イェッセ・ミュルダーさんとの思い出 その8
さてゴッホの話の続きだ。
これまでのゴッホの話はこちら
ゴッホの魅力は先ずヴィヴィットな色彩と他に例を見ない独特なタッチだと言えるだろう。そして彼の「絵」に心を鷲掴みにされた者は、すぐに彼の「人間」としての魅力に気が付く。
牧師を目指すもなれなかったという挫折(そういえば、僕もそんなことがあった気がする)。画家としての生涯で一枚しか絵が売れなかったという不遇さと、死後に急激に高まった彼への評価。無二の親友であるはずのゴーギャンとの共同生活の破綻と、その後の耳を切断すると言う狂気の行為。画家としての活動期間が僅か十年ほどだったにも拘らず、2,000点を超える膨大な作品群を残しており、なおかつ「傑作」と呼ばれるものは、その殆どが生涯最後の僅か二年の間で描かれたという凝縮した時間。この猛烈な創作活動をする兄の「将来性」を信じて画商として奔走したにも拘らず、殆ど成果の無いまま兄の死の半年後に生涯を終えた弟テオの献身。そして長閑な南仏の麦畑で、拳銃自殺を遂げるというドラマチックな最期。
こうやって書いていると、なんだか高校時代の美術の先生の、魂が乗り移って来た気がする(未だご存命かも知れないが)。しかし僕が僕の個性でゴッホの魅力を語るとするならば、それは矢張り「モチーフの多彩さ」ではないかと思う。
例えば「睡蓮」と聞いてモネを思い浮かべない人がいるだろうか。反対にモネの「睡蓮」以外の作品を、あなたは幾つ挙げられるだろうか。ドガならば踊り子、フランツ・マルクとシャガールは馬、ヤウレンスキーは顔。多くの近代画家は、自らの「代名詞」とも言えるモチーフを持っていて、尚且つひとつに限定されている。
それに対してゴッホと言えば先ず「ひまわり」だが、すぐに「自画像」が思い浮かぶ。更に「跳ね橋」や「糸杉」も典型的なゴッホのモチーフと言えるだろう。また少し変化球ではあるが、《オーヴェルの教会》も外せないと思うし、僕は、あの明るい色調で描かれたアルルの自室の絵が何故だか好きだ。そういった意味では
「風景」と言うよりも、限定された「空間」もゴッホのモチーフだと言えると思う(括弧の使い分けは、作品名で有るかモチーフ名であるかに
よる)。
さて僕は2000年に渡独してから、暫くはゴッホから離れていた。理由は単純で、キリスト教に夢中になっていた僕の興味は、主に中世に向いていたからだ。僕はドイツに留学して程なく「キリスト教芸術は古いものほどハズレが少ない」という法則性を発見した。そしてフランスの、特にロマネスクの小規模な教会が僕のお気に入りになっていた。また2001年にローマとフィレンツェを旅行したことで、僕の目はルネサンスとバロックにも開かれた。
そんな中、2002年に両親と行ったアムステルダムのゴッホ美術館は、久々の彼との「再会」に相当する。結論から言うと、僕は少し失望した。確かに世界最大のゴッホ作品のコレクションが有るのはゴッホ美術館ではあるが、そこにどれだけ「傑作」が含まれているかは別問題である。しかし、その直後に両親と行ったオルセーの「自画像」は圧巻だった。
それまで、僕にとっての「自画像」のお気に入りは耳に包帯をした赤い背景のものだった。しかしオルセーの自画像に比べると、随分と見劣りする気がする(背景色の処理とか煙の描き方とか)。

僕は、この年の旅行で「コレクションの豊富さは傑作の多さを意味しない」という美術界の常識を初めて知った。そう言われてみると確かにピカソの傑作はニューヨーク近代美術館とソフィア王妃芸術センターには有るが、ピカソ美術館には無い。レオナルドの傑作はルーヴルに、ラファエロの傑作はドレスデンのアルテマイスターに有る。こうして僕にとっての「旅行」というのは、ドラゴンボールの様に世界中に散らばった「傑作」を集めるためのアヴァンテュールになった。
さて僕の同僚でもあるデザイナーの高橋祐太さんは常々「絵の勉強をするならトップ中のトップの作品を10点だけ見ろ。それ以外は雑音でしかない」と言っている。確かに僕も2019年にテオドール・クルレンツィスの音楽を聴いた時は、この世の他の全ての音楽がガラクタに聞こえた。審美眼を鍛える為には、「正解」だけ見て自分の中に基準を作ることが最も手っ取り早い(そして自分にクリエイティブな能力を身に付ける場合は、この反対で「不正解」から出発して「正解」に向かう)。
