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“書く”ことは、記憶の救済か、封印か。堀香織さん『父の恋人、母の喉仏 40年前に別れたふたりを見送って』

さとゆみが敬愛する書き手であり、友人でもある堀香織さんが、自伝的エッセイ『父の恋人、母の喉仏 40年前に別れたふたりを見送って』を上梓されました。堀さんは、雑誌『SWITCH』でアーティストや映画監督の取材・執筆・編集を多数手がけた後、フリーランスの編集・ライターとして長く活躍してきた方。是枝裕和監督や小山薫堂さんをはじめ、「堀さんじゃなきゃ」と指名を受ける書き手でもあります。
多くの人が認める文才がありながらも、これまでは黒子でい続けた堀さんの、ついに! ついに! の作家デビュー。「いつかは自分の名前で本を出したい」と話していた堀さんに、さとゆみが聞きました。
取材場所は堀さんが京都にオープンした「日本酒サロン 粋(すい)」。執筆を担当したのは、ライター仲間の神代裕子さんです。


SNSで書き続けていた日常が、出版につながった

さとゆみ:ついに、ついに自著が出ましたね!!

堀:ありがとうございます! 編集者・ライターになって31年……。やっとですよね。
実は、ターニングポイントになったのは、2021年の夏に誘ってもらった京都の執筆合宿で、さとゆみさんに言われた言葉だったんですよ。

さとゆみ:私が『書く仕事がしたい』を書くために京都の宿におこもりした時? 堀さんも一緒に書きませんかと誘った時ですよね。

堀:そうです。滞在最終日だったかな、ふたりで休憩のお茶をしたとき、さとゆみさんに「堀さんはどうして家族とか愛の話をFacebookみたいな無料媒体に書いちゃうの?」って言われて。
「私だったらSNSじゃなくて、媒体に企画を持ち込んで書くけどなあ」って。それまで自分の個人的な話を有料媒体で書くなんてこと、一度も考えたことがなかったので、本当に衝撃を受けたんですよね。

さとゆみ:あああ、それ、ずっと謝りたいと思ってたんです。あの時は生意気なこと言ってごめんなさい。

堀:いやいや、謝らないでください。実は『SWITCH』の編集長・新井敏記(としのり)さんからも10年ほど前に、同じようなことを注意されていたんですよ。「SNSで書き散らかさずに、一つひとつのエピソードを原稿用紙20枚くらいの短編にして、小説を書く訓練をしなさい」って。その時は「はーい」と返事しつつ、そのままSNSに書き散らかし続けていたんだけど(笑)。すでにコラムやエッセイの著者として活躍していたさとゆみさんからそう言われたとき、久しぶりに新井さんの言葉を思い出したんですよね。

さとゆみ:私はSNSに何かを書くときには「こういう話を書いたら編集者さんが企画にしてくれないかな」とか、「書籍の仕事がしたいから、このテーマで書こう」とか、仕事につなげられないか戦略的に考えるタイプなもので。だから、すっごく素敵なエピソードをどんどんSNSに、しかも友達限定公開で書いてしまう堀さんを見て「もったいなーい!」と思っていたんです。著者になりたいと思うならなおのこと……。

堀:さとゆみさんにそう言ってもらったおかげで、「何を書いていくのか、そろそろ真剣に考えないと」と思うようになりました。本当にありがたかったです。

ライターから文筆家へ。倦んでいた人生を動かした覚悟の名刺

さとゆみ:今回の本を出すきっかけになった朝日新聞での連載は、堀さんのまさにその「SNSの文章」を見た方から声がかかってスタートしたんですよね?

堀:そうなんです。Facebookの投稿を読んでいた朝日新聞社の記者から、「堀さん、アラフィフでシングルでフリーランスで、両親を看取ったんですよね。その話、うちの『それぞれの最終楽章』で書きませんか?」と声を掛けてもらって。そこで書いた母の看取りと父の見送りの話に、両親それぞれの恋と私の恋の話を絡めて大幅に加筆したのが、この本です。
でもあらためて振り返ると、昨年6月に「日本酒サロン粋」をオープンするまでの5年は、非常に倦(う)んでいた気がするんですよね。

さとゆみ:え? そうなんですか?

