【書評】読み終えたら、おばあちゃんに会いたくなった。(父の恋人、母の喉仏:堀香織)
「親を看取る」というのは、まだ経験のない方からすれば、想像できるような、したくないような、想像できないような、そんなものではないでしょうか。私はそう思っています。
今回、ご紹介する本は
『父の恋人、母の喉仏 40年前に別れたふたりを見送って』堀香織(光文社)
です。

この本どんな本?
文筆家/店主をである堀香織さん。
彼女の父と母、二人の恋人たち、二人の看取りをめぐるエッセイです。
堀さんは雑誌『SWITCH』で編集者を務め、現在はインタビュー記事やブックライティングで活躍されています。
さらに2022年に京都に移住、2024年6月から「日本酒サロン 粋」をオープンするなど店主としても活動されています。
本書は2025年3月に出版されて堀さんのエッセイ一作目となる作品です。
なぜこの本を読もうと思った?
私の記事ではもうおなじみ、ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんがきっかけです。SNSでも発信されていますが、さとゆみさん、堀さんが店主の「日本酒サロン 粋」で月に一度ママさんをされています。
私は、さとゆみさんに会いたいという下心丸出しでエッセイ講座を受講していた女です。お酒は全然飲めませんが、いつか「粋」にも行きたいと思いました。
そして、せっかく伺うのなら、店主の堀さんの文章を読んでみようと、この本を手に取ったのです。
本の感想
おばあちゃんに会いたくなった
堀さんのお父さんが生活していたとのことで、金沢の話がでてきます。エッセイという媒体でまさか彦三という字を目にする日がくるとは思わなかった。なんて読むかわかりますか?正解は「ひこそ」でした。観光地として有名な近江町市場やひがし茶屋町のそば、故人の伯母が昔住んでいた地域です。
個人的な話をします。
私の母は石川県の野々市出身。私が幼い頃はよく里帰りもした。祖母も、2024年の6月に亡くなったが、長いこと小松の老人ホームにいたのだ。いとこたちも金沢近辺に暮らしている。金沢周辺は、非常に親しみがある地域なのである。
祖母は母が小学5年生のころに旦那を、つまり私の祖父にあたる人を亡くした。子どもは母と上に2人の姉がいた。良く働く人だった。家は大きな農家だったので、人を雇って農業を営みながら、3人の娘を育て上げたのだ。大変だったことは想像に難くない。
口数は少ない人で、盆正月には多くの孫に囲まれながら、にこにこと過ごしていたのが印象的だった。印象的といえば、髪。80になっても黒い髪がふさふさしていた。後になって、あれは同居していた長女(私の伯母)にきれいに染めてもらっていたということを知った。
晩年は伯母2人に先立たれ、かなり気を落としてしまっていた。伯母とは同居していたため、それをきっかけに、老人ホームに入ることになる。染めてくれる人がいなくなり、祖母の髪は真っ白になった。毛量はふっさふさのままで、なんだか綿あめのようだった。ホームはいとこ(同居していた伯母の娘)が務める病院が経営していて、いとこが率先して祖母のお世話係をしてくれていた。そんな祖母に、娘として一人この世に残った私の母は、ことあるごとに奈良から京都駅に行き、特急サンダーバードを駆使して老人ホームまで会いに行っていた。
もういよいよ駄目かも、というタイミングが2,3度あったが、それでも、祖母は生きた。そして、100歳のお祝いと表彰をしてもらった翌日、亡くなったのだった。大往生である。
つらつらと私の祖母の話を書いてしまいました。金沢の話がでてくるから、という理由がゼロではありません。しかし、堀さんの文章が私にそうさせてくれたのです。堀さんの文章を読んで、私は、無性に祖母に会いたくなりました。
この本のテーマは、両親の看取りという、一見すると暗いものです。しかも、父と母は離婚していて、父の愛人や彼女もどしどし出てきちゃう。このあらすじだけ読むと昼ドラも真っ青の内容かと思ってしまいます。
