ハラチガイノモトニ
感想をちゃんと書きます、と思ったのですが、風情のないことしか書けそうになくて挫折しました。

まず、なにより、木の子さんがぱちこの絵を気に入ってくださったのがうれしすぎます。
2年かけて書かれたお話に、ぱちこの絵を毎日使ってくださるって……いま、木の子さんがお話しされてるのを聞いてるんですが、ほんと、こめられた想いにじーんときてます。
と、言いつつ、すごい台無しなこと言っていいですか。これ、めっちゃみんな読んでんじゃん、みんなが、ぱちこの絵を見るんですね、げへへ🤤
ほらね、アホにしかなんない……。
あつやきたまごたべたい
とにかく厚焼きたまごが食べたくなりました。そう思って以来、まだ食べていません。
ぱちこはたまごが大好きで、主食がたまごと言っても過言ではありません。お弁当は、ピープとスクランブルエッグです。もちろん、ぱちこの手作りではありません。ぱちこは料理ができない設定なので。
でも、今期の飲み会の店はイタリアンレストランなので厚焼きたまごは出てこないと思います。仮に出てきたとしても、こんなにおいしい厚焼きたまごではないでしょう。
伊勢原
名前は知ってるけど、南の方にあるのも分かってるけど、今いちどこかはっきりしない、それが伊勢原。
しょうがないじゃん、ぱちこ小学生だったし。
ぱちこが住んでいたのは相模原。原違いです。北側から大山を眺めて育ちました。
あそこは、いつでも雨が降っているから、雨降山、あふり山って言うんだって教わりました。
全部うろ覚えだから今、地図を見てて、松山から阿蘇山より、相模原から富士山の方が近いことに気がついて愕然としました。そりゃあ、火山灰も堆積してるだろうよ。
神奈川は海沿いの地域ほど、観光地が多く、特に現代では相模湾のビーチにばかり目が行くかもしれません。このお話を読んだ、別の地域の方が、伊勢原ってどこだろう、大山ってどこだろう、と興味を持ってくれるとうれしいなと思いました。
木の子さんは、ほかの方の書くお話の方が面白いのではないか、とおっしゃっていましたが、わたしは、このお話は、木の子さんでなければ書けないと思います。世間一般でいう、おもしろいお話と、読んだ人がそれぞれ心に響くお話とは、また違うと思うのです。そして、賞を取るお話が必ずしも心に響くとも言えないと思うのです。
文章の賞は、賞を出す人の思惑もあります。こういう話を量産してくれる人をリクルートしたい、と思って、賞を作っているだろうからです。
真にすばらしいお話とは、読んだ一人ひとりにしか決められません。わたしにとっては、いろんな意味で特別なお話の一つになりました。
人はいずれ老いて死んでしまいます。大切なことを忘れてしまうこともあるでしょう。別に、老いなくても死ななくても、大切なものと別れなければならないことはあります。
本当は、それは当たり前のことです。悲しいことではありますが、自分自身が生きていく中で、どうしても他の人と全ての時間を共有し、足並みを揃えることはできないのです。
大人になるにつれて、お話の展開に冷めることも多くなりました。
ひとつはあまりにたくさんのお話を楽しみすぎて、先が読めるようになってしまったこと。もうひとつは、現実の厳しさを知ってしまい、ご都合主義な流れに辟易するようになったこと。
だから、たいてい、斜に構えて冷める準備をして読んでいるのです。
そんなわたしが、思わず泣けてしまったのは、ナオミさんは老いて記憶を失うこと、そして死という別れがあることを少しも否定しなかったからです。にもかかわらず、それを悲観しなかったし、きれいごとにもしなかった。
そこが、何よりこのお話のよいところだと感じました。
ナオミさんはヨッキに言います。
もっと本を読みなさい、そして繋ぎなさい、と。
楽しさや豊かさを繋ぎ広げることが、まるで責務であるかのように。
わたしは、「なんのはなしですか」に出会っていなかったら、今も毎日、占いを更新しながら、本当は他にもいろいろやりたいのになぁ、とやる気になれないことをいろんなもののせいにして、ぐだぐだ過ごしていたと思います。
今、生活の中に創作活動をめり込ませることができているのは、「なんのはなしですか」があるからです。回収してもらいたいという一心で(笑)毎回、記事を書きためて絵を描きためます。
これからわたしが、立派な森ばあさんになれたら、ここに、分岐点があったのよ、と、このお話をみんなに紹介して回ろうと思います。
ついしん
小学生のとき、小錦が大好きで、貴乃花の次に応援していました。
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