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後編【第25節:H札幌戦】80年後の8月9日─彼の祈りのかたち

本記事は後編です。前編をまだお読みでない方は、ぜひ前編からお読みください。

■勝たなければ、しかし─

この試合、何がなんでも勝ちたい。
8月9日という日、彼の覚悟、そしてJ1への道を切り開く為に。

ただ、札幌と長崎の試合の相性は、はっきり言って最悪だ。
1勝5分7敗で2015年以降勝利していない。
前半戦も後半アディショナルタイムに札幌に同点弾を決められ、勝ち点2がこぼれ落ちた。

でも、今日はそれを乗り越えられると私は信じていた。

前半キックオフ。

ボールを持たされている感じもあるが、それでも長崎がかなり優勢に見える。
ほとんど札幌にチャンスを作らせていない。
選手達も今日という特別な日、そして、名倉選手に勝利を届けたい、その一心でプレーをしている事がよく分かる。

立て続けにチャンスがあった。
前半5分、エジガル選手がボレーを打つ。
前半7分は翁長選手のクロスを米田選手が合わせに行ったが惜しくもすり抜けた。

守備でもいい対応を見せる。

前半11分、札幌のバカヨコ選手が長崎のニアポケットからゴール前にボールを入れようとする。
すかさずエドゥアルド選手がスライディングし、ナイスブロックを見せた。
しかもその後、すぐに立ち上がってボールを蹴り出し、コーナーではなく、スローインにした。
サポーターは一連のプレーで盛り上がった。

前半16分には山口選手が予測的な守備で相手のボールをカットする。
そこから、札幌のゴール前に行きチャンスにはなったが、ネットは揺らせなかった。
もはや当たり前すぎてわざわざ言及していなかったのだが、山口選手はこの試合に限らず、ずっとポジショニングがいい。
やはり、日本代表レベルの選手になると、こうも危機管理能力が違うのかと毎回舌を巻いている。

長崎が危なげなく試合を進めていたのだが、その時は突然やってきた。

前半18分、札幌のカウンターが発動した。
一度、シュートを防いだのだが、そのボールは札幌の高嶺選手の前にいった。
マズい、と思った瞬間にミドルシュートを決められ、失点した。

私はこの失点で、おそらく、この試合で彼のプレーを見る事はないだろうなと思った。
ビハインドの場面でCBに交代枠を割くとは思えない。
点を取りに行く為の交代をするはずだ。

その後は札幌が勢いづいたのか、拮抗した試合が続く。

前半19分、CBである江川選手がシュートを放つ。

前半22分には澤田選手が飛び出したが、宮選手に対応された。

前半26分、札幌のGKの高木選手の素晴らしいフィードがバカヨコ選手に繋がり、あわやカウンターかと思われたが、江川選手がボールを下げさせた。

前半32分にはフリーキックを獲得した。
マテウス選手が蹴ったが壁に跳ね返った。

スコアが動かないまま前半43分になった時、江川選手が胸の辺りを押さえて倒れているのが見えた。
担架がピッチに入り私は心配した。

状態が良くないのか彼が呼ばれた。
私の目の前を通って彼は監督がいるセンターラインの付近まで行く。
その見慣れない彼の姿を見ながら、私は直感的に思った。

──ここで交代枠を使うのはマズい。

もちろん、江川選手の状態が最優先だ。
無理はできない。
その為に交代枠がある事は重々承知している。

ただ、私は先週の仙台戦を経て知っていた。
この試合、江川選手はアクシデントで前半で交代となり、代わりに彼が出場した。
ただ、想定外の交代だったため、本来入れたかったはずの攻撃の選手を入れられず、結果、0-0で引き分けとなった。

今回はビハインドだ。
ここで彼に交代枠を使ってしまうと仙台戦の二の舞になるのでは─。

ただ、私の心配とは裏腹に、しばらくして江川選手は立ち上がった。
良かった、プレーできそうだ。
江川選手が無事だった事に私は安堵した。

前半はスコアが変わらないまま、ハーフタイムに突入した。

■14に捧げるゴール

ハーフタイム、インパクトメンバーである彼はピッチでの練習に参加する。
やっぱりまだ見慣れない彼の姿に、また、涙腺が緩んだ。
今日は彼の姿を見るたびに感情が揺さぶられてしまう。
いつもと違う、特別な祈りの日という事も関係しているかも知れない。

後半開始早々に高木監督は動いた。

米田選手に変えて笠柳選手を投入した。
完全に点を取りに行く交代だ。

前半は、米田選手が右WBで翁長選手が左WBだったが、この交代で翁長選手が右WBに入り、笠柳選手が左WBに入った。
これはマテウス選手が右IHにいる事が関係しているだろうなと私は考えた。
マテウス選手も笠柳選手も攻撃に特徴がある選手だ。
この2人を同じ右側に並べてしまうと守備のバランスが崩れてしまう為、翁長選手をマテウス選手側に配置したのだろうと推測した。