さて以上の話は全て正しい前提で、それとは正反対のことをここから述べていこうと思う。2024年末、僕はひょんなことから美術史の講座をすることになった。そして、その講座の準備をしている中で僕が学んだことは「谷」へ下ることの楽しさだった。
最も広い視野で美術史を外観した場合、見えて来るのは世界最高峰の頂(いただき)ばかりだ。しかし、その美しさに魅了されて、そこから解像度上げていくと、次に見えて来るのはいわば二流、三流の作品ばかりだ。詰まり、これは高橋さんの理屈で言うところの「見るな」の領域に入って行くことなのだ。
丁度、山の裾野が広いほど頂上も高くなる様に、二流や三流の作品に触れて「谷」の深さを知ることで「頂」の高さを、より一層強く実感できる。そして、そもそもここで僕が「谷」と呼んでいる者は、悪魔でも「人類の最高峰」の視点から見たものであって、実際には僕らの様な凡人からすれば「雲の上の高み」なのだ。
そして美術史における時間的なスケールも、或る程度「谷」を知らなければ抽象的なものになる。例えば盛期ルネサンスの様に、世界的な傑作がボコボコと生み出された奇跡の様な時代というのは僅か二十年間程度に留まる。これは人間の一生と比較すると確かに長いが、人類の歴史の長さから見た場合には正に「一瞬」である。実際、その後の西洋美術史は、印象派まで、実に三百年もの長期に亘って「沈黙」することになる。ゴッホは言わば、そのキャリアの頂点で絶命したので、その悲劇的な側面ばかりが強調されるが、もし彼があと二十年長生きしていたら、晩年は「時代遅れ」になっていた可能性さえある。例えばルノワールなんかは最高傑作を描いてから、実に43年もの「余生」を過ごしている。だから画家のバイオグラフィーを書くなかで、その作品にばかりフォーカスしていると片手落ちになると言うことだ(その点、作曲家の生涯は、キャリアの最高傑作が最晩年にある、というのはわりと普通にある)。
もうお気づきだとは思うが、これは「縦軸」と「横軸」の話だ。美術について客観的に論じるならば、高橋さんの様な「厳しい」視点は欠かせない(縦軸)。しかし僕は、ゴッホが「好き」なのだ(横軸)。そして「好き」だからこそ僕は、美術史において二流や三流の作品を味わい、それらが生み出された「時間」の広がりを実感することが出来た。
前回、僕がかなりの紙面を割いて高校時代の美術教師の制作した「チキリを持つ乙女像」の話をしたのにも、こういった意図が有る。と言うのも誠に失礼ながら、この「乙女像」は世界の美術史上に残る様な作品では無い。しかし僕とゴッホを繋いだ恩師の存在、制作のモチーフとなった平池の悲しい伝説、機織りと関係した耳馴染みのない部品の名称や僕の祖母の法要の話をすることで、少なからぬ人がこの乙女像に興味を持ったと思う。いや何人かの人は「現地に行って見てみたい」とすら思ったかもしれない(実際、石川さんはすぐに動いてくれて、彼が色々と調べてくれた内容は実に興味深いので是非、読んで見て欲しい)。
これを僕は「アートツーリズム」
と勝手に呼んでいる。美術旅行というのは、僕が上に上げた「ドラゴンボール集め」の様に縦軸を基準にすることも出来るが、殆どの人は旅という「一期一会の出会い」を求めてするものである。その場合、目的地の美術作品が「世界最高峰」のものである(縦軸)かどうかは、最早どうでもよい。そういう客観的な評価ではなく、単に自分の人生が、そこに「惹きつけられる」か否かなのだ(横軸)。よく「女性は映画の内容は覚えていないが、誰と行ったかは良く覚えている」と言うが、そういう意味では男性は「縦軸の生き物」で、女性は「横軸の生き物」なのかも知れない。
念の為に言っておくとゴッホ美術館は確かに「傑作」は少ないが、それでも行く価値は有る。先ず美術館の建築が素晴らしくて、またミュージアムショップにもかなり力が入っている。そして作品で言うならば、僕が高校生の時に一番好きだった、あの最晩年の麦畑とカラスの風景がも、このゴッホ美術館に所蔵されている(事前に知らなければ、うっかり見過ごしてしまうくらいの小さい絵だ)。