堀:少し乱暴な言い方かもしれませんが、ライターとして書く仕事に飽きていて。

さとゆみ:飽き、ですか。

堀:ライター業で生活費は稼げていたけれど、このキャリアだともう原稿を直されることもほぼないから、成長を感じられなくて……。漠然とした不安を抱えつつも、見ないふりをしていたというか。

さとゆみ:そうだったんですね。

堀:当時はビジネス系の媒体で社長取材をさせていただくことが多かったんですが、100人くらい取材したらもう、お腹いっぱいになってしまって。もちろん、社長さんたちの話がつまらないわけじゃないです。いつでも取材は楽しい。
でも、ビジネス系の記事は「危機をどう乗り越えたか」という、ある種の型で書けてしまう。そのことに自分が飽きてしまったのかなと思います。

さとゆみ:それで京都に移住して、「粋」を出された。そういえば堀さん、以前から「運気が悪いときは、家か仕事か男を変えろ」とよく言っていましたよね(笑)。

堀:そうそう! 「ついにこの言葉を自分のために使う時が来た!」と(笑)。

さとゆみ:私、今でも忘れられないんですけれど、堀さん、お店を出すタイミングで名刺の肩書きを「文筆家」にされましたよね。活版印刷の、上質な名刺に「店主・文筆家」と書かれていて。

堀:1枚122円もかけて。

さとゆみ:それは高い!(笑)。でも、あの名刺を見たときに、じーんときたんです。堀さん、覚悟を決めて、自分の文章を書くことにされたんだなと思って。

堀:名刺って、「なりたい肩書きで名刺を作ったら、それが第一歩になる」と言いますよね。だから、このお店を出すことが決まったタイミングで、「店主」と「文筆家」と入れた名刺を作ったんです。

さとゆみ:当時はまだ自著の話は出ていなかったから、その名刺が本当に最初の一歩になったんですね。

堀:先に決めた肩書きが、その場所に連れて行ってくれたのかもしれません。

さとゆみ:そう、先に決めた肩書きがその人を連れて行く。私は、目の前でその姿を見せてもらいました。そのことにも、私、個人的に感謝をしているんです。私もそうでありたいと思った。

沢木耕太郎さんの一言から考えた。文章の“鮮度”とは

さとゆみ:帯文は是枝監督が書いてくださっていますよね。羨ましい! どんな経緯でお願いされたんですか?

堀:最初から是枝さんに帯をお願いできたらいいなと思っていたんです。タイミング良く自著を出す経緯を話す機会があって、「読んでいただいて、もし内容が面白かったら、帯文を書いてもらえないでしょうか?」とお願いしたらOKしてくれて。それで、ゲラをお送りしたら、締め切りギリギリの夜中に「この話とこの話が特に面白かった」というメッセージと一緒に帯文を送ってくださったんです。LINEで(笑)。

さとゆみ:わ、いいなあ! ちなみに、是枝さんはどの話が面白いっておっしゃっていたんですか?

堀:第一章第一話の、父の恋人だったユキ姉ちゃんという女性とお風呂に入った記憶を書いた「髪を洗ってくれた女(ひと)」。それから、祖母と母の関係性を描いた「パッチワークのある風景」など、いくつか挙げてくださいましたね。

さとゆみ:ユキ姉ちゃんの話は、本当に印象的ですもんね。お父さんの恋人に幼い堀さんが髪の毛を洗ってもらう話で始まる構成にも驚きました。時系列ではなく、いろんな話が絡み合って、行きつ戻りつ進んでいく。なかなかない構成だと思います。

堀:ユキ姉ちゃんの話は元々中盤に入れていたんですけど、編集者さんが「とても印象的な話だから冒頭に入れましょう」と言ってくださって。それを元に構成を考え直しました。

さとゆみ:編集者さんのアイデアだったんですね。

堀:そうそう、ユキ姉ちゃんの話といえば、先日驚くことがあって。

さとゆみ:なになに?

堀:先日、知り合いの記者さんが「今日、沢木耕太郎さんに会いましたよ」と電話をくれたのですが、なんと沢木さん、私の本を読んでくださっていたんです!

