見出し画像

泪橋~祝言(3)

 為氏と三千代姫の婚礼の儀が終わった後、図書亮は和田館の自分の住まいに戻った。そこには、夜も遅いというのに、りくが待っていた。いくら馬に乗ってやってくるとは言え、一里半の田舎道を帰すのかと考えると、やや心配でもある。
「一色様、お疲れ様でした」
 りくは、図書亮の心配を知ってか知らずか、婚礼の宴の席に侍っていた図書亮のために、簡単な夜食を用意してくれた。
 常識的に考えれば、祝いの席だからといって家来が過度に酒を嗜む真似は慎むべきである。だが、今宵はつい酒量が過ぎたかもしれない。あまりにも幸福そのものといった為氏公と三千代姫の様子を眺めていて、羨ましくもあったのだ。
 それにしても、あの華やかな婚礼の宴の後では、どうにも女が美しく見えて困る。
 自分には予てから箭部安房守の娘であるりくがつけられていたが、「妻」というよりは「世話係」として押し付けられたという印象がある。
「ありがとう」
 刀を刀棚にかけると、円座に座って胡坐をかいた。その前には、膳台が置かれ、茶碗に湯漬けが用意されている。
 箸を取って手を合わせ、ずずっと汁を啜った。どうやら、どこからか雑魚の焼干しを手に入れてきてくれたらしく、久しぶりに魚の香りを味わった。魚の汁は、今となっては懐かしい鎌倉での生活の記憶を呼び起こした。
「うん。いい味だ」
 図書亮の言葉に、りくは笑みを浮かべた。
「伯父も須田の皆様もお強いですから。結構飲まされたでしょう?」
 確かにりくの言うように、酒の後に湯漬けの優しい味わいは、胃の腑に染みた。
「御屋形様と、御台様のご様子はいかがでしたか?」
 りくの言葉に、図書亮は先程の様子を思い出してみた。
「ありゃあ、雛人形だな」
 図書亮の言葉に、りくがぱちくりと目を瞬いた。
「岩瀬の地では、節句を祝わないか?ほら、上巳じょうしの節句とか」
 りくは首を傾げたままだ。
「いえ、こちらでは特に……。鎌倉では祝うのですか?」
 どうやら、当地ではそのような風習は広まっていないようだった。どうやって説明したものか悩みつつも、鎌倉で聞こえ覚えた話をしてやる。 
 鎌倉というより、元は上方の風習らしい。人形を使って、五節句には人形に災厄を移し、穢れを払う。中でも三月三日の上巳の節句では、男と女の一対の天児あまがつ這子はいこを飾る。紙で藁を束ねるだけのこともあるが、少し丁寧にやるならば、竹で骨をつくり、それに頭をつけて衣裳を着けさせた物が天児かな。
 そんな図書亮の説明を、りくは興味深げに聞いていた。
「なるほど。子の健やかな成長を願うのですね」
「まあ、そんなところだ」
 子供の健やかな成長を願うのは、地方を問わないのだろう。りくは笑いながらも、図書亮の説明で納得してくれたようだった。
「で、御屋形様と御台様はそのお人形のようだった、と」
「夫婦になられたというよりは、まだ子供のままごとのようだがな」
 そう言いながらも、図書亮は我が身を振り返ってみた。御屋形様よりは八歳も年上だが、女と縁を結ぶ機会が少なかったという点においては、自分もさして変わりがない。もっとも、鎌倉にいるときに年上の藤之助に連れられて、遊び女に一通りの手ほどきは何度か受けていたが。
「でも、羨ましいです。本当に御心を通わせられたのならば、さぞ……」
 そう言うと、りくは目を伏せた。
 そういえば、りくは図書亮より三歳下の十八と聞いていた気がする。男女の事を経験したかは不明だが、箭部安房守は何を思ってこの娘を寄越したのだろう。本当に、単なる「世話係」としてなのだろうか。
 別の可能性に気づくと、図書亮の顔は火照ってきた。これは、酒の勢いなのだろうか。それとも……。
「……りく殿は、誰かと臥所を共にしたことは?」
 思わず、下世話な質問をしてしまった。が、口にした途端、後悔した。
「酷いことを仰るのね」
 案の定、りくにきつく睨まれた。
「何のために、私がここへ来ていると思っていらっしゃったの?」
 りくの言葉に、顔に血が上る。やはり、そういう事だったのか。
