シュキ――
聞いたことのある声。
「女神さま?」
――これをあなたに――
突然、ぼくの目の前に一冊のノートが現れた。
「これは?」
――【コピー】それがあなたの能力です――
「コピー?」
――相手の能力を自分のものとして再現する力です。たとえば、あなたの目の前にいる彼に、そのノートをかざしてごらんなさい――
「シュキ、何ぶつぶつ言ってんだ?」
「え、あーと……」
心の中でルビィに謝り、女神さまに従ってルビィへノートを向ける。
手のひら大のノートがかすかに光り、ひとりでにページをめくる。
「ルビィ、案内人、剣士、リーダー……」
やっぱりすごい人なんだ。リーダーが案内人。
――今ので、彼と同等の力をあなたは手に入れました――
「ぼくが?」
「――魔物だ!」
落ち着いて話を聞く間もなく、酒場の外が騒がしくなった。
「さぁて、ひと暴れしますか!」
剣を手に立ち上がるルビィ。
――ちょうどいい機会です――
「でも、ぼく、剣とか持って――」
すべてを言わさず、ぼくの手の中に光の剣が生まれた。
飛び出していったルビィを追いかけると、町の中を魔物たちがうろついていた。迷いなく挑みに行くルビィ。
――さぁ、シュキ。あなたも――
頭の中で、女神さまが背中を押すと、ぼくは地を蹴っていた。
#2
町に出ると、魔物たちがうろついていた。
「キャー!」
悲鳴の方を見ると、町の人に魔物が襲いかかっていた。
ぼくはとっさにその人たちのところに駆け寄り、剣を薙いだ。
すると、魔物は断末魔を上げてはじけ飛んだ。
風がぼくの髪をなびかせる。
「ああ、ありがとうございます!」
唖然とするぼくに、襲われそうになっていた人は涙を流しながらお礼を言う。
沸き起こる歓声。
「兄ちゃん、どこの人間だ。そんな強ぇように見えないってのに!」
「え、あ……」
「あなたがいてくれたら、この区域は安泰よ!」
「このご恩は一生忘れません」
ぼくがぼくを疑うより、町の人たちがぼくへ希望のまなざしを向ける。
ぼくは、そっと胸ポケットにしまったノートに目を落とす。
能力コピー。
これがぼくの能力。誰かの強さをそのままに再現させる力。
ほっとしたのも束の間、また別の魔物がぼくに迫っていた。うなる魔物に、光の剣を振りかざす。
「この!」
すると、魔物は塵になっていた。
他の討伐隊もぼくを見ている。
いつも独りだったぼくを、驚きと羨望の目でみんなが見ている。
やってくる魔物を消しながら、魔物が密集している区域まで走る。
今のぼくならどんな魔物が来てもいける。
だって、世界が……。
「世界が、ぼくを求めてるから」
何匹もの魔物がぼくを取り囲み牙をむく。
「何匹来ても同じだよ」
ぼくが剣を一つ振ればすべてが消え去った。
安心したのも束の間、ぼくは背中からくる足音に振り返らず刃を振るう。
「え……」
激しい金属音がした。
止められた?
そして、ふいに誰かがぼくの頭をつかんだ。
「そういうの、困るんだよ」
背中からかかるこの声は、ルビィ?
