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空を見上げて 10

これまでのお話は
 居場所を失って友人の家に住むことになったエマ。本屋を営むタキの家で、朝から晩まで本を読んで過ごしていたが、体調を崩して声が出なくなってしまう。
 タキは心配するが、それを重く感じ始めてしまったエマは、数ヶ月ぶりに自ら外出する。あてもなく歩いた先には、ちいさな山小屋があった。
 少し休むはずのそこを、彼は毎日訪れるようになる。自分の心のうちと過去を行き来するうち、次第に時間の間隔も失われていく。
 一方で、タキはそんなエマを心配しつつ、どう接すればよいか悩んでいた。

九話

十一話



 なあ、そういえばさ、と先輩が声を潜めて切り出した。最前、店には誰もいないと自分で揶揄しておいて、だ。こういうことをするとき、人はろくなことを言わない。タキは目を細めて非常に嫌な顔をして、低い声で何、と答えてやった。

「俺、いや、俺が見たわけじゃないんだけどさ、」

 相手は思った以上に歯切れ悪く言った。言いたくないなら黙っていてくれればいいのに、と本気で思う。だから、頷きもしなかったし、相槌も打ってやらなかった。

「お前の友達さ、いるだろ、ここに住んでる子」

 そこまで言って、彼はまた言葉を切ってしまった。エマがどうした。何か文句でもあるのか。口には出していなかったはずなのに、先輩は怯んだ顔をして、もごもごと何か言い訳めいたことを発した。

「エマが何?」

「エマっていうの? その子さ、あのさ、山の家に行ってるって」

「……ああ、そうなの」

 タキは努めてなんでもないふりを装って返事をした。伝えた相手は、あからさまにほっとした顔をしている。なるほど、と彼は思った。だからお使いによこされたのか。自分では言いたくないから。
 これまでぼんやりしていたのが嘘のように、タキは冷静になって机の脇にある棚から、注文の本を取り出した。代金はすでにもらっている。野菜の入った袋以外は何も持っていなかった残念な先輩のために、紙袋を取り出す。きっと残念な先輩は傘も持っていないだろうから、本はビニル袋に入れてから、封をして紙袋に入れた。

「その、何か、力になれることがあったら……って俺らの力は必要ないか……ないかもしれないけど、ほら、何かあったら……」

「うん、うん、ありがとうって伝えといて」

「いや、違うよ、俺は別に」

「野菜。美味しくいただきますって」

 嫌味なくらいにっこりと営業スマイルを見せてやった。本の入った袋を押し付けながら、相手を追いやるように、一歩踏み出す。背後に置かれた袋の中で、野菜のどれかが転がって、ごろんと音がした。

 お使いの客が、まだもごもごと何か言い足しながら、それでもやっと店から出ていって、静かになった。耳がおかしくなりそうなくらいに静かになってしまった。
 ときどき、本は音を吸い取っているのじゃないかと思うことがある。自分の足音でさえ、呼吸でさえ、紙か活字が吸い取って音を無くしていくのではないかと。

 祖父も父も本をよく読んでいた。家には本が溢れているものだと思っていたし、世の中の誰もが当たり前に本を読むのだと思っていた。学校に行ってみたら、そうではないことが分かって、自分がずれていたことに気が付いた。
 どっちみち、自分は世の中とは大きくずれている家に住んでいるということに気が付いたのも同じ頃だから、人が本を読むか読まないかなんてことは、瑣末な問題ではある。
 よく読書家だと思われている。本屋だから仕方がないかもしれないが、タキ自身は別に本を読むのが好きなわけではなかった。
 タキは、というよりも、タキの家族は代々、おそらく会った事はない曽祖父も、そのもっと前の誰かも、あらゆる書物を読んだ。皆そこに、答えがあることを期待して読み始める。最終的に答えなんてどこにもないのだと気が付いたとしても、それでもまだ、希望を捨てられずに読む。
 知識は無駄に蓄積された。そうやって松井家の男は別の意味で特別な存在になるのかもしれない。それかもしくは、それが思惑なのかもしれない。しかし答えを求めすぎてしまったら、知ってはいけないことも知ることになってしまう。
 祖父はその線引きについて、息子の二の舞にならないようにとタキにしつこく言って聞かせていたが、それの効果があるのかどうかは分からない。結局、知ってはいけないことが、どこで何につながっているのか、祖父にだって分かっていない。何もかもを手繰り寄せた先に、何がやってくるのか、分かっていたら、父だって踏み込まなかっただろうに。でも、踏み込まざるを得ないのだ。そんなことは、誰だって分かっている。松井家の者は誰だって。