さとゆみ:すごい!

堀:しかも、ユキ姉ちゃんの話と続く「シチューが流れて」を読み終えて、「このまま最後までいったら、傑作になるのではないか、と思った」と。

さとゆみ:おお!

堀:でも、それって「傑作にはなっていない」ってことなんですよね(笑)。

さとゆみ:なるほど……。もし本当に「傑作になっていない」のだとしたら、堀さんは、その理由は、どこにあるって思います? 

堀:うーん、そうだなあ……。鮮度かなあ。

さとゆみ:鮮度?

堀:ユキ姉ちゃんの話は、本を出すタイミングで一気に書き下ろしたから、強烈に瑞々しいのかなって。他の話は過去にSNSに書いたものもたくさんあって、もちろんすべて細かく手を入れているんですけど、若干“鮮度”が落ちるというか……。
沢木さんの話を聞いて「頭から全部書き下ろしていたら違ったのかな」とも思うけど、書いている時はそんなことわかってないし、実際にはできなかったと思いますが。

さとゆみ:少し話は変わりますが、書くことで記憶が失われることってありません?
私、常々「書くと減る」と思っているんです。書く前はビビッドだった記憶が、書くと「書いたように」しか思い出せなくなる。

堀:わかる! それをまさに実感したのが、ユキ姉ちゃんの話でした。エッセイを書き下ろすまでは、ユキ姉ちゃんとの思い出には生々しくアクセスできた。髪を洗ってもらった時の太腿と太腿の密着した感じとか、温かいシャワーをかけてもらってうっとりしていた感覚とか……。でも、書いたことで記憶がその形で定着してしまったのか、アクセスする場所がなくなってしまったというか。記憶としては残っているし、今も思い出せるけど、もうあの生々しい感じはなくて。

さとゆみ:その感じ、わかります。だから書くことは怖い。でも、書かないといつか忘れてしまう。いつもその葛藤の中にいるような気がしています。

堀:私、昔から、書くと、記憶に砂をかけて瞑(ねむ)らせるような感じがあるんです。だから、こうして本にして良かったと思う部分と、書いたことで少し寂しく感じている部分が、やっぱりありますね。

エッセイの可能性、エッセイの限界

さとゆみ:書いてよかったと思うのはどんな点ですか?

堀:本に載せるために過去の原稿やブログを読み直し、手を入れていった際、「ああ、今、両親のことを愛し直している」と感じたんです。一種のグリーフワーク(大切な人を亡くした人が悲しみを乗り越えるためのプロセスや作業)ですよね。

あと、書いていて発見することってあるじゃないですか。例えば、(父の恋人の)ユキ姉ちゃんの話で、「あのとき、私と佐知(妹)とユキ姉ちゃんは、『家族』だった」という一文がすらすらっと自分の中から出てきて、ああ、そうか! 私は彼女と“家族”だったんだ!と知ったり、「私はとても愛されていた。寂しくなかった。」という一文も出てきて、ユキ姉ちゃんに愛されていたことはしっかり自覚していたけど、寂しくもなかったんだとびっくりしたり。
書くという行為を通さなければ、あのときの自分の心情や感情を知覚できない面もあるなあと。

さとゆみ:書く行為って、自分の過去をもう一度生き直すような作業だと感じます。しかも堀さんって、自分のことだけではなく、人のこともよくよく観察して書かれていますよね。

堀:観察しているという気は自分にはないんですが、あ、これ覚えておきたいと思ったら、やっぱり五感を総動員しているんでしょうね。だからある時、その日起こった出来事がいきなり脳裏によみがえって、最初の一文がダーッと出てきてしまう。そうなるともう眠れないので、起き上がって頭に浮かんだ文章を追いかけて書くしかない。特に、家族の話の場合にはそうなるケースが多いです。

さとゆみ:ほんと、堀さんはナチュラルボーン・ライターだと思うんです。書かずにはいられない人。そして、そのことを、文章に書かれた家族や周囲の人たちも楽しんでいるところがすごいですよね。

