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その「できます」ほんまにできますか?──自己肯定感と外国人材採用の話

面接で企業の担当者さんが聞きます。

「この作業ってできますか?」
すると候補者はわりと迷いなく答えます。

「はい、できます」または「たぶん大丈夫です」

このやり取りって外国人材の採用現場でよくあります。
実はここに採用後のすれ違いの種が入ってることがあるんです。

採用する側はその「できます」を聞いてこう受け取ります。

「ほなそれなりに経験があるんやろう」
「少なくとも教えたらすぐ回るレベルではあるやろう」
「ここまでハッキリ言うなら一定の再現性はあるはずや」

いざ入社してみると、
「あれ?思ってた感じと違うやん」
「言うてた内容とできる範囲がちょっとちゃうな」
みたいなことが起きる。

これって能力だけの話やないんです。
もっと手前にある自分をどう捉えているかの違いがかなり大きい。

自信と自己肯定感は違う

自己肯定感って言葉が一般的になりましたよね。

簡単に言えば「自分には価値がある」
今の自分にも意味があると思える感覚のこと。

自信とごっちゃにされがちですが、
自信は「できる」という能力への信頼。
自己肯定感は「できなくても自分に価値がある」という存在への信頼。

この違いはかなり大きいです。

仕事で注意を受けた時。
自己肯定感が低いと指摘された内容以上に、
「自分が否定された」
「自分はダメなんや」
と受け取りやすくなる。

自己肯定感がしっかりしている人は、
「今回はここがあかんかったな」
「次はこう直そう」と行動と自分の存在を切り分けやすい。

成長できる人って根性がある人やなくて、
自分の存在価値と失敗を混同しすぎへん人ですよね。

実際には文化背景、育ってきた環境、宗教観、家族との距離感、日本語理解、過去の成功体験、個人の性格。いろんなものが重なります。

あえてひとつ軸を置くなら僕は自己肯定感の出方を見るとその人の受け止め方や働き方の輪郭が見えやすいのではないかと感じています。

インドネシアとネパール

前提で書いておきますね。
今回インドネシアとネパールを題材にしたのは優劣や評価ではありません。

単純に僕が外国人材との現場で接してきた中で自己肯定感という見えにくいテーマを具体的に語りやすいのがこの二つの国やったんです。

国籍で全てが決まるとは微塵も思ってません。
自己肯定感の出方が採用や定着にどう影響するかという話です。

輪郭が見えやすかったのがインドネシアとネパール。
もちろん全員が全員そうではありませんよ。
日本人でも自己肯定感が高い人はいますし、
インドネシア人でもネパール人でも、
繊細な人、悩みやすい人、気を遣いすぎる人は当然いてます。

僕が接してきた中でこの二つの国の方に比較的、
「自分を必要以上に下げへん感じとか前を向く力を感じたり、
自分の存在をあまり疑いすぎへん感じ」が見えやすかったんです。

インドネシア人に感じる“前に進む力”

僕がインドネシアの方と接していてよく感じるのは、
自己肯定感の高さが前向きさとして出やすいことです。

こっちが心配になるようなことがあっても、
本人は意外とけろっとしていることがある。

昨日ちょっと落ち込むことがあっても今日は普通に笑ってる。

日本人の感覚で言うと、
「切り替え早ッ」ってなることがあります。

たぶん早いんやと思います。
こっちがまだ昨日の話を脳内で再放送してるのに本人はもう明日の予定の話してたりする。メンタルの回復が早いというより気持ちの置きどころが上手いんやろなと思います。

それが採用面接で「できますか?」と聞いた時にも、
その前向きさが「できます!」に乗ることがあるんです。

嘘とか見栄とは限らへんということです。

本人の中では、
「やる気はある」
「教えてもらえたらやれると思っている」
「チャレンジしたい」
「できませんがアカンと思ってる」

そういう気持ちができますにまとまっていることがある。

企業側が受け取る「できます」と本人が言っている「できます」は、
同じ日本語でも中身が違うことがあるんです。

ここ採用現場ではめちゃくちゃ大事です。

ネパール人に感じるのは“自然体”

ネパールの方に感じるのはインドネシアの“陽の強さ”とは少し違ってもっと自然体に感じます。肩の力の抜けた肯定感に見えることがあります。

無理して大きく見せようとはしていない。
でも自分を小さくもしない。
あの感覚、独特やなと思います。

ええ意味で自分は自分って人が多い印象があります。

スマホのフォルダに自撮りの数の多さもその象徴やと思います。
街中でも休憩中でもちょっとしたタイミングで自分を撮る。
景色も撮るんですけど気が付けば自分が真ん中におる。
もう途中から景色は自分の背景なんですよ。
最終的にはダンスして動画撮影までしてもうてます。笑