この時間から、フレッシュなドリブラーが入ってくるのは札幌にとっては嫌だろう。

ただ、札幌には他のチームにはない特徴がある。
長崎と同じように札幌も選手層が厚い。
インパクトメンバーにもスタメンと遜色ない選手がいる。
いつもの選手層の厚さで後半の巻き返しを図るのは不利な相手だ。
私は札幌ベンチの外国籍選手のキングロード選手とマリオ選手がいつ出てくるかが気がかりだった。

後半開始早々、笠柳選手がシュートを打った。
ただ、そのボールは跳ね返され、一転して札幌のカウンターになる。
バカヨコ選手が飛び出していたが、エドゥアルド選手がボールをカットして防いだ。

私は、この攻防が今日の試合の縮図だなと思った。

後半13分、札幌が選手を交代した。
ゴールを決めた高嶺選手が足を痛めてしまったようだ。
私は札幌サポーターのYouTubeを少しだけ見ていたので、何となく札幌の選手を知っている。
この高嶺選手は、長崎で言うならば山口選手みたいなチームのキーマンだ。
彼がアクシデントでピッチから去るのはかなり影響があるだろうなと思った。
このタイミングで札幌は高嶺選手を含めた3人を交代した。
ちなみに、私が気にしていた外国籍選手は入らなかった。
ハーフタイムで札幌も選手を交代していたので、あと30分を残して交代枠は一人となった。
当たり前だが私は長崎の気候を知っている。
熱中症のリスクを考えたら、相手チームながらこの交代は大丈夫なのか心配になった。

長崎も同じタイミングで、フアンマ選手と山崎選手を投入した。

ジリジリしながら応援していた後半22分、ついにその時がきた。
札幌のスローインを松本選手が先に触る。
それが笠柳選手、山崎選手、フアンマ選手とダイレクトでパスが繋がる。
それが、また笠柳選手に繋がった。
私の目の前で笠柳選手がドリブルで仕掛ける。
反射的に「翼!」と名前を呼んで応援する。
真ん中に上げたクロスがマテウス選手の目の前に落ち、見事なボレーシュートがゴールに突き刺さった。

高木監督の点を取りに行く交代策が的中した。

私は周りの人とハイタッチをして喜びを分かち合った。
後からSNSの投稿を見たら、マテウス選手はこの時、エアギターのゴールパフォーマンスをしていたようだ。
これは名倉選手のゴールパフォーマンスだ。

これでゲームは振り出しだ。
長崎サポーターの声がより一層力強さを増した。

後半25分、札幌のGKの高木選手が座り込んでいた。
決定的な事は分からないが、どこか具合が悪い部分があるのかも知れない。
そのまま、交代となった。
これで、札幌は交代枠を使い切った。
アクシデントによる交代で札幌は攻撃的な選手を入れられなかったのは明らかだ。
先週の長崎とは逆パターンだ。
これがどう試合に影響が出るかな、と私は思った。

後半31分、フアンマ選手が交代した札幌のGK児玉選手に猛チャージを仕掛ける。
それがきっかけで長崎がコーナーキックを獲得した。
そのタイミングで長崎が選手交代を行う。
入るのは中村選手だ。

──やっとこの日を迎えた。

中村選手は怪我で2025年シーズンは開幕から出場していなかった。
去年、怪我をしてしまい、一度は復帰したのだが、状態が良くならず、ずっと療養していた。

長崎サポーターからは私も含め万感の拍手が送られる。

そのまま、中村選手がコーナーキックを蹴る。
新井選手がヘディングし、それがゴール近くの山﨑選手にボールが渡るが、わずかにボールは外れネットの横に転がった。

中村選手はいきなりのコーナーキックだったが、得点の匂いがする精度の高いキックだった。
彼がピッチに戻ってきたことを実感して、私は嬉しくなった。

後半34分、気になるシーンがあった。
翁長選手がゴール前にクロスを上げたのだが、中に誰もいなかった。
何回かこのシーンを見ている。
翁長選手は移籍してきたばかりだ。
きっとこれから連携が良くなれば得点に繋がるだろう。
長崎の伸び代だと、ポジティブに考えることにした。

スコアが変わらずに時間は進む。
後半も40分になった頃だったと思うが、彼が呼ばれたのか、私の前を通って監督の元へ向かった。
これは、彼がピッチに登場する合図だ。

この時、長崎は札幌陣地でスローインを獲得した。
投げるのは翁長選手だ。
私の目の前に立った。
そして、ロングスローを投げる為に下がってきた。
私の視界は翁長選手の背番号の50で埋め尽くされた。
気が散るといけないので、いつも歌っているチャントはこの時ばかりは封印し、心の中で頑張れと後押しした。