ということで、ここからイェッセさんとの思い出話に合流する。
2010年、僕はイェッセさんにクレラー・ミュラー美術館に連れて行って貰った。この美術館はゴッホ美術館とは対照的に、言わば「傑作の宝庫」と言える。しかし公共交通でのアクセスにかなりの難が有り、日程上の都合から2002年の両親との旅行では泣く泣く諦めていた。しかし結論から言うと、こちらはゴッホ美術館とは全く別の流で満足のいく体験にはならなかった。と言うのも、このクレラー・ミュラー美術館は単に「絵画コレクション」だけが有る小ぢんまりとしたものではなく、広大な国立公園の中に有る。だから駐車場に車をとめると、移動用の自転車に乗って絵画まで確か数Km移動することになる。この日は風が強く、また体調も余り優れなかったので、この自転車移動でかなり頭の中がシェイクされた。
更に、この美術館には絵画作品に留まらず、彫刻作品の野外展示も豊富に有る(因みに箱根の彫刻の森美術館は、これをモデルにしている)
そして実業家クレラー・ミュラーの、広大な庭園や巨大な私邸もまた「展示物」に含まれるので、兎に角ゴッホのコレクションに辿り着くまでに、随分と苦労した記憶が有る。そして、ようやく「跳ね橋」のところまで来た時には疲労困憊していたし、この絵も表面のニスのせいなのか保護ガラスのせいなのか、随分と暗かった覚えがある(そもそも、この時点で僕はかなり目が悪くなっていた)。
そして僕のクレラー・ミュラー美術館での最大の失態は、一番好きな《夜のカフェテラス》を見ずに帰ったことだ。
これまで繰り返し述べて来た様に「最も価値の有る作品」と「最も好きな作品」は違う(詰まり縦軸と横軸だ)。ゴッホの場合は恐らく、前者はオルセーの自画像で、僕の場合は後者が間違いなく《夜のカフェテラス》なのだ。


この作品が僕を惹きつけるのは、その「空気感」だ。そこにはパリ万博直前の高揚する時代の空気と同時に、南仏のやや寂れた雰囲気が感じられる。暖かい光で包まれている様であり、また夜の暗さに陰鬱に沈んでいる様にも見える。丁度、村上春樹の小説が全てを無関心に低体温で淡々と日常を描いているにも拘らず、その「空気感」に言いようもなく魅了される様に。
そして、この「空気感」は僕の青春時代そのものだとも言える。内に何か熱いものを秘めていながらも、表面上は冷静さを装っている。誰かに過度に期待し、そして誰かに過度に失望する。言うまでもないことだが、今僕は既に「厨二病」を克服している。だから当時の自分の内面を描いていて、少しも恥ずかしくもなければ少しも誇らしくもない。
もし僕が画家なら、少なくとも当時の自分をモチーフにする限りは、かなり客観的な「自画像」が描けるのではないかと思う。そして、もし当時の僕が「自画像」を描いていたならば、それは顔から火が出るほどに「恥ずかしい」作品になっていたと思う。しかしだからこそ、それは無性に愛おしいのだ。これも、言わずと知れた「縦軸」と「横軸」の話。
と言うことで折角イェッセさんに連れて行ってもらったクレラー・ミュラー美術館だったが、一番好きな絵を見ずに帰ってしまった。マヌケとしか言いようがないが、これは良く有ることであるとも言える。実際、僕はスフォルツァ城博物館では《ロンダニーニのピエタ》を見つけられずに帰っているし、同じくミラノのブレラ美術館に行ったのに、ヴィンチェンツォ・フォッパを完全に見落としている。そしてアルハンブラ宮殿に行った時には、事前に予約することが出来なかったが為にライオンの中庭に入れなかった。
そう言えばクレラー・ミュラー美術館にはジャコメッティも幾つか有ったと思うが、これも全く見ずに帰ってしまった。
皆さまも美術館に行かれる際には是非、抜かりの無い事前準備を。
ゴッホ美術館
クレラー・ミュラー美術館
その9へつづく。。。
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過去の「イェッセ・ミュルダーさんとの思い出」はこちら(縦軸と横軸の話についていろいろ書いています)