「伯父上に言われました。一色様は名家のご子息であるから、側女扱いになるかもしれない。それでも、当地との紐帯を結ばれようとなさるからには、できれば子を成してこの岩瀬の地に根を下ろして頂き、二階堂一門の弥栄に参じていただこうではないか、と」
 つまり安房守は、最初から姪を「妻にして良い」と公認の上で、図書亮の許へ送り込んでいたということ
 だ。
 それに気づくと、主を羨んでいた自分が馬鹿みたいだ。だが、肝心のりくの気持ちはどうなのだろう。
「……りく殿は、それで良いのか?他に好いた男などは……」
 あわあわと言い訳を重ねる図書亮に、りくは呆れた視線を寄越した。
「夫婦としての契りを交わしても良いと思っていなければ、私とてこのように、小まめに和田に通うわけがないでしょう」
 そう言うと、彼女はようやく自分が何を言ったのか気づいたらしい。
 つまり、「いつになったら自分を抱くのか」ということだ。だが、男女の情事にさして抵抗がないのか、再び目を伏せただけに留まった。
 箭部の総本家である安房守の館は、今泉にある。恐らくその安房守の意向を受けて、狸森木舟を拠点にしている下野守は、年頃であるりくをここに通わせているのだろう。一里半ほどの距離とはいえ、ほぼ毎日通ってきて世話を焼いてくれているのだから、実質的には既に妻のようなものである。だが、それを改めて口にするのは憚られた。
 どうにも、気まずい沈黙だけが流れる。
 黙って雑魚の出汁が利いた湯漬けを食べ終わると、図書亮は再び手を合わせた。その食器を小屋の片隅にある水屋にりくが運び、洗ってくれている。
 その間に図書亮は布団を敷くと、束の間、用意したばかりの寝床を眺めていた。
「それでは、また明日参ります」
 食器を片付け終わると、いつものように、りくは小屋を出ていこうとした。
「待ってくれ」
 彼女の袖を引くと、図書亮はりくの後ろから、やおらその体を抱きすくめた。
「今宵は祝いの晩だ。たとえ、ここに泊まっていったとしてもだ。安房守様も下野守様も、きっとお許し下さるだろう」
 図書亮の言葉に、りくが身を硬直させた。
「……図書亮さまは、よろしいのですか?」
 いつの間にか、りくの呼び名が図書亮の名前に変わっている。少しは、自分を恋い慕ってくれていたと考えて良いのだろうか。
「私とて、りく殿が嫌ならば、とっくにお世話をお断りしている」
 そう言う自分の声は、掠れていた。緊張のためか、酒のためか。だがそれに構わず、彼女の体の向きをくるりと自分の方へ向け、瞳を覗き込む。
 りくの瞳に、ようやく恥じらいの色が浮かんだ。伯父から内々に言いつけられていたとはいえ、どうやら、この様子ではまだ男女の経験がないようだった。
「今晩は、この和田に泊まっていかれよ」
 改めて、図書亮はりくに囁いた。それに答えるように、りくはこっくりと頷くと、図書亮の胸元に顔を埋めた。
 そのまま臥所へ誘うと、りくは震える手で、上に着ていた着物の帯を解き始める。図書亮の突然の申し出にも、どうやら覚悟を決めたらしい。
 図書亮も着ていたものを脱ぎ、小袖だけになる。そのまま二人で上掛けの下に潜り込むと、急に気恥ずかしさを感じた。
 ちらりと遠目に見た御台所と異なり、りくの体は既に大人の女だった。やわやわと図書亮の手のひらの下で、心地よくその形を変えていく。
 久しぶりに抱く女体の感触に、図書亮も本能を呼び覚まされる。そのまま二人で何度も睦み合った後、気がつくと寝入ってしまった。

©k.maru027.2023

>「祝言(4)」へ続く

<マガジン>
https://note.com/k_maru027/m/m70dd24c3a8fb

#小説
#歴史小説
#須賀川
#岩瀬地方
#二階堂氏
#泪橋
#私の作品紹介
#創作大賞2023

いいなと思ったら応援しよう!

k_maru027 これまで数々のサポートをいただきまして、誠にありがとうございます。 いただきましたサポートは、書籍購入及び地元での取材費に充てさせていただいております。 皆様のご厚情に感謝するとともに、さらに精進していく所存でございます。

この記事が参加している募集