ボールはゴール前まで真っ直ぐな軌道を描いて飛んでいく。
あまりの臨場感に、私が投げたのではと錯覚する程だ。
ただ、そのボールは最終的に札幌の選手にクリアされた。

その2分後、プレーが止まった時に彼の交代が発表された。
長崎の交代枠もこれが最後だ。
彼は新井選手と交代し、そのまま右CBに入った。
右側はどうしてもマテウス選手の守備のカバーで体力を使う。
おそらく体力的な面での交代かなと思った。

後半44分に明確なピンチがあった。
札幌の選手が押し寄せ、バカヨコ選手がシュートを放った。
彼がその前に手を挙げていたが、おそらくオフサイドは取れなかったのだろう。
そのシュートはバーに当たって事なきを得たが、心臓が止まりそうになった。
この時間帯の失点は絶望的だ。
首の皮一枚繋がった事に安堵した。

後半アディショナルタイムに突入する。
怪我などで交代した事もあり、長めの8分という時間が表示された。

まだ得点のチャンスは両チームにある。

オープンな展開になり、一進一退の攻防が続く。

アディショナルタイム1分、札幌の家泉選手がゴール前に抜け出してきた。
それをGKの後藤選手が飛び出してクリアする。
いい判断だ。

2分には長崎のゴール前で彼がボールに足を当て、その後、中村選手が懸命にクリアする。

もう、時間がない。
刻一刻と終了の時間が近づく。

終了間際のアディショナルタイム6分、長崎陣地で回していた札幌のパスを笠柳選手が足を出してカットした。
これはたまたまだったが、足に当たったボールが札幌側に向かっていく。
そこに猛然とマテウス選手が走り込んだ。
とても90分フル出場しているとは思えないスプリントを発揮する。
そこに札幌の宮選手が対応するが、マテウス選手が振り切る。
この対応は後にファールなのではと物議を醸したが、審判はノーファールと判断した。
振り切った先にはもう札幌の選手はGKしかいない。
こうなったらマテウス選手の独壇場だ。
落ち着いて左側に流し込み、勝ち越しに成功した。
この時間の得点は決定的だ。
私も含め、長崎サポーターは狂喜乱舞した。
後からDAZNを見て判明した事だが、マテウス選手はゴールパフォーマンスで名倉選手の背番号の14を指で掲げており、その後ろから彼も同じように14を指で形作りながらマテウス選手を祝福していた。
──名倉選手に捧げたゴールである事は明らかだった。

中々試合がスタートしないなと思ったら、札幌の選手が先程のマテウス選手のプレーに抗議をしていた。
気持ちは分かる、ただ、VARがないJ2は一度下した審判の判断が覆る事はない。
そのまま、試合は続行された。

程なくして、札幌の宮選手がピッチに倒れているのが見えた。
太ももを抑えていて、立てないようだ。
ただ、もう、札幌は交代枠を使いきっている。
札幌は一人少ない状況で試合を進める事になった。

試合が再開する。
長崎ボールが札幌に渡り、また、取り返してクリアした所で試合終了のホイッスルがなった。

──逆転勝ちだ。しかも後半アディショナルタイムに。

札幌から、やっと2勝目を勝ち取った。
実に10年ぶりの勝利だ。

ピースタは歓喜に包まれた。
勝利の証のV-RORDが流れる。

正直なところ、引き分けも覚悟していた。
しかし、最後まで諦めなかった選手達に私は惜しみない拍手を送った。

■長崎のエース

勝利後のグリーティングが行われる。
山田選手が名倉選手の14の平和祈念ユニフォームを着ているのがヴィジョンに映し出された。
先週は、彼がそのユニフォームを持ってグリーティングをしていた。
先週は勝利できなかったが、今日は勝利を仲間に捧げる事ができた。
選手たちはみんな笑顔だ。

ゴール前にきたら、勝利の儀式、カンターレだ。
この日は移籍してきたばかりの翁長選手が挨拶した。
カンターレを歌いサポーターと選手たちは勝利を分かち合った。

その後、選手達が私がいるメインの方に回ってくる。
私が声を掛ける前に、ちょうど、彼が私の席の目の前の位置になった。
少し遠かったが私のタオルが見えたのか、手を上げた。
見慣れぬ彼の姿で彼と目が合ったのはこれが初めてだ。
私は改めて彼の覚悟を感じた。