 山向こうの人々は、この町を忌避している。最近では、町をあげて観光事業に懸命で、遠くから観光に訪れる人が増えた。しかし、すぐ隣に住む人たちは山を越えてこようとしない。
 荒唐無稽に思える伝承は、意外と事実を含んでいることが多い。これは、タキが多くの書物を読む中で知ったことだった。この町に限らない。近現代における都市伝説にもそれが発祥するだけの理由がある。
 発端は個人の小さな勘違いや醜い偏見のこともある。しかし、それが単に「個人」の枠にとどまる限りは伝播しない。頭のおかしなやつか、残念なやつに思われるだけで、もしくは、他人に伝えることもなく本人の心の内に留まっていれば、伝承にはならない。
 「個人」の持つ印象が「集団」で共有されたとき、それらは一つの「話」となる。伝承の類に、曖昧な部分が多いのもそのせいだ。誰か一人が作り出した話なら、そこまで幅広くブレることはない。しかし、多くの人間が、場合によっては長い時間をかけて話に加わってそれぞれの印象を話に練り込んでしまうから、嘘か本当か分からない話に仕上がってしまう。

 この町にある、山向こうの人々が恐れるものも、残念ながらほとんどは本物だ。根も葉もない噂ではない。彼らがタキを異質とみなすのも、もし本当のことを知らないのだとしても、間違いではない。
 ずっと一つのところに暮らしていると、当たり前だと思っていることが、外へ出てみれば異端だということはよくあることだ。本を読むという行為だってそうなのだから。本を読むことがない文化の人間からすれば、それだって、怪異と感じられるかもしれない。
 だから、この町の人たちは怪異とは思っていない。人とは同じ見た目をしていて、ほんの少し違っている者が暮らしていても。下手をすれば、山向こうでも同じように暮らしていると思っているかもしれない。
 いや。実際にはどこにだって人とは少し違う者は普通に存在しているし、本人もそれと気が付いていない場合だってある。だから人間と交配していたりするし、それを言うのなら、自分だってそうだ。
 そうなってくると、人間とは何なのかよく分からなくなる。自分が正しく生物学上の人間かどうか、調べたことのある人なんているだろうか?

 そういうわけで、町に住んでいる人のほとんどは、いやむしろもう、ほとんど全員は、この町を変だとは思っていない。変なところがあるのは普通で、例えばその、山の家のようなものは、どこにだってあると思っているだろう。いや、そんなことすら考えたことがないのかもしれない。
 だから、全く恐れることはなく観光事業になど乗り出せる。それに、加担しているのは、否、積極的に首を突っ込んでいるのはタキ自身なのだが。
 薄めたいのかもしれない。伝承は人が介入すればするほど曖昧模糊となる。外から人が流入して、新しい風が吹いてしまえば、時代が変わってしまえば、松井家の存在なんて知らない人間が増えてしまえば。

 山の家は、あの山のどこかにあるらしい。
 どこどこにあるという話ではない。あの山の「どこか」にある。小さな山小屋で、管理しているのは町に住んでいる人間だ。文字通りの意味での人間。
 タキは間違っても管理者には選ばれないだろうから、役が回ってくることもない。管理者に選ばれるのは、山の向こうから来てここに住んでいる人間。観光案内所かどこかの、働き口の斡旋事業の中に入っているらしい。
 おかしな話だ。
 どこにあるのかも分からない山小屋の管理者を、町が斡旋しているなんて。でも、これだって、町の人たちは当たり前にやっている。理由は簡単だ。なぜなら、山の家がないと困るから。ただし、自分たちには場所も分からなければ、管理のしようもない。

 山の家は、道に迷った人のためにある。
 おそらく、本当にそうだったのだと思う。最初は。開いているのは夜。それでも山を越えたい人のために、灯りを渡していたのが始まりだと、そう解釈している。
 このあたりのことは、読み漁った文献の中にいくつか出てくる。ただし、灯りが渡されないケースや、渡された灯りが途中で消えてしまうケースについても言及される。そういう場合は、山に喰われてしまう。
 とはいえ、現代の灯りだって、途中で消えることはあっただろうし、その場合はあの山のことだ、道に迷えば命を落とすだろうから、おかしな話ではない。
 それを人を選んで供物にしていると読み替えれば、怪異に思えてくるだけだ。しかし、最終的に「山の家」は別の伝承になった。それがいつ頃のことなのか、タキは知らない。この件だけを調べていたわけではないからだ。

