『絵本・白峰アカネの冒険(改)』 2.困った事態[再構成版]
このエピソードは、は、既に発表済みの『絵本・白峰アカネの冒険(改)』第2話を、キャラクターと世界観はそのままに再構成した新作です。
旧版は下記リンクからお読みいただけます。
このエピソードに先立つ第1話はこちらです:
ヤシマ国の人々を魔獣から守る務めを帯びた「魔祓い巫女」の白峰アカネと後輩のサチ。二人は、魔獣を封じ込める結界を巡視中に、結界の裂け目から出現した魔獣と出くわす。ところが、その魔獣は、まだ子どもで、岩の割れ目に足を取られて泣いているのだった。
「あのぅ、アカネ先輩」
サチが遠慮がちに声をかけてきた。いつもハキハキものを言うこの後輩にしては珍しい。
「え、なに?」
「これ、まだ子どもですよ。ちっちゃいし、岩にハマって泣いてます」
「そう、子どもで、泣いてるわね、痛いし、恐いんでしょう」
「この子はあんまり害がない魔獣って言うか……、ほとんど無害かなぁ......って思うんですよ」
アカネは視線をサチに向けた。顔にデカデカと「困ってます!」と書いてあるような気がした。

サチは子ども魔獣を封印することに抵抗があるらしい。うまく話をもっていけば、この子ども魔獣を封印せずにすむかもしれない。アカネが本心では望んでいる展開だ。
しかし、「うまく話をもっていけば」という発想が、心にひっかかった。
――私は、サチの優しさにつけこんで丸め込もうとしているのではないか?
対等な立場の巫女が相手ならまだしも、指導相手の後輩に対して、それはダメだ。
個人としての自分は、気にいらない掟には従わない。その責めは自分が負えばよい。しかし、サチの指導役としての自分がサチに掟を破らせることは、間違っている。
「さっちゃん、『巫女の郷』の掟を忘れたの? 結界を抜けて巫女ゾーンに現れた魔獣は、全て封印する。大人も、子どもも、関係ない」
サチがアカネの目を見て、うなずく。
「それに、ここで封印すれば封印ポイントがつくわよ。中級巫女への昇格試験に加算されて有利になる」
サチは少しの間、目を落として考えていたが、顔を上げて
「わかりました。やります」
と言った。力の抜けた口調なのが気になった。もしかしたら、サポートが必要になるかもしれない。
サチが子ども魔獣に正対した。子ども魔獣の顔に怯えの色が現われる。サチの身体がブルブルと震え始め、風を送る態勢に入る……ところが、サチはすぐにその態勢を解いてしまった。
アカネを振り返って、言う。
「先輩、ここでやらなきゃダメですか?」
「え?」
言っていることの意味がわからない。

「この状態で封印するのは、ひどすぎませんか? この子、痛がって泣いてます。今封印したら、半永久的に、このまま泣き続けです」
「さっちゃん、ちょっと待って。封印するということは、この子を周りの自然の中に埋め込むことなの。周りの岩と一緒になるの。今は魔獣と岩に分かれているから、岩に挟まれて痛いわよ。でも、岩と一緒になったら、自分が岩で、岩が自分。岩に挟まれることなんか、できないよね。だから、痛くもなんともないの」
「先輩、それ、確かめたことあります? 封印されたらどんな感じか、確かめたこと、あります?」
「あるわけないでしょ。だって、封印されたことないんだから。それに、仮に経験があったとしても、私は人間で、そっちは魔獣。わかりようがないわ」
「つまり、わかりませんよね」
「ええ、わからないわねぇ」
さすがに、ちょっと腹が立ってきた。声に怒りが出たと思う。
しかし、サチはひるまなかった。
「だったら、せめて、こんな風に泣いていない状態で封印してあげましょう」
と、たたみかけてくる
「一度助けられてから封印されるほうが、もっと辛いはずだぞ」
と言ってやりたかった。

しかし、四の五の言っていると、封印は止めようという結論になりそうな気がした。今は、ともかく、サチに気持よく封印してもらうことが先決だ。
「わかった、じゃ、さっさと岩の間から助け出して、もっとマシな場所に連れていこう。私が引っ張り出すから、さっちゃんは、二、三メートル離れたところから見ていて」
今は岩に挟まれて無力な子ども魔獣だが、自由の身になったら、どんな出方をしてくるかわからない。ここはサチには待機してもらう方がよい。
アカネは魔獣に近づいた。子ども魔獣は二足歩行タイプの魔獣のようだった。下半身を岩の間に挟まれ、上半身を岩の上にのぞかせている。
アカネは身体をかがめて子ども魔獣と目の高さを合わせ、
「今、助けてあげるね」
と優しく声をかけた。「偽善者」という言葉が頭をよぎったが、黙殺した。
魔獣は悲鳴をあげるのを止めて、アカネが近づくのをじっと見ている。
アカネは、子ども魔獣を恐がらせないように、魔獣の顔の下から両手を伸ばして、子ども魔獣の左右の前脚のつけねに両手をかけた。かけた手に十分な力を加えることができるよう、子ども魔獣との距離を調整する。
「じゃ、持ち上げるよ」
アカネはかがんだ腰を伸ばしながらゆっくりと子ども魔獣を持ち上げ始めた。

後ろ足の自由が利くようになった子ども魔獣が、後ろ足で岩を蹴った。ボロッという異音がして、子ども魔獣の目の前の岩が崩れ、いくつもの塊になって、子ども魔獣の後脚の上に落ちる。
子ども魔獣がキィーと、甲高い悲鳴を上げた。アカネの両腕にかかる重さが突然増して、手が子ども魔獣から離れそうになる。
――しまった!
子ども魔獣の周りの岩は、アカネが思っていたよりずっともろかったようだ。

まずは、崩れた岩の塊をどけないと、子ども魔獣を助け出すことはできない。その上で、次に持ち上げるときは、もっと慎重にゆっくりやらなければならない。
その時、背後でサチの声がした。
「先輩……アカネ先輩」
ひきつったような変な調子だった。
「どうしたの?」
と返事はするが、目の前の子ども魔獣が気になって、振り返りはしなかった。
「先輩、あれ、あれ」
サチが泣きだしそうな声になる。
「なに?」
半分腹を立てながら振り返ったアカネの目に飛び込んできたのは……


アカネに背を向け、棒を飲んだように立ち尽くしているサチと、その向こうにいる魔獣だった。
それは成体の魔獣で、しかも、アカネがこれまでに見たことがない大きさの魔獣だった。

「 うそでしょう」
アカネには、そのひとことしか思い浮かばなかった。
次回はこちら:
