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27歳、彼は優しかった。なのに私は、夜中2時に「別れ」を検索していた

夜中2時。

ベッドに寝転びながらインスタを開いたら、友達の婚約報告投稿が流れてきた。
幸せたっぷりに微笑む友達と、少しかしこまったお相手。
ふたりの間には、キラキラの指輪。

友達が幸せそうで、うれしい。その気持ちは本当。
「じゃあ、私と彼は……」そう思いかけて、急いで気持ちに蓋をして、投稿にいいねを付けて、スマホを伏せる。
ふぅ、と短く息を吐いて、天井を見上げる。

「別れた方がいい気がする。でも、決定的な理由がない」。
そう思いながら、何ヶ月も……もしかしたら何年も、過ぎてしまった。

そんなあなたへ。
6年前の私から、今夜のあなたへの手紙です。

私は27歳のとき、婚約を破棄しました。
彼は優しい人でした。
浮気も、モラハラもありませんでした。
それでも私は、夜中2時に「別れ」を検索していました。

27歳・婚約破棄した翌朝

彼は、会社の同期でした。
新卒内定者のころから、昔からの知り合いみたいに不思議と気が合って、彼からの告白で付き合いました。

明るくて、穏やかで、話していると心がほぐされるような人でした。
私が喜びそうなことを、自然に先回りできる人。
「かえでちゃんがどうしたら喜んでくれるかな、っていつも考えてる」と、照れもせずに言う人でした。

早いうちに私の両親にも挨拶に来てくれて、両親はすっかり彼を気に入りました。
「あんな素敵な人、絶対逃さないようにしなよ」

約2年付き合って、プロポーズされました。
指輪の代わりに、これまでのデートの写真をまとめたアルバムを渡してくれて、「指輪は、かえでちゃんこだわりあると思って。一緒に選びに行こう」。

幸せで泣きました。
この人と人生を歩めたらどんなに幸せだろう、と本当に思っていました。

ズレが見えたのは、婚約のあと。

彼は長男で、実家の家業を継ぐことが決まっていました。
結婚の話を具体的に詰めるほど、彼の考えている将来が、はっきり見えてきました。

「結婚したら、かえでちゃんは仕事を辞めて、家でゆっくり過ごしてほしいんだ」
「結婚後はすぐに家を建てよう。二世帯か、実家の隣に俺たちの家を建ててもいいね」
「お正月は親戚がうちに集まって宴会するんだ。かえでちゃんには、母さんと一緒におせちを準備してほしい。賑やかで楽しいよ」

正直に言えば、あのとき私は「は……?」と思いました。

いま思えば、全部、彼なりの幸せのかたちだったんだと思います。
でも、その「彼なりの幸せのかたち」の中に、仕事を続けたい私がいませんでした。

頑張って入った大学を出て、第一希望の会社に就職しました。
私は、その仕事をこれからも続けていきたかった。
ちょうど、任せてもらえる仕事が少しずつ増えて、できることが広がって、働くのが面白くなってきた頃でした。
その毎日を手放して家庭に入る未来が、私にはどうしても描けませんでした。

彼のご両親との食事会も、増えていきました。
隣に座った彼のお母さんに、肩に手を添えられて「かえでちゃん、いつお嫁に来てくれるの?みんな楽しみにしてるの」。
笑顔で頷きながら、背中が冷えるのを感じました。

「かえでちゃんのご両親に、お嫁にもらいますってご挨拶に行かないとね」
「跡取りが生まれるなら安心よね」

悪意のない、にこやかな言葉に囲い込まれていくようで、少し怖くなりました。

友達に相談すると、「え、別になにか事件が起こってるわけじゃないんでしょ?」と言われました。

「ハイスペ婚見えてるじゃん!」
「専業主婦も正直ありだよね〜私だったら乗っちゃうな〜」

親に話すと、「良いお家に嫁ぐって、そういうことだよ」と言われました。

どこにも味方の言葉がなくて、途中から、誰にも話せなくなりました。

決めた夜のことは、あとで書きます。
先に、翌朝の話をさせてください。

最終的に別れた日の翌朝、私はベッドから起き上がれませんでした。
会社を休みました。
泣けて泣けて、仕方がなかった。
「もう終わっちゃったんだな」「あんなに幸せだったのにな」「でも、無理だったな」。
この3つが、ぐるぐる回り続けました。

その後の1週間も、ボロボロでした。
食欲は消えて、仕事も手につきませんでした。
仕事を続けたくて別れたのに、その仕事が手につかないんです。
われながら、笑ってしまう矛盾でした。