 「山の家」は、「道に迷った人」のためにある。
 迷わなければ、辿り着けない。迷っているから、現れる。人によって見え方は様々なようだ。おそらく、本人が安らげると感じるように見えるのだろう。
 あそこへ行った人が口を揃えて言うのは、ひどく疲れて、もう駄目だ、前へは進めないと思ったときにあの家が見えた、休ませてもらいたいと中へ入った、というものだ。それも元の意味での山の家としての機能を残している。


 午後になって、客が何人か店に来た。
 三人目の客が帰るときになって、午後になっていることに気がついた。野菜はいつの間にか背後の床から片付けられていて、もしかしたら自分は昼食にその野菜で何かを作ったのかしれなかったが、恐ろしいことに記憶がなかった。
 これではだめだ。
 手元には、開かれた本が一冊あったが、読んだ記憶もない。が、あたかも自分が読んだかのように、置いてある。そういえば、結局、中庭に水も撒いていない。思い出して、タキは立ち上がった。
 中庭に面して、空っぽのソファが置いてある。これまで何ヶ月も、ずっとエマが占領していたソファだ。たまに、彼はぼんやりと中庭を見ていた。最後に見たのは、ぐったりと横たわっているところだ。
 そのうち、熱を出すだろうなとは思っていたから、驚きはしなかった。具合が悪くても自分では気が付かないか、分かっていても絶対に自分から言わないことも知っていたから、そこも驚かなかった。

 この家に、呼ばなければよかったのだろうか。

 エマの事情を勝手に調べて知っても、だからといって、彼にどう接したものか分からなかった。タキにできるのは、せいぜい、騒々しくすることくらいだ。
 本人が言いもしないことを勝手に話題にするのは、憚られる。相手があのエマなら尚更。余計なことを聞いてしまったら、今以上にもっと心を閉ざしてしまいそうで怖かった。自分を拒絶するのなら、まだいい。壊してしまったらどうしようと思うと、何も聞けなかった。
 助けになりたい。エマをどうにか支えたいと思うのに、どうしたものか分からない。

 病院に行かせた日以来、明らかにエマはタキを避けるようになった。それを踏み込む勇気も、タキにはなかった。
 毎日、朝になると起きてきて、どこかへ出かけて行く。これは妙なことに、普段はずっと昼に起きていたのだが、きちんと朝に起きるようになった。日が落ちると帰ってきて、そしてまた、翌朝出かけていく。
 自分と一緒にいたくないのだろうと思っていた。この土地に不慣れなエマが行くあてがあるとも思えなかったが、聞くのも怖かった。

 最初から頭のどこかでは分かっていたのかも知れない。エマの行き先がどこなのか。

 どうして、自分ではないのだろう。そればかりが頭の中をめぐる。
 助けになりたかったのに、自分ではダメだったのか。

 祖父が死んで、家を継いだ。本当は祖父は継がせたくなかっただろうが、継がれてしまった。燃え残ったものがあることが、何よりの証拠だ。
 町に戻るなとも言われていたが、それにも抗えなかった。あれこれ抵抗してみたものの、結局、土地に新しい住み家を建てざるを得なかった。
 祖父が見たら怒るかもしれない。父ももしかしたら、怒るかもしれない。もう一度会えるのなら、怒られてもいい。でもどの代まで遡っても、全ての彼らが怒るよりも嘆息する気がする。自分もそうだからだ。

 エマにはまだ言っていない。

 だって彼は本当は、この家にも来たくなかったのかもしれない。自分のことだって、迷惑に思っているのかもしれない。特別に思っているのは自分だけで、何しろ、エマは何度連絡しても返事をしてくれないくらいだから、何年間も無視されていたくらいだから、今だって、単に実家にいるのが嫌だったから、逃げ道が示されたから飛びついただけに過ぎないのかもしれない。
 最初はそれでもいいと思っていた。

 でも。
 どうして自分ではなかったのか。なぜ、山の家に呼ばれてしまったのか。
 どうして、自分は山の家に彼が呼ばれるまで、手をこまねいていたのか。

 本屋を始めたのも家を建てたのも、エマのためなのに。




九話

十一話



#なんのはなしですか
#君と魔術と星空と
#空を見上げて




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