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おもしろいがいろいろなら、楽しいもいろいろ|#なんのはなしですか

面白さって、多種多様だよなぁ、と思う。

***

ここ数日、特にそんなことを考えている。

何をおもしろいと感じるのか、どうおもしろいのか。

バラバラで、人それぞれで、多種多様で。
あまりにも違って。
だからこそおもしろいとも思う。

#なんのはなしですか がおもしろいのは、
もしかしたら、人間っておもしろいよね、
ということなのかもしれない(唐突)

……と、いうようなことを考えているタイミングで、音羽しーなさんのこちらの記事を読んだ。

で、こちらのアンサーノートが、この記事だそうで。

ふむ、と思ったんですよね。
「楽しい」って、なんだろうなぁ、とこの記事を読んでから考えています。

しーなさんも書かれている通り、楽しいにはいろいろあるよな、と思っている。「楽しい」は、多様。(なんなら、グラデーションくらいにいろいろあるよね、とも思う。)

1音、はじめて弾いたピアノの音色
真っ白な画用紙に、筆をのせた感触
プールの水に足をいれた心地よさ

余談だけど、しーなさんのこちらの表現、素敵

で、ふーむ、と考え始めた表現がこちら。

何かに取り組むとき。
とにかく"楽しんで”と言われるときの楽しいは、
「頭でなく身体で感じて」に近いのだろうか。

しーなさんの記事
「想像しているのは、「…やっぱり出来なかった自分」だった。」より

確かに、体感としての「楽しい」は、あるよなぁ、と思う。
なんというか、身体が喜んでいる、みたいな。
お腹の底からふわっと何かが湧いて、わくわくするみたいな感じ。

これがしーなさんが言うところの「楽しい」の第一形態として、第二形態もあるらしく。

試合に勝ちたくて、練習に励む
書きたくて、書けなくて、ひたすら書いてみる
綺麗な音がでなくて、何度も吹いてみる
イメージする絵が描けなくて、色々な作品を観て勉強する

そういうのが"楽しい"って人もいる。
そんな"楽しい"に憧れたりしている。

しーなさんの記事
「想像しているのは、「…やっぱり出来なかった自分」だった。」より

確かに、この種類の「楽しい」もあるんだよなぁ、と思う。
実感として、これは「あるな」と思う。

で。

この「できないことをできるようになるために、頑張る。それを楽しむ」みたいな過程における「楽しさ」って、ニアリーイコールで「しんどさ」とか「面倒くささ」とかがもれなくセットでついてくるな、とも思っていて。

人によってはただただ楽しい、という人もいるかもしれないけれど。
私の場合は、おそらくそうではない。

けれど、この「しんどさ」「大変さ」「面倒くささ」とかと表裏一体になった「楽しさ」ってなんだろうか、と考えると、突き詰めると「自由自在になりたい」ということなのかもな、とも思う。
今のところ、ではあるけれど。


自分の身体を、自分が思う通りに動かしたい。
自分の身体を思い通りに動かして、期待する結果を得たい。

そういう、自由に対する欲求と、それが実行できた時の「喜び」

それを「楽しい」と表現している、ような気がする。

***

この過程における「楽しさ」の土台に何があるかと言えば。

少なくとも1つではないけれど、ただそのうちの1つは、「理想」あるいは、「期待する」自分があるのかもしれないな、と思う。


「もっと、これができるようになりたい」
「もっと、自由になりたい」


そういう自分に対する理想、あるいは期待、がある、ように思う。

ゆえに、自分の自分に対する理想や期待値が高すぎて、挫折することもよくある。というか、頻繁にある。しょっちゅう、と言っても過言ではない。
昔よりは少なくなったけど。


***

ちなみに、この種類の、第二形態の「楽しさ」を考えるときに、個人的に参考になると思っているが漫画が2つあって。
「ハイキュー!!」と「ちはやふる」です。個人的には特に「ハイキュー!!」かな。全編通してよいです。
「ちはやふる」もそうだけど、こちらは特に5巻のあたり。

「ハイキュー!!」は、アニメが原作にほぼ忠実なので、アニメもよいです。

(Amazonのアソシエイトには参加しておりません。念のため)

巻数が多いのと、どちらも私としては読む・観るのに結構エネルギーがいる作品なので、余力がある時が良いです。
でも、面白いです。青春モノが苦手じゃなければ。(すでに読んでいたら、すみません。)


まだ書ける気がするけれど、段々なんのはなしかわかんなくなってきたので、一旦ここまで。


#なんのはなしですか


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