僕はこれ、すごくええことやと思うんです。

日本では自分を前に出すことに少し照れがありますよね。
「そんなに自分好きなん?」みたいな空気がどこかにある。

ネパールの方を見ていると自分を好きでいることに罪悪感がない。

これって実はすごく強い土台やと思うんですよね。

自分を嫌いすぎへん。
自分を責めすぎへん。
今ある自分を受け入れている。
その感覚があるからこそ笑顔もまっすぐやし人との距離もあたたかい。

もちろん職場では調整が必要です。
自然体でいることと時間やルールを守ることは別の話。
おおらかさと業務の精度は一緒にしたらあきません。
始業時間まで自由やとかならず現場が泣きます。
仕事では仕事の基準を丁寧に共有する必要があります。

面談でずっこける瞬間

実際に面談してたらこういう場面があります。

「この作業ってできますか?」
「はい、できます!」
「どこまで一人でやったことありますか?」
「……先輩の隣で見たことあります!」

いや、見てただけかいッ!笑
こっちは心の中で一回ずっこけます。

本人の中ではたぶん嘘をついた感覚はそこまでない。
“流れはわかる・教えてもらえたらやれそう・やる気はある”
そんな前向きな感覚が入ってることがあるからです。

「なんや、話盛ってたんか」で終わらせると本質を外します。
見るべきなんはできるという言葉をどういう感覚で使っているかです。

できますを聞いて安心するんやなくて、
そのできますの内訳を地味にしつこく確認する。
このひと手間をサボると入社後に現場がしんどくなります。

「大丈夫です」も危ない

次に気をつけなあかんのが「大丈夫です」。
これを安心材料にしてしまうことです。

特定技能の定期面談でもよう聞きます。

「大丈夫です!」
「頑張ります!」
「問題ありません!」

──この言葉、めちゃくちゃ前向きで聞いてる側も安心するんです。
正直、気持ちは分かる。
こっちも人間なんであんまり不安そうにされるより
「大丈夫です!」って言われた方がホッとする。

でもね、ここで安心したらあかんのです。

見ないといけないのは言葉やなくてその中身です。
僕はよくこんな質問をしています。
「いま1ヶ月に家族に何万円送金していますか?」

すると平均的にだいたい5万円前後。
多い方やと10万円と答えることもあります。
ほんまに尊敬しますし簡単にできることやないです。

ここからさらに生活費を聞いていく。
家賃、光熱費、通信費、日用品。
そのうえで食費はいくらかを聞くと、
ほとんどが3万円です。と返ってくる。
昼は毎日弁当持参で夜も自炊。
外食なんてごくわずかです。
今の物価高の中でほんまにその金額で食べられているのか。

配属の時によく一緒に業務スーパーに連れて行くんです。
お米の価格も上がっている。食材も全体的に上がっている。
ほんでも今も昔も変わらず返ってくるのは3万円ですという言葉。

ほんまにその金額でお腹いっぱい食べているのか心配になりますよね?
「大丈夫ですか?」って聞くと「大丈夫です」が決まって返ってくる。
この時に怖いのは本人が嘘をついているというより、
無理してでも回す前提で大丈夫と言っていることです。

節約している。
我慢している。
送金を優先している。
多少しんどくても「大丈夫」と言うのが当たり前になっている。

ここをそうなんやと表面の返答だけで流してしまうと、
あとで体調不良、集中力の低下、金銭不安、離職リスクみたいな形で返ってくることがあります。

「大丈夫です」の裏には本当に大丈夫なこともあれば、
無理して大丈夫と言っているだけのこともある。

僕は「大丈夫です」という言葉が出た時ほど、
少し立ち止まるようにしています。

日本語学習も生活リズムも送金額も
ただ「大丈夫です」で片づけたら危ない。

採用の場面でも一緒です。
日本語は話す・読む・書くのどこが得意なのか。
生活は朝型か夜型か。
宗教や文化的配慮は勤務に影響しそうか。
家族にどれくらい送りたいのか。
その金額感と実際の給与条件が無理なく噛み合っているのか。

そこまで聞いてやっと大丈夫の輪郭が見えてきます。

「大丈夫です」の裏には大丈夫なこともまだ大丈夫じゃないことも混ざって入ってるんです。そこを見極めんとほんまのマッチングはできません。

大丈夫書きすぎてゲシュタルト崩壊してしまいました。笑

“見ておかないとあかんこと”がある

面接でこれを全部やろうとすると正直かなり難しいです。

面接ってどうしても時間が短い。
候補者も緊張してる。
企業側も見たいことがたくさんある。
仕事理解、日本語、受け答え、生活背景、家族事情、メンタル耐性、将来設計まで全部見ようと思ったらだいぶ無理があります。

