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【哲学note】東浩紀『訂正可能性の哲学』

「訂正」とは、出来事や事柄について後から「あのときはこうだったんだ」と意味を組み替えていくという、東が肯定的に見ている営みである。さて、どんな「訂正」があるだろう。「家族」から語り起こされる東の所論を見ていこう。(以下、自分の理解の枠に収めたまとめに過ぎないのでご注意ください。)

「訂正」~家族・社会

東浩紀の主張では、「家族」は、よく言われるような 「血縁によって閉じられた共同体」ではなく、もっと開かれた、流動的で訂正可能な関係である。排他的で変化を受け入れないように見えて、実際は訂正可能性を抱え、むしろそこに持続の可能性がある。

子どもたちが公園で遊ぶとき、最初からルールを持っているわけでなく、遊びながらルールを生み出し、訂正し続ける。家族もそれと同じで、固まった構造ではなく、関わりのなかで常に調整されていくものとして見ることができる。

「家族は狭い。だから人は社会を作る」という一般的な発想に対し、東は「社会は家族の延長」という見方をし、「家族は狭く、内向き」「社会は広く、外向き」という対立的な見方をとらない。

「社会」はゼロから作られた制度というよりは、人と人との信頼や感情の延長にある。家族のような小さな関係が「訂正」によって社会へと拡大していくという考え方だ。だから、家族は「内向きな単位」ではなく、社会と地続きの、開かれた空間でありうる。

プラトン、ヘーゲル、ポパーのような思想家たちは、家族を排他的で特殊な共同体、静的で安定した秩序と捉えた。

これに対し、ウィトゲンシュタインやクリプキの枠組みから見れば、規則の適用には常に解釈の余地があり、それはあらかじめ固定されたものではない。「家族や社会とはこうあるべき」といった規範も絶対的なものではなく、実際の関係や実践の中で絶えず再解釈され、訂正に開かれている。

東は、家族を、「閉鎖」と「解放」の中間物として捉える。たしかに家族は、ある特定の人間関係で一時的には「閉じる」。だがそれは永遠ではなく、関係や役割の変化、再解釈により常に更新に開かれている。家族ひいては社会は、「閉鎖」と「開放」の契機を含み、そこに連帯の芽がある。

国家や企業といった長く続く共同体は、固定された本質によって支えられているのではない。むしろ、「私たちはそうだったのだ」と遡行的に気づくことの積み重ね、つまり訂正と再定義の連続によって維持されている。家族もまた、閉鎖的な単位ではなく、訂正可能性に支えられる持続的共同体である。


東は、従来の保守主義は過度に閉じ、リベラリズムは過度に開いているとし、訂正されつづける保守主義を提唱している。理念を絶対視せず、それでもなお「守るべきもの」を語り直しながら持続させる態度だ。東はローティの「再帰的保守主義」を評価している。

「訂正」~一般意志

ルソーは「自然」を信じ、「社会」は妥協だと考えていた。ルソーが「一般意志」という理念を要請したのは、自然状態での善性を社会で再現するためだ。一般意志を自然に基づけるわけだから、ルソーにとって一般意志は常に正しい。「それに従うことは、自然に従うのと同じ」だった。

東はルソーの考えに、時間のズレを持ち込む。東にとって一般意志とは、「最初からあったもの」ではなく、「ある出来事を経て、私たちはこういう意志を持っていたのだ」と遡行的に認識されるもの、つまり、歴史の中で訂正され、語り直され続けるものだ。こうして東は一般意志さえも訂正可能なものとして捉える。

実際、たとえば昭和の日本では、家父長的な家族制度や男女役割の固定が当然とされていたが、令和の私たちから見ると、それは抑圧的だと「訂正」されている。

令和のいまの一般意志も、未来世代からは「抑圧だった」と扱われるものもきっとあるだろう。これは時代の渦中にいると気づかず、東の言うように、遡行的にはじめてわかることであろう。肉食を成立させている、動物への残酷な扱いが、やがて今以上に問題になるかもしれない。AI相手でも暴言は許されない、なんてことになるかもしれない。

おわりに

こうしてみると、東の「訂正可能性」は、家族から社会、一般意志に至るまでを一貫して捉え直すフレームワークになっている。固定的な本質に頼らず、後からの語り直しによって再定義するというこの考え方は、絶対的な正しさではなく、誤りを訂正できる社会への志向だと言えるだろう。

私は以前、東の議論を援用し、「『昔の自分はこうだったのに』という呪縛を『訂正する力』で乗り越える」という文を書いた。同じように、たとえば失敗の受け止め方の「訂正」など、彼の議論は生きるヒントとして拝借できる道もたくさんありそうだ。



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