描きたくない私を、見たくなかった
横断歩道の前で信号機を見ながら、立ち止まっている。いつか青になるだろうと思ってた。
描きたい気持ちが、赤信号のまま、止まってる。
2年前、"手ぶらで水彩画"という短期講座を受けた。中学校以来、久しぶりに描く水彩画は、楽しかった。先生のお手本を見ながら、いくつも薔薇を描くだけ。それだけなのに、気持ちが研ぎ澄まされた。
出来上がった美しい水彩の色と、穏やかな先生に惹かれて、わたしは月2回行う水彩画サークルに通いはじめた。
すぐに「もっと上手くなりたい」と焦る気持ちを、先生は「ゆっくりでいい」「ここの色がすごくいい」と、ほぐしてくれた。
2年たって、あの頃に比べたら大分上手になった。だけども、他の人とすぐ比べて落ち込むわたしがいる。
今年の春までは、水彩画サークルに来ていたのは、わたし含めて3人だった。シニアの元新幹線の設計士と、漫画家を目指しているママさんと初心者の私。
比較しようがなく、その中でのんびりとたわいもない会話をしつつ、行き詰まったらすぐ先生に聴いて学んできた。その空間が心地よくて、「またあそこに行きたい」と思ってた。
それが、今年の春からサークルが統合された。人数は8人くらい。みなさん水彩画を愛する人生のベテランだった。
頭では、わかっている。みんないい人なのだと。わたしの絵をみても褒めてくれる。水彩画を研究する意欲が高い。
だけども、心はすっかり尻込みしてしまった。絵を見られるのが恥ずかしくなった。
先生に質問できなくなった。
みなさんそれぞれ個性があって、上手い。デッサンも上手い。教室がある日まで家で、1ヶ月じっくりとかけて描く作品の丁寧さ、細かさ。色の大胆さは見てて飽きなかった。8人のうち、どうみてもわたしだけ素人の絵だ。時間もかけてない。
展示会で、その作品たちと、いびつなデッサンのわたしの絵が並んだことが、耐えられなかった。サークルなのだ。楽しめばいい。いいのに。
体調不良もあったが、なんだかんだと言い訳をして、3ヶ月水彩画サークルを休んだ。
描きたくない私を、見たくなかった。
実は、今日も水彩画サークルの日だった。行くかどうか迷っているところに、娘が中学校を遅刻して行きたいと言った。
土日も吹奏楽クラブの練習があり、体力に自信のない娘。やりたいことを優先して、学校は無理な日は、遅刻。どうしてもむずかしい日は休もうと話してる。
遅刻の方がいいよと教えてくれたのは、元不登校の娘さんがいる先生の教え。出席日数は、遅刻なら出席扱いだ。
水彩画サークルに行くのなら、娘を車で学校まで送る人がいない。
わたしは、娘を理由に休むことにした。
先生がLINEで、今月末にある展示会に出展したらと誘ってくれた。小さなサイズでもいいからと。
本当は、まだ間に合う。描こうと思えば間に合う。だけども心が動かなかった。お断りした。どうも「展示される」なら、納得のいくものを出したい自分がいる。
どう描いても、納得いくものになる保証なんてないのにね。
そんな風に、「はじめた時は楽しかった」けれど「もっと上手くなりたい」と思った途端、焦りすぎて、まわりと比較して、楽しい気持ちも失ってしまうことがよくある。
描くは一旦ひと休み。素敵な先生に出逢えたのは確かだけれど、今の水彩画サークルの体系を、心の奥のわたしが、なんかイヤというなら、やめてみようかな。
描く気持ちは、なくならないから。眠ってるだけだから。
また、少しずつ、描くたのしさ、塗るたのしさを感じられる日がくる。
やりたいと思える日がいつかは、わからないけれど。
やめてみるも大事。そう今は思うことにする。
▼こんな時を経て、やっと描けるようになってきたのにな。