「そういうんじゃねぇんだわ、おれらの求めてるのは」
ぼくの背中から、ルビィの声がする。
「あーあ、興ざめっていうか、やっぱいらねぇわ、お前」
違う。
ルビィはそんなことを言わない。
だってルビィはぼくの理想だから。
「せっかく闇市で買い取った魔物だっつーに、全部殺してくれちゃって。お前、何様?」
「どういう、意味……」
引力が消えたと思えば、ぼくは地面にたたき伏せられていた。その拍子に、女神さまからもらったノートが落ちる。
風がめくり上げた【コピー】のページ。
「ルビィ、案内人、剣士、リーダー……」
そういえば、全部に目を通してなかった。
横画面になった視界で、うめきながら、ぼくは続きを読む。
ルビィ、案内人、剣士、リーダー、盗賊。
「盗……賊……?」
違う。
だって、ルビィは……ルビィは……。
「なんか、会ってすぐ懐いてくれちゃったから金稼ぎに使えるかと思ったら、とんだ大損だ。お前はいらねぇ。いや、腕は立つし飼うのもいいな」
「かう……?」
「奴隷商人に突き出してもいいが、飼い殺しが一番だ」
ルビィがぼくの髪をつかむ。光の剣も闇に葬られている。
「女神さま、なんでこんな世界に……。ねぇ、なんで!」
「ああん?」
「女神さま、ねぇ、女神さま!」
#3
黒いローブをなびかせながら、レンガ造りの囲いに腰を掛け、中の様子を眺める少女。
「世界は君のために回ってる」
大きな鎌を肩に乗せ、くすんだ空を仰ぐ。
「惜しんだ時間を快楽へ変え、怠惰と惰性で自分を哀れんで。慰めの物語は麻薬そのものって、どうして気づかないかな」
少女は箱庭の中にうごめく砂へ瞳を戻し、そのまま箱庭の中に降り立った。
とたん、砂が人の形を成して立ち上がった。
少女は大鎌を迷いなく砂人形に薙ぎ払う。
「理不尽だなんだ喚くけど、幻想を理不尽の免罪符にしてる自覚、君にはある?」
土へ還った人形は、即座に形を作り立ち上がってくる。
何度斬っても、斬った以上に起き上がる。
「ま、ボクも楽しければそれでいいし、おあいこさまか」
少女は不敵に笑みをたたえながら、絶えず迫りくる砂人形を切り刻んだ。
胴を二つに割り、砂が人の姿になる前に寸断する。足元からせり上がってくるのを感じ、即座に飛びのく少女。
ひときわ大きな、異形の人間。
しかし、十秒と経たず、少女はそれを地へ叩き伏せた。
そして、生気の宿った生き物を前に鎌を下ろし、邪気なく笑いかけた。
「いたいた、君を探してたんだ。ボクはレーク。君は?」
#4
どの世界からも排除されてきたぼくを、この世界は頼ってくれた。
いてもいなくても同じだったぼくを、この世界は肯定した。
「……はず、なのに」
この世界もぼくを否定するの?
「女神さま、なんで……!」
天からの応答は返ってこない。
「女神女神って、さっきからなんなんだよ」
いくら叫んでも、あの声はぼくの頭に響いてこない。
ルビィがぼくの身体を蹴り、頭を掴んだまま引きずっていく。
「女神、さま、め……がみさま!」
この世界も、ぼくを必要としないの? この世界も、ぼくに居場所はないの?
ぼくは、この世界からも追い出されるの?
ぼくを荷物か何かのようにルビィは引きずっていく。
うめき声を立てるしかできなくなったぼくの目の前が、急に赤く染まった。
「……え」
ボクと視線を合わすルビィ。
どうして?