堀:特に弟は、朝日新聞の連載をとても楽しみに読んでくれていましたね。母が亡くなったときに弟がピンク色のおもちゃの聴診器を持ってきて母の心音を聞こうとしたんです。私はパニクッたのかなと思っていたのですが、一周忌の前夜に尋ねてみたら「僕は男だから、お母さんの胸に直接、耳を付けられなかった」と言って。その話を書いたところ、「姉ちゃん、もっとかっこいいエピソードはないの?」と言っていました(笑)。でも、書くこと自体は基本的に全部OKしてくれています。

さとゆみ:本には、ご家族はもちろんのこと、堀さんの昔の恋人なども登場しますよね。センシティブな話も多かったと思いますが、元カレのみなさんにも掲載許可を取られたんですか?

堀:はい。みんな快諾してくれました。

さとゆみ:それって、堀さんの人柄ですよね。私もエッセイを書いて掲載許可を取る難しさを経験しているので、すごいと思いました。

堀:以前からSNSにバンバン書いていたので、みんな私のことを「そういう人」と思って諦めているんじゃないでしょうか(笑)。

さとゆみ:私はエッセイでは一番書きたいことが書きにくいなあと、エッセイの限界を感じていたんです。「ほんとうのことを書く」世界線の限界というか。だから、堀さんがその壁を軽々と乗り越えていったのが印象的で。

堀:私は逆に、フィクションを書く難しさを感じています。以前、さとゆみさんと小説を書く練習をしていたじゃないですか。

さとゆみ:「365日以内に小説家デビューする会」ですね(笑)。

堀:それぞれ小説を少しずつ書き進めて、毎週1回、進捗を話し合って。あれで「私には妄想癖がないな」「私は実際に体験したことしか書けないんだな」とわかりました。そういうのがわかるのも、実際に書いてこそですよね。

音タイプの書き手、映像タイプの書き手

堀:それでいうと、この本を書いていて改めて気がついたことがあったんです。「私、“音の人”だ」って。

さとゆみ:堀さんの文章は“音”ですよね。堀さん、絶対、音の人。

堀:私、自分のことは結構映像で覚えている人だと思っていたんですけど、ユキ姉ちゃんが喋ったこととか、全部セリフで覚えているんですよ。編集者さんとの打ち合わせの時、それを全部再現できた。以前さとゆみさんにも「堀さんはセリフで話す」と指摘されたことありますよね。

さとゆみ:そうそう。音タイプの人は昔の話をするときに、その話している人の声真似をして話すというか、再現しようとする人が多い気がします。例えば、「ユキ姉ちゃんに謝りたいことがあるって言われたんだよね」ではなくて、「ユキ姉ちゃんに『香織ちゃん、私、香織ちゃんに謝りたいことあるんだよね』と言われた」みたいに。

堀:そうなの! 指摘されるまで全然気が付かなかったんですけど、言われてみたら本当にそうだなと思って。

さとゆみ:堀さんはよく、一人会話劇をしています。だから、多分音タイプの書き手だなと思っていたんです。耳から入ってきたことをよく覚えているだけじゃなくて、音で気持ちのいい言葉に変えるんですよ。それを人に何度か話しているうちに、おそらく本当に言っていたセリフではなくなっているはず。

堀:それは絶対あると思う。

さとゆみ:音派の人は、音として気持ちの良いリズムに収まって、最適化された言葉が文章になって出てくるんだと私は思っています。堀さん文章書く時に、必ず音読しますもんね。

堀:音読しますね。この本も登場人物が多いんですけど、音読していると「あ、この話はあっちでも書いたな」「あの人ここでも出てきたな」というのがわかるから、どちらを整理するかといったことも考えやすかったですね。

さとゆみ:京都で執筆合宿した時、私は1階で、堀さんは2階で書いていたんだけど、時々歌声のようなものが聞こえてきて。堀さん、歌っているのかな? と思っていたら、音読している声だったんですよね。こんなふうに作られているから、堀さんの原稿って音楽みたいなんだなと思ったのを覚えています。

堀:嬉しい。さとゆみさんは映像派ですか?

