建築へのいざない 序
普段ぱちこは、あれこれと自分の好きなことをクチバシっているが、肝心の建築について、ほとんど触れていないことに気がついた。
そこで、思いついたのがこのタイトル。
メモにはひと月に一回更新、と書いてある。
で、何書くねん。
今週の回収の目標に入っているのだが、まだ何のプランも考えていない。要は、ぱちこが考える構造物の美しさみたいなことやなんかを、熱く語りたかったのだが、いったい、今がすでに金曜の朝九時なのにどうしたらいいのだろうか。
ということを悩みながら、電車を降りて歩いているうちに思いついた。
これ、これで書けばええやん。
建築についてなら、十冊分は書けるで。それが何万文字かはもう考えないことにする。
ということで、建築へのいざない 序 改 予告、とする。
計算の結果、ふたつきか、みつきはかかるだろうから、5月の春風と榎の会あたりを目標にしたい。
最前から、もう一つ憂えていたことに(最前て、昨日の今日やないの)いつもの延長線上に書いてしまうと、なんのはなしですか、に出すネタがさすがになくなってしまう。しかし、幸いにも、これまで建築について熱く語ってこなかった、ということは、それも杞憂で終わる。
すばらしい結論に至ったところで、とりあえず、ぱちこはなぜ建築が好きなのか、について、語るべきなのではないかと思う。ところが、なぜ、と聞かれてもわからない。
これは、なぜ、絵を描くのですか、よりも難しい質問で、なぜ建築が好きなのかは全くわからない。振り返って考えてみたのだが、物心ついたときには好きでした、としか言えない。
ぱちこが勝手に信じている前世でも、かなり古い記憶の段階から、構造物を描きつけていたことを考えるのに、これは魂に宿命付けられた何かなのかもしれない。それならば、もう、好きや嫌いでは説明がつかない。
もともとは、間取りを描いて、模型を作る、ようなことが好きだったのだが、前職で構造を組むにあたって、いよいよその熱は加速した。考えてもみてほしい。全ては机上で、頭の中で、柱と梁を組み立てたものが、現実に建ち上がる様を。
だが、別にそこが取り立てて好きなわけではない。そう、どこが好きなのですか、と聞かれても一言では答えられない。
だからこそ、十冊は書けそうなのだ。
語り尽くせぬ思いがある。そうなのだろう、これは予告編なのだから。
ちなみに、死ぬまでに一度は桂離宮をこの目で見てみたいと思っている。他にもあげればきりがないが、一番は桂離宮だ。内装や外観、構造のみならず、庭についてもぜひとも観察したい。
できればそして、かつてのぱちこがやっていたように、紙に描いて帰りたい。写真を撮るのではなく。

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、サポートをいただけるとうれしいです! いただいたサポートは、くもみさきまちの運営費に活用しています!