目をむいたルビィが、ぼくの顔の前にいる。
ルビィの首が、ぼくの前に……。
「――いたいた、君を探してたんだ」
降ってくる女の人の声。転生の女神さまじゃない、女の人の声。
重たい身体を起こし、おそるおそる顔を上げると、そこには黒いローブをまとった、高校生か大学生ぐらいの女の子がいた。
いつ、どの瞬間にできたかわからない、人間の血が混ざった海を背景にして。
「ぁ……。あぁ……」
そこかしこで胴が頭を忘れ、足が手を捨て、左右が互いを無視して転がっている。
静かになった町で、一人大きな鎌を持ち歩み寄る様はさながら死神だった。
「ボクはレーク。君は?」
身体に鞭打って、気持ちばかりに彼女から距離を取る。
「シュキ……。ぼくは、シュキ……」
「君、今の気持ちで、前世の誰かを想ったことはある?」
身体を震わせるぼくに、黒衣をまとう彼女は間延びした口調で問いかける。
「親、兄弟、友達、テキトーな知り合い。なんかあるでしょ」
前世はぼくを完全否定した。この世界もまた、ぼくを絶望へ追い込んでいる。
「何もないの?」
「ぼ、ぼくは、ぼくを想ってた……。ぼくは、いつも独りで、ぼくは、ぼくしかわからなくて、誰かを想うとかわからなくて……自己中心的でごめんなさい!」
「いいよ、別に」
レークはあっさりとうなずいた。
「え……?」
「ボクはただ、今その気持ちで、前世に想う人がいるかどうかを聞いただけ。即答しろとも言ってないし、他人を想えとも言ってないでしょ」
レーク、と名乗ったその人は、不思議気にぼくの瞳を覗き込んだ。
「シュキだっけ。君、現実に帰る気はない? っても、現実の死神に君の魂を引き渡すだけだけど」
#5
「現実……地球ってこと? でもぼく……」
「死んでるよ。ここでは……君たち風に言えば『生きてる設定』になってる」
そう。死んだから、生きなおしている。
「やっぱり、死んでるんだ、ぼく」
レークは指先を口元にやり、瞳を上に向けた。
「珍しー。君みたいなニンゲン、ある意味絶滅危惧種」
「あの、どういう……」
「そういうわけだから、はい、ウツツ実。それ食べて成仏して」
ぼくの問いは空気程度に受け取っていない様子で、レークはリンゴとも梨ともミカンともつかない、よくわからない実を差し出した。
「あの、これは?」
「解毒薬。君たちニンゲンがゲン草を持ち込んだせいで、ボクたちの世界がどんどんボロくなっていってさ。だから、はやく箱庭を壊したいわけ」
情報過多……。
「今いるのが、ゲン草に侵されたニンゲンが作り出した箱庭の中。つまり、君が生成者。で、この箱庭が、君たちがテンセーの女神って拝んでる二次的な害悪」
ぼくの脳が処理を投げ出した。
ただ、一つだけ、聞き逃せない言葉があった。
「女神さまが、害悪?」
「正確にはナビゲーター。れっきとした転生をするニンゲンは、ナビを必要としないし、まずここに来ない」
転生するから、女神さまが、ナビが必要なんじゃないの?
「自分の人生のナビを他人にやらせるから、思わぬところへ案内される。まぁ、幸せな夢に溺れていたいのもニンゲンだから、ボクがどうこう言うところじゃないけど」
きしみを立てるぼくの胸。
レークは大鎌を軽々と担ぎ上げた。
「君は君を想っているあたり、ボクの知る中では、かなり健全。だいたいは不幸話を始めるからね」
どこからか澄んだ風が吹いてきた。
どうしてか鉄の匂いが引いていて、気のせいか太陽の光が強くなっていく。
「そうそう。そうやって生成者が箱庭を消してくれるのが、ボクたちには一番都合がいい」
気持ちよさげに風を受ける彼女の黒衣。
「じゃあ、その実食べたら成仏して――」
驚いたようにレークはぼくを見た。ぼくもまた、ぼくに驚いた。
「あ……」
彼女の黒いローブを掴んでいた自分に、驚いた。
「ごめんなさい、その、えと、あの……」
なんで、ぼくは彼女を引き留めたの?
弁解の言葉を探すぼくに、レークはいたずらっぽい笑みを向けた。
「君なら、もしかしたら、この虚構の世界でも生きていけるかもね」
「虚構の世界?」
「現実の裏側。君たちの知らない現実。ガランドウが蔓延る最悪の世界。本来なら、無邪気な空想で編まれているはずの世界」
「もっと、易しく……」
「想像の世界。それでいて、創造された世界」
レークは踵を返した。
「ここにいたければいればいいし、成仏したかったらそれ食べればいい。その時は迎えに来る。じゃあね。ボク、次の箱庭を壊しに行かなきゃいけないから」
そして、そのまま、姿そのものから消した町から出て行った。
ぼくは、彼女に手渡された実を見つめる。
「食べたら、現実に。でも、この世界にいてもいい……」
いてもいなくても同じじゃなくて、必要か不要かでもなくて。
ぼくがいてもいい世界。
「なら、ぼくは――」
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