さとゆみ:記憶の中の映像を脳内に流して、それを大急ぎで書き留めるような書き方をしています。だから、「そこ、もっとズームインして見たい!」と思っても、自分の視点がその瞬間にズームインしていなかったら、書けない。ああ、見えなかった。仕方ない。カメラに映ったものだけを書こう、みたいな感じです。

堀:私の場合、映像としてはっきりと記憶していたはずのシーンが、母親にあとから聞いたら全然違ったということがありました。

さとゆみ:本に書かれていたホワイトシチューの話ですか?

堀:そうそう。昔、母から「浮気している父に対して腹を立てて、作りかけていたシチューを流しに捨てた」という話を聞いていたのですが、後日確認したら、実際はカレーだった(笑)。でも、もう私の記憶ではシチューになっている。色とりどりの野菜の入った白いシチューをザーッと鍋ごと流しに流してしまう母の姿が、映像としてありありと残されてしまっている。これって、記憶の改竄だなと。記憶は自分のいいように塗り替えられて、いい話になる可能性もある。そんな記憶の危うさも、この本で伝えたかったことの一つです。

自著を媒介に、いろいろな人の記憶を共有する

堀:実は、今日すごく驚くことがあったんです。

さとゆみ:聞きたい。

堀:数日前に、他県に住んでいる友人から、本読んだよという報告をもらったんです。「わが家はまだ両親共に健在ですが、ピンクの聴診器は用意しておこうと思いました」とメッセージが届いて、「ぜひ!(笑)」って返事をしていた。そうしたら今日もメッセージが来て「一昨日、父がくも膜下出血で倒れて急逝しました。ピンクの聴診器を使う間もなかったよ」と……。一昨日って、私にメールをくれた翌日のことで。「本当に何が起こるかわからないから、人生は精いっぱい生きるしかないね……」としか返事ができなかったです。

さとゆみ:本って、人の記憶を媒介する役割がありますよね。誰かに話したくなるような。堀さんがこの本を書いていなければ、その方はきっとお父様が亡くなった話をしなかったかもしれない。堀さん、きっと、これからいろんな人のご両親の話を聞くことになるんでしょうね。

堀:朝日新聞で連載をしていた時も、1〜2回しか会ったことがない方からも、たくさん親御さんの話が届いたんです。その話の一つひとつが宝物のようで……。それらの話を聞けるのはすごく嬉しいし、託されたような気持ちでいます。

あと、その時に、「そうか、みんな言わないだけ、書かないだけなんだ」と気づいたんですよ。私はこういうあけすけな人間なので、みんなに言えるし、書けるから、その分、楽に生きられているのかなと。同時に「みんなも誰かに話したいんだな」とも思いました。この本やうちのお店が、そういう「話したい人たち」のひとつの受け皿になれたらいいなと思っています。

さとゆみ:すでにいろんな人にとって、堀さんはそういう人だと思うけれど、この本を出したことでもっとそうなっていくんでしょうね。

堀:店の裏テーマが「保健室」なので、みなさんがご自身の話をしに来てくれたら嬉しいですね。(了)

撮影/楠本 涼
文/神代 裕子

 【堀さんとさとゆみのトークイベント@青山ブックセンターさん】


8月19日(火)に、青山ブックセンターさんにて、「家族を書くことのミステリー」佐藤友美×堀香織 トークイベントが開催されます。インタビュアーはライター仲間の塚田智恵美さん。よろしければぜひいらしてくださいませ。

堀香織(ほり・かおる)
文筆家/店主。雑誌『SWITCH』の編集者を経てフリーランスに。歌手のCocco氏や映画監督の是枝裕和氏、放送作家で脚本家の小山薫堂氏などから、取材時に指名を受けるほど厚い信頼を得ている。『Foerbes JAPAN』「Yahoo! ニュース特集」ほか、各媒体でインタビュー記事を執筆中。ブックライティングでは、『映画を撮りながら考えたこと』(是枝裕和)、『妄想浪費』(小山薫堂)などを手掛ける。石川県金沢市生まれ、東京で育ち、7年の鎌倉住まいを経て、2022年より京都に移住。2024年6月、京都・仁王門通に「日本酒サロン 粋」をオープン。



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