プロポーズでもらったアルバムは、目に入らないデスクの奥に隠しました。
でも、無意識に指が動いてカメラロールを開けば、彼の写真が出てくるし、保存していた結婚式場のスクショまで出てくる。
LINEのやり取りを消す勇気なんてない。
それまでの日常に彼が溶け込みすぎて、彼の気配を感じるたびに、喉が震えて泣き出しそうになる。

「もし私が覚悟を決めていたら、いまごろ彼と一緒に指輪を選んでいたのかな」。
そんな想像をしては、抜け殻のように過ごしました。

同級生の友達は、次々に結婚していました。
インスタを開けば、婚約指輪や前撮りの写真が流れてきました。
27歳で、結婚が白紙になりました。
「私、なにやってるんだろう」と思う夜がしばらく続きました。

私の別れ方は、上手じゃなかった

ここまで読むと、「ちゃんと決断できた人」に見えるかもしれません。

違います。
私の別れ方は、全然上手じゃありませんでした。

一番はじめの彼氏とは、別れると決めては戻る、を繰り返しました。
会って、彼の泣き顔を見ると、決心がしぼんでいく。
気持ちが何度も揺り戻されて、消耗しました。

次は、バイト先の先輩と付き合っていました。
彼の愛し方と、私の受け取り方がずれて、少しずつ苦しくなって……でも彼は悪い人じゃなかったから、本当の理由は言えませんでした。
「学校が忙しくて」と嘘をついて、バイトも辞めて、逃げるように別れました。

彼の就職で遠距離になって、気持ちが維持できなくなった恋もありました。
本当は、心が別の方を向き始めていたのに、「距離が原因だと思う」と、そこだけを伝えました。
あとになって共通の友達から、「彼、すごく痩せてたよ」と聞きました。
申し訳なくて、自分が決めたことなのに、泣きたくなりました。

その次の彼とは、考え抜いた末の別れですらありませんでした。
ある日のデートの途中で、「ごめん、ちょっと疲れちゃったから、今日で会うのは終わりにしよう」と、その場の疲れで言ってしまいました。

最後が、27歳の婚約破棄でした。
会ったら情で決められなくなると思って、夜に、電話で伝えました。
一度で終わらせられればよかったのに、そこから1ヶ月以上、毎週末の電話を重ねて、ようやく別れました。

嘘をついて逃げた別れも、理由を半分だけ渡した別れも、1ヶ月泣きながら揉めた別れもありました。
私は、別れのプロじゃありません。
むしろ、別れるたびに何かを傷つけてきた側の人間です。

だから、もしあなたがいま、うまく別れられる自信がなくて動けずにいるなら……その感覚は、当たっています。

別れ方には、知識の差が出ます。
当時の私は、その知識を何も持っていませんでした。

それでも、決めたのは私だった

それでも、一度も後悔していないことがあります。

あの夜、自分で決めたことです。

決定的な事件は、最後までありませんでした。
気持ちがしぼんでいく私に気づいて、彼は何度も、優しく安心させようとしてくれました。
「結婚って大きい決断だから、不安になるよね。大丈夫。俺も、俺の家族も、かえでちゃんのこと大歓迎だよ」。
そう言ってくれるほど、私の心は、なぜかどんどん離れていく。
うれしいはずの言葉に、戸惑っている自分がいました。

私が確かめたかったのは、歓迎されるかどうかじゃなくて……彼と結婚しても、私が「お嫁さん」じゃなく、私のままでいられるのかだったのに。
彼にそれがうまく伝わらない。

「我慢して得る幸せは、本当に私の幸せ?」

何週間も自問して、気づいたら、答えはもう自分の中にありました。
誰も背中を押してくれなかったから、自分で決めるしかありませんでした。

決めた夜は、「今日、時間取れる?」と昼のうちに送って、電話をかけました。

「ここ最近、少し暗くてごめん。今日は大事な話をしたい」。
そう切り出してから、用意していた言葉を伝えました。

「結婚したいって言ってくれたのは、本当に嬉しかった」
「けど、あなたの希望する将来を、私は叶えてあげられないと思う」
「このまま結婚はできません。ごめんなさい」

彼が最初に口にしたのは、「別れるって……親になんて説明すればいいんだ」でした。

その瞬間、頭がスッと冷えていくのが分かりました。
なにこの人、ダサい。
あんなに迷って、勇気を出してかけた電話なのに……この人が一番はじめに気にするのは、私じゃないんだ。

