尽くして、削る。
わかりやすい文章とは?
これが、昨日新たに立てられた問いだ。
文章の質とは「読みやすさ」ではないかという仮説の下、読みやすさとわかりやすさについて考えた。
読みやすい文章は、文章のジャンルにあった文体で、短く書くことで実現できる。
それでは、わかりやすい文章とは?
わかりやすい文章。
言い換えると、わかってもらえる文章。
それは、具体的な事実に支えられた文章だ。
私はこれを、佐藤友美(さとゆみ)さん主催のライティングゼミで教わった。
たとえば。
昨日のコラムで出てきたこの一文。
私は、毎朝コラムを書いている。
書くネタを探すために、日常を注意深く観察するようになった。
おかげで、日常をより鮮やかに感じている。
何か言っているようでまるで中身のない文章。
これに、具体的な事実を加える。
私は、毎朝コラムを書いている。
書くネタを探すために、日常を注意深く観察するようになった。
たとえば、息子が「大人になったら恐竜になる!」という言葉からコラムを1本書いたり、「ワイナリーでしか買えないワイン」というキャッチコピーについてじっくり考えてみたり。
おかげで、日常をより鮮やかに感じている。
どうだろう。
実例を追加したことで、「あ、そんな些細なことを気にするようになったのね」と思わなかっただろうか。実例がある方が「日常を注意深く観察する」なんて抽象的な言葉よりも、よっぽどイメージが湧きやすい。
本当は「鮮やかに」の方ももっと具体的に書かなければ伝わらないのだが、ここでは割愛。
私たちはつい、便利で、わかった気になる文章を好んでしまう。
なぜなら、その方が、早く簡単にわかる気がするから。伝わる気がするから。
でも実際は、そんなものは全然わかったことにはならないのであって。
だって、抽象的な言葉には、それぞれ個人で抱くイメージが異なる。
本当にわかってもらうには、言葉を尽くして、具体的な事実を並べなければならない(それでも本当は伝わらない)。
具体的な話があって初めて、人は抽象的な言葉を浮かべるのである。書き手から読者に、抽象から抽象のバトンを渡してはいけない。
ところがどっこい。
私はずっと、読みやすい文章は短い文章だ、と書いてきた。
しかし、事実をより具体的に並べようとすると、当然文章は長くなる。
実は、わかりやすい文章と読みやすい文章は、相反する関係にあるのではないだろうか。
ひょっとしたらライターとは、わかりやすい文章(=言葉を尽くした文章)を、読みやすい文章(=短い文章)で書く、という無理ゲーな職業なのかもしれない。
ああ、だから、書くって、こんなに難しいんだ。
だから、こんなに楽しいんだ。
これからも、無理ゲーにどんどん挑んでいきたい。
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