僕は企業面接の前にどこまで深く見れているかが、
採用の精度を大きく左右すると思っています。

私たちでも表面の前向きさだけで判断せんように、
面接の前段でかなり丁寧に見ます。

母国語で本音を拾う段階。
日本語で最終確認する段階。
この両方を通すことで「大丈夫です」の輪郭を少しでも具体化していく。

単なる受け答えの上手さやありません。

生活と仕事がほんまに噛み合うか。
本人の希望と企業の条件が無理なく重なるか。
困った時に言える人なのか。
頑張り屋に見えて実は抱え込みすぎるタイプではないか。
おおらかに見えて意外と切り替えが早くて折れにくいタイプか。

こういうところって履歴書だけでは見えへんし、
企業面接の短時間だけでも見えきらへんのです。

ここを見ずに進めるとあとでしんどくなります。
受け入れ前の見立てをもう一段深くする必要がある。
僕はそう思っています。

問題は自己肯定感が高いことじゃない。

自己肯定感が高いことは異国で働くうえでは大きな強みです。

失敗しても立ち直れる。
環境が変わっても折れにくい。
知らんことに対しても一歩踏み出しやすい。

これは採用でも定着支援でもほんまに大事な力です。
自己肯定感の表れ方を日本人基準で読み違えるとズレが生まれる。

候補者は前向きに「できます」と言っている。
企業は即戦力として「できます」と受け取る。

このミスが採用後に効いてくるんです。

だから外国人材の採用では抽象的な質問だけでは足りません。
「介護できますか?」ではなくて、
「入浴介助はどこまでやったことがありますか」
「記録は何を使ってどの程度書いていましたか」
「夜勤の経験は月に何回ほどありますか」
「建設なら手元だけなのか、どの工具をどのように使っていましたか」
「外食ならピーク帯でどこまで任されていましたか」

みたいに行動・頻度・範囲・再現性まで落とす必要があります。

ここをやらずに「本人が大丈夫と言ってた」で進めるとしんどくなります。

そのしんどさは候補者本人だけやなくて、教える現場の先輩、受け入れ担当、既存スタッフ、登録支援機関、みんなに返ってきます。

採用の失敗って能力不足だけで起きるんやなくて、
前提のすり合わせ不足で起きるんです。

もうひとつ感じること。
それはトラブルやミスが起きた時の対応。
外国人材の中には何か問題が起きた時に、
「全部自分が悪いです」とはならへん人もいます。

まず事情を説明する。
自分なりの理由を話す。
時にはそれが日本人には言い訳に聞こえる。

そこで感情的に詰めたり人前で強く叱ったりすると関係が崩れやすい。

なぜかというと相手は反抗しているんやなくて、
自分の存在を守ろうとしていることがあるからです。

自己肯定感がある人が叱責に強いとは限りません。
存在ごと傷つけられたと感じた時に一気に閉じることもある。

大事なんは「あなたがダメ」ではなく、
「今回の行動のここが問題やった」
「次はこうしような」と行動を扱うこと。

ここを間違えると改善の話が関係修復の話になってしまう。
それはお互いにしんどいですよね。

日本人側が学べることも多い

日本の職場って能力の問題以上に、
自分を下げすぎる人が多いんですよ。
僕も30代の時に同じ現象に陥りました。

ちゃんとできてるのに「まだまだです」と言う。
少し注意されたら自分全部を否定されたみたいに落ち込む。
失敗を恐れて最初の一歩が出にくい。

インドネシアやネパールの方を見ていると、
「自分を嫌いすぎへん」
「明日はまた明日でなんとかなる」
「今の自分にもちゃんと価値がある」
という感覚を自然に持っているように見えることがあります。

もちろんそのまま日本の職場ルールに合うわけではありません。
時間感覚や厳密さとか報連相の精度ではきっちり伝えなあかんことも多い。自分の存在まで削らずに前へ進む力という意味では日本人側が学べることもかなりあると思っています。

採用で見ないといけないのは…

資格とか日本語力とか職歴だけやありません。

その人がどうやって自分を保っているか。
失敗した時にどう立て直すか。
注意をどう受け取るか。
家族や文化や育ってきた環境の中でどんなふうに自分を支えているか。

採用って条件の一致だけやないんです。
その人の自己認識と職場の評価文化を噛み合わせる仕事なんやと思います。

その人がどんなふうに自分を捉えていて企業側がそれをどう受け止めるか。そこを雑にすると思ってたんと違うが起きる。
そこを丁寧にやると未経験でも人はちゃんと伸びる。

そう考えると自己肯定感ってめちゃくちゃ実務の話なんですよね。

できますの裏に何が入っているのか。
大丈夫ですの中にどこまで本音が入っているのか。
その一言を僕らがどう翻訳するのか。

外国人材採用の精度って案外そういうところで決まるんやと思います。


──外国人材、現場からは以上です。


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