大きな事件があったわけじゃありません。
でも、あの第一声だけで、静かに分かってしまいました。
この人の物語の主役は「彼の家族」で、私じゃないんだ、と。

それでも、その電話ですぐに別れられたわけではありません。
「これだけ私を大事にしてくれた人だから、正直に話せば、きっと分かってくれる」。
そう思っては、また週末に電話して、お互い泣いて、「もう無理だね」を確かめる。
それを、5回も6回も繰り返しました。

何度目かの電話で、彼が言ったことがあります。
「かえでちゃんに働き続けたい気持ちがあるのはわかった。働いてもいいけど、子どもができたら……」
その瞬間、頭にカッと血がのぼったのを、いまでも覚えています。
なぜ私は、働くことに、彼と、彼の家族の許可がいるんだろう。

私の人生の主役は、私だ。
私の人生を、彼の家族の物語に明け渡す必要なんてない。
そこから最終的な別れまでは、あっけないほどすぐでした。

いま思うと、あれでよかったんです。
もし周りの誰かの「別れなよ」で決めていたら、あの揺り戻しの1ヶ月の途中で、きっと折れていました。
自分で決めたことだけが、平行線の電話のあいだも、翌朝のベッドの中でも、私を支えていました。

その年の年末、実家でだらだら過ごしながら、ふと思いました。
彼と結婚してたら、いまごろ本家のお正月で、おせちの準備に駆けずり回ってたのかもしれないな。
そのとき初めて、「やめてよかった」と心から思えました。
別れから半年後の話です。

そのころ再会した大学時代のサークルの先輩が、いまの夫です。
ただ、その話はここでは主役じゃありません。
主役は、あの夜、電話をかけた27歳の私です。
いま33歳の私が戻れるなら、あの夜の私を、褒めちぎって抱きしめてあげたい。

30歳から、学び直した

30歳で、娘を産みました。
育休中、夜中2時の授乳をしながら、スマホで「発達心理」「愛着形成」と検索する日々が始まりました。

愛着のことを調べていた、ある夜。
ふと、手が止まりました。

これ、私が20代の恋愛で悩んでいたことと、つながっている。

20代前半、彼の元カノのSNSを毎日確かめずにいられなかった、あの止まらなさ。
やめようと思ってもやめられなくて、「私、性格が悪くなったのかな」と思っていた、あの日々。

あの不安には、心理学の中に、ちゃんと説明がありました。
関係の中で出る、パターンのひとつでした。
名前がつくと、あのころの自分を、はじめて責めずに思い出せました。

そこから、愛着の理論や判断のクセ、伝え方、気持ちの整理の方法を、順に読んでいきました。
本を読むたびに、同じ言葉が浮かびました。

「あの時、これを知っていれば」

あの時これを知っていれば、自分の違和感にもっと早く名前をつけられた。
あの時これを知っていれば、嘘をつかずに別れられた。
あの時これを知っていれば、本当の理由を伝えられた。
あの時これを知っていれば、1ヶ月もお互いを削り合わずに済んだ。

私の決断は、正しかったと思っています。
でも私の別れ方は、知識があれば、もっと穏やかにできました。

決めることと、決めたあとの動き方は、別の仕事だったんです。

それを、いま夜中2時に検索しているあなたに、渡したいと思いました。

あなたへの手紙

私はあなたに、「別れなよ」とは言いません。
「続けなよ」とも言いません。
6年前、外野のそういった言葉に、いちばん苦しめられたのは私だからです。

ただ、これだけは言えます。

決定的な理由がなくても、考えていい。
あなたの違和感は、誰かに証明してみせる必要のないものです。
そして、考えた先でどちらを選んでも、自分で決めた答えなら、それがあなたの正解です。

決めるのは、あなたです。

もう夜中2時に、答えを自分の外に探さなくていい。
そんな夜に、あなたがたどり着けますように。
私が30歳から学び直した「決め方」と「動き方」は、その日のために、30日にまとめています。


「なぜ決められないのか」に名前をつける診断も書きました。
今夜のうちにできます。


続けるか、卒業するか。この恋の答えは、自分で出す。
 ――『別れる勇気の教科書』
  決められないまま続いた恋に、自分の答えを出す30日。

公開しています。

8/23(日)23:59までは、早割で読めます。

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(『別れる勇気の教科書』は、公認心理師が内容を確認しています)

夜中2時に、ふと思い出してくれたらうれしいです。

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かえで|恋の岐路を自分で決める心理学 ここに書いているのは、私が20代で何度も間違えたことと、そのあとで学んだことです。もし、少しでもあなたの助けになれたなら、応援いただけるとうれしいです。