しかし、決してそんなことはなく、笑いと愛に満ちた、カラッとした内容です。もちろん介護の苦悩も書かれているけれど、それでもそこには愛がある。必要以上に湿っぽくないのは、きっと堀さんの性格が文章に滲んでいるのでしょう。
堀さんの愛に触れて、私は、大好きだったおばあちゃんに会いたくなりました。でも、もう会えない。だから、思い出して書く。書くことで、記憶の中のおばあちゃんに会えた気がしました。きっと、堀さんも、書きながらお母さまやお父さまとお会いになっていたのではないでしょうか。
ぐっと引き込まれたプロローグと"ユキ姉ちゃん"
プロローグが本当に秀逸で、ぐっと引き込まれるので読んでほしいです。帯にも書かれているし、堀さんのnoteでも公開されているのでそのまま引用させて頂きます。
その光のさなか、上下は本棚として利用しているメタル製スティールラックの真ん中に、四十年以上も前に離婚した両親の仏壇と祭壇が隣り合わせで置いてある。
右が母の仏壇。もともと母本人から譲り受けていたもので、先祖代々の位牌や母の写真が並んでいる。左は父の祭壇。といっても小さな宗教画っぽい油絵の前に、喉仏の入った小さな骨壺と父の写真を飾っただけの簡素なものだ。
私は毎朝、双方にお水を供え、仏壇の蝋燭に火を灯し、二本の線香を焚く。そして、りんを鳴らし、「お母さん、おはよう。お父さん、おはよう。今日も仕事、頑張るね」とかなんとか言う。
人によっては、なかなかシュールな光景かもしれない。本人たちだって、死んだあとで娘の自宅のリビングに仲良く並ばされるとは、よもや思ってもいなかっただろう。
映像がはっきりとイメージできます。スティールラックの真ん中で本に囲まれ、並ぶ両親の写真。ぐっと引き込まれました。この文章には重力が働いている。
もう一つ、印象的なエピソードが"ユキ姉ちゃん"について。こちらはプロローグ直後の第一章。
ユキ姉ちゃんとは、堀さんのお父さまの愛人です(!)。堀さんのお母さまが堀さんの弟を連れて東京に行ってしまった後、のちに堀さんと妹さんを迎えにいらっしゃるのですが、それまでの間、お父さまと金沢で暮らしていらっしゃったそうです。
そのときに出会ったのが父の愛人のユキ姉ちゃん。どんな恨みつらみの話がでてくるのかと構えたのですが、まったくそんなことはなく。むしろ堀さんはユキ姉ちゃんが「大好きだった」とのことでした。お世話もたくさんしてもらった、と当時のエピソードが紹介されています。これがもう、本当に魅力的な文章なんです。子どもらしい無邪気な振る舞いや、ちょっぴり艶っぽさや切なさも感じる、いい文章。すべての文章がいい文章なのですけど、この部分は特に魅力を感じたのです。
つい先日、堀さんとさとゆみさんの対談記事がnoteに公開されました。記事によると、このユキ姉ちゃんのエピソードは本を出すタイミングで一気に書き下ろした、とのことです。堀さんはこの文章には"鮮度"があったと解釈しています。また、このエピソードを本の冒頭にもってくる構成を提案したのは担当編集さんとのこと。この話を聞いて、編集さんが優秀すぎる、とほれぼれとしました。
まとめ
ちなみに、さとゆみさんは堀さんのことをこのように表現されています。
堀さんは、べらぼうに文章がうまい。
是枝さんの本を書いているのが堀さんじゃなかったら、私はちょっぴり呪っていたかもしれないというくらい、うまい。
亡き父のコラム編集を託すならこの人しかいないと思ってお願いをしたくらい、本当に、私は堀さんの文章を尊敬している。
実際のこの本は人を引き込む魅力が満載でした。
私は、文章が上手だと言われる人の文章をたくさん読んで、もっと文章が上手になりたい。そう、思います。
アラフィフで、シングルで、フリーランスで、40年前に離婚した両親のどちらも看取った。最強の視座を持った堀さんが書いた渾身の一作です。
ぜひ、ご自身で堪能してみてください。
堀さんとさとゆみさんの対談はこちら。
本書のプロローグはこちら。
そのほかの書評はこちらから。
ポートフォリオはこちらです。
