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これからも歴史は繰り返すのか③

 本記事で、「これからも歴史は繰り返すのか」は最後です。

 ここまで社会意識に関する世論調査(令和7年10月調査)を見てきました。

 今回は、石川啄木が1910年に書いた『時代閉塞の現状』を見ていきます。
 当時の状況(石川啄木の評論)と現代の状況(世論調査の結果)の間には複数の類似点が存在します。


 なお、この『時代閉塞の現状』は、「大逆事件(幸徳事件)」(1910年)をきっかけに書かれたとされており、石川啄木自身はこの1910年の前後あたりから社会主義に傾いていたそうです。
 当時は新聞紙法(新聞紙条例)や出版法などによる言論統制が厳しく、社会主義もその対象だったようです。

 また、石川啄木自身については、(今回は言及していませんが、)以下のサイトで主に学ばせていただきました。


1 明治後期の閉塞感(第4章)

 明治43年(1910年)当時、日本は、法制度、官僚機構や近代的教育制度などの国家システムが一通り完成を迎えていたようです。それこそ明治維新直後のような「実力があれば誰でも成り上がれる流動的な時代」は終わり、一部の既得権益層によって社会が固定化されていたようです。

 今日我々の父兄は、だいたいにおいて一般学生の気風が着実になったといって喜んでいる。しかもその着実とはたんに今日の学生のすべてがその在学時代から奉職口(ほうしょくぐち)の心配をしなければならなくなったということではないか。そうしてそう着実になっているにかわらず、毎年何百という官私大学卒業生が、その半分は職を得かねて下宿屋にごろごろしているではないか。(中略)彼らはじつにその生涯の勤勉努力をもってしてもなおかつ三十円以上の月給を取ることが許されないのである。むろん彼らはそれに満足するはずがない。
 (中略)我々青年を囲繞(いぎょう)する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普(あまね)く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々(すみずみ)まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥(けっかん)の日一日明白になっていることによって知ることができる。戦争とか豊作とか饑饉(ききん)とか、すべてある偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態は何を語るか。財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦(ばいいんふ)との急激なる増加は何を語るか。

石川啄木『時代閉塞の現状』(1910)
(青空文庫、『日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集』(集英社、1972年))

 一つ目の類似点は、現役世代が直面する自立の難しさです。
 石川啄木は、社会が「学生の気風が着実(真面目)になった」と喜ぶ風潮の裏で、実際には学生たちが在学中から「奉職口(就職先)の心配」に追われ、卒業しても半分は職を得られず、仮に就職でき「生涯の勤勉努力」を重ねたとしても、そこそこの高給(「月給三十円」)以上の収入を得ることができないことを批判しています。
 これは、世論調査の結果において、「ゆとりがない」と感じる30歳代・40歳代の多さや、「若者が社会での自立を目指しにくい(27.1%)」となっていたことと類似するのではないでしょうか。

 二つ目の類似点は、生活基盤の成熟と経済的な見通しのなさの同居です。
 石川啄木は、現代社会組織はその隅々まで発達し、完成に近いとしながらも、一般経済界が偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない状態に陥っていることを指摘しています。
 これは、世論調査の結果において、現代の日本社会がインフラや治安などの生活基盤を十分に整備し、平穏を維持している一方で、社会への不満として「経済的なゆとりと見通しが持てない(63.2%)」が突出しているという二面性があったことと類似するのではないでしょうか。

 三つ目の類似点は、プレッシャーによる精神的余裕の喪失です。
 石川啄木は、「財産とともに道徳心をも失った」人々の増加にも言及し、生活の困窮が単に経済の問題に留まらず、人間の内面やモラルをも蝕んでいる実態を憂慮しています。
 これは、世論調査の結果において、暗いイメージの上位に「自分本位である(39.0%)」や「無責任の風潮がつよい(36.1%)」が挙がったことと類似するのではないでしょうか。


2 閉塞の打破(第5章)

 では、石川啄木は、こういった当時の状況に対してどのようにすべきだと考えていたのでしょうか。

 我々の理想はもはや「善」や「美」に対する空想であるわけはない。いっさいの空想を峻拒(しゅんきょ)して、そこに残るただ一つの真実――「必要」!これじつに我々が未来に向って求むべきいっさいである。我々は今最も厳密に、大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。

石川啄木『時代閉塞の現状』(1910)
(青空文庫、『日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集』(集英社、1972年))

 石川啄木は、あらゆる理想論(空想)を排除し、まさに「今日」を生きていくために直面している課題や仕組みの不足(「必要」)を探し求めることこそが、「明日(未来)」を切り拓く方法だと考えていたようです。

 世論調査の結果によると、現代の多くの人々は、「社会を良くしたい」という理想を抱きつつも、現実のゆとりのなさから実際の行動や社会参加には至っていないようでした。
 この膠着を破るために必要なのは、「もっとみんなの意識を高めよう!」といった理想論(空想)ではなく、冷静に「今日」を見つめるための機会が提供されることではないでしょうか。


3 結論

 このように、明治の状況(石川啄木の評論)と現代の状況(世論調査の結果)を踏まえると、私たち「人という存在そのもの」が劇的に変わることはなさそうです。
 おそらく、良くも悪くも歴史は繰り返すことでしょう。

 その一方で、これからも「人を評価する基準」は変わっていくはずです。

 今後、AIの発展などによりどのような評価基準に変わっていくのか不安になることがあるかもしれません。
 そのような状況に陥った時こそ、『各々の「必要」』を問うてみるのがいいのかもしれません。


4 おわりに

 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 本記事の内容は、以下の記事(1 問題提起)を補足したものです。
 本記事のような考えをもとに、実際のサービスを構想しています。

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