私の前を通り過ぎてメイン側に挨拶をする時に、冗談ぽく新井選手がタオルで彼と山田選手の頭を拭いた。
私はその姿を微笑ましい気持ちで見ていた。
これも勝利したから見られる光景だ。

グリーティングが終わったら、今日の試合のMOMであるマテウス選手のインタビューだ。

彼はこう答えた。

2ゴールを決めて本当に嬉しいけれども、名倉選手が今、非常に厳しい状況にありますので、僕は苦しい時もあるんですけれども、彼に比べたら全然苦しくないと思いますし、とにかく頑張っている姿を見せて彼にポジティブなパワーを送りたいと思います。
長崎県民にとって大切な日で、去年は1ゴールを決めて勝てなかったが、今日は2ゴールを決めて勝つ事ができたので、みなさんと一緒に喜ぶことができて嬉しく思っていますし、世界が平和になればいいと思っているし、皆さんの事が大好きです。

長崎公式YouTubeより

「彼に比べたら全然苦しくない」
この言葉にマテウス選手の思いやりと優しさが込められている。

そして、マテウス選手のインタビューが今日という日の"全て"だなと私は思った。

その後、サプライズがあった。
この試合の前日にサントスFCから移籍してくる事が発表されたピトゥカ選手が、サポーターに向けて挨拶をしてくれたのだ。
彼はこのピースタでプレーをするのが楽しみだと言ってくれた。

ちなみに、サントスFCの名前を聞くと大半の長崎サポーターは不快な気持ちになる。
前々監督の顛末は私が言わなくとも長崎のサポーターなら良く知っている。
ピトゥカ選手も給料が未払いだったがそれを放棄して長崎に来ていた。
その事を思うと少し平和祈念マッチに相応しくない気持ちになったが、長崎に来てくれたからには一生懸命応援しよう、と気持ちを切り替えた。

選手達がピッチから去る時、私はここにいる彼らと、ここにはいない名倉選手と、80年前の8月9日の長崎に、感謝と祈りを込めて拍手を送った。

■喜びを分かち合う

選手たちがピッチを去った後、私はグッズが売っているフラッグショップへ急いだ。
勝利の時にしか販売されないキーホルダーの新しいバージョンが出たためだ。
ランダムグッズなので、彼のキーホルダーが手に入れられるかは分からない。
しかし、買わなかったら可能性は0%だ。

とりあえず15個購入して、メイン側の机で確認する。

──彼のキーホルダーは無かった。

仕方ない。

とりあえず、徳を積む為に、知り合いのサポーターさんにSNSで声をかけて、私が買ったグッズをその選手のファンの人に譲る事にした。

そんな事をしていたら、彼のそのグッズを手に入れた人が声をかけてくれて、私は無事に手に入れる事が出来た。

早速、徳を積んだ効果がでた事に私は素直に喜んだ。

偶発的ではあるが、グッズ交換の為に集まったサポーターさんと、今日の試合の喜びを分かち合った。
私も含め、次のアウェイ鳥栖戦もみんな応援に行くと言っていた。

サポーターさん達と別れた後に私はいつものルーティンをしようと思った。
その為には、彼のてりたまバーガーが必要なのだが、いつもよりも遅い時間になってしまったため、営業時間を過ぎていた。

まあ、試合前に食べられたからいいか。

気を取り直して、ポータブル神棚を机に展開する。
いつものてりたまバーガーではなく、今日手に入れた彼の新しいグッズを神棚に捧げる。
これは私とサポーターさんとの友情の証だ。

私は彼のグッズを見ながら、今日の彼の姿を思い出していた。
友の為に彼は自分の髪を捧げた。
その姿は私にとって思いやりと覚悟の象徴になった。

──おそらく、これが彼の祈りのかたちだ。

今日の試合で、私の中ではより一層、彼は特別な選手になった。
今後、彼が長崎から去ってしまったら、彼以上に応援できる選手が現れるのかなと、いらぬ心配をしてしまった。

私は、神棚に8月9日に勝利を掴んだ事を感謝し、彼と同様に名倉選手がピッチに戻ってくることを願った。
彼を含めた長崎の全員で共に名倉選手を待ち続ける。

──これが私の祈りのかたちだ。

私はピッチを見る。
もう、そのピッチには誰もいなかった。
しかし、私は確かに80年前の気配を感じた。

──サッカーを見られる平和がずっと続きますように。

そう願いながら、私はピーススタジアムを後にした。

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楓|青橙ノ記憶 「面白かった!」と思っていただけたら、チップで応援していただけると嬉しいです。 頂いたチップは、蛍さんの好物のヨーグルト代になります。 試合後にポータブル神棚にお供えしてから私のお腹の中へ。 今回も相変わらずの応援スタイルです。