バラと文学と写真論 vol.4 秘密の花園に植えられたバラ

コリンが花園に入ったときには春になっていました。
'秘密の花園'(1911年) フランシス・ホジソン・バーネット
秘密の花園に植えられたバラ
フランシス、秘密の庭を発見
1898年、小説家フランシス・ホジソン・バーネットは、
イングランドにあるGreat Maytham Hallに、賃貸で住むことになりました。
フランシスは、コマドリに導かれ、壁に囲まれた庭を発見します。
ドアはツタに覆われ、放置された庭は荒れ果てていました。
彼女は庭園を修復し、バラを植えます。
そして、ガゼボにテーブルと椅子を置き、小説を執筆しました。
これは、児童文学「秘密の花園」とセットで語られるエピソードなので、
知っている人は多いでしょう。
戦時中、庭園は野菜畑にされたそうで、フランシスのバラは現存しません。
彼女はどんなバラを植えたのでしょうか。
ファースト・ローズの黄金期、1900年前後
フランシスの存命期間は、1849 - 1924年。
うち、メイサム邸で過ごしたのは、1898 - 1907年。
1900年前後、育種家たちは、バラの新品種の作出に熱中していました。
欧州の育種家たちに、東方のバラが届いたものの、
欧州産のバラと東方のバラは遺伝的に近縁とはいえない。
一旦、交雑種を生じれば、やや楽に展開できるようですが、最初が難しい。
交雑種F1の獲得が先決で、次に優れた花容を目指します。
やっと得られたF1が3倍体で、F2が出にくいこともあったようです。
後年の名花、ピースは4倍体です。
4倍体で落着するとは、さもありなん。
画期的なバラを目指し、育種家たちは種間交配に取り組みます。
[ 1900年前後に作出されたバラの品種 ]
① ラ・フランス(1867年) 最初の四季咲き園芸種、HTの始祖
四季咲きの形質は、Rosa chinensis由来。3倍体。
② パケレット(1872年) 最初のポリアンサ
多花性の形質は、Rosa multiflora由来。
③ リバティ(1900年) 最初の赤系HT
赤色の形質は、Slater's crimson china由来。
④ ソレイユ・ドール(1900年) 最初の黄色系園芸種
黄色の形質は、Rosa foetida persiana由来。
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⑤ オフェリア(1912年ごろ) 最初の剣弁高芯花
剣弁の形質は、 Rosa gigantea由来。
⑥ クリムソン・グローリー(1935年) 最初のビロード赤
ビロード調の由来は不詳。オールドですでに質感が見られる。
⑦ ピース(1939年) 最初の殿堂入りバラ
当初の品種名は「マダム・アントワーヌ・メイアン」
1945年、国際連合の初集会で平和希求の象徴として提示された。


温かみのあるクリームイエローにピンクの覆輪が乗る。
20年前のコンデジ画像でさえ、花容の見事さは明らか。
香りはレモン調のフルーティなローズ香。
当時のバラの入手事情
フランシスがメイサム邸に滞在した期間は、
育種家の努力が実り始めるころでした。
しかし、最新品種の入手は容易ではない気がします。
「バラ苗ですか、それなら楽天かアマゾンで注文すればいいですよ。
黒猫か飛脚を指定すれば、3日以内に届くはず。
到着したらすぐ開封して、水を上げれば大丈夫」
ない、ない ヾノ・ω・`)
インターネット以前に、当時は車両による輸送網がないです。
ガソリンで走る自動車が誕生したのは、1886~1900年ごろ。
英国ロールス・ロイス社は1904年設立。
映画「チキ・チキ・バン・バン」(1968年)の舞台は1910年代の英国。
実在したレース用改造車がモデルだとか。
自動車は、最先端かつ、試作品っぽさのある乗り物でした。
新品種を把握する王立団体
英国王立園芸協会 (RHS:Royal Horticultural Society)は、1804年創立。
名称は協会ですが、実態は学会です。
英国は、古くから園芸に力を入れてきました。
当時、RHSに太刀打ちできる勢力は、なかったように見えます。
古い園芸情報は、大元を辿ると、RHSの文献であることが多いです。
古参の園芸学者は大抵、RHSが刊行した書籍を所持しています。
僕の書棚にも、RHSの古い図版や、分厚いカタログがあります。
(英国の刊行なので英語)
RHSの情報は、網羅的、百科事典的、アーカイブ的です。

ラ・フランスがHTに区分されており、デヴィッド・オースチンが保全していることがわかる。
左手(p596)に、フロリバンダの最高傑作、アイスバーグ(1958年作出)が見える。
英国の30近いナーセリーがキープを宣言している。おそらく出荷用。
英国王立バラ協会(RNRS:The Royal National Rose Society)は、
1876年創立です。
育種家が欧州に散らばるなか、英国がバラの収集と登録管理を先導します。
英国在住であれば、バラの入手で有利でしょう。
それでも、一般人が作出間もない園芸種の苗を入手するのは難しいかと。
会員でなければ、苗以前に、最新情報自体、入手できそうにないです。
ニアミスだった、ガートルード・ジキル
庭園設計の権威、ガートルード・ジキル(1843 - 1932年)なら、
新品種の情報を入手し、速やかに苗を入手できそうです。
フランシスが、メイサム邸を退去したのは、1907年。
ジキルが、メイサム邸の庭園再建に関与したのは、1909年以降。
おおう、ニアミスです。
フランシスはジキルのような本職者ではないです。
借り手にすぎなかった小説家のフランシスが、手つかずの庭に植えたのは、
昔ながらのピンクのオールドローズ、または・・・。
フランシスが植えたバラを想像
新品種は作出も入手も難しそうですが、原種はひと足先に到着しています。
日本原産の Rosa multiflora(ノイバラ)も欧州に到着済みです。
ノイバラは、タネでも挿し木でも増やせて、苗作りは簡単です。
ジャポニスム(1860 - 1920年)の影響で、日本を知る知識人がいる時期、
苗を入手する機会があれば、試してみたくなるかもしれません。
折しも、英国には、ナチュラル・ガーデンの機運が高まっていました。
フランス式庭園のアンチテーゼで、野趣を大事にするのがよいらしい。
ノイバラには野趣があります。
ツルがふんわり茂り、香りもあります。
一季咲きの形質を、僕は必ずしも不利と思わない。
春の喜びを歌うのは、春の花です。
フランシスが植えたバラの中に、ノイバラもあったかもしれない。
・・・完全に僕の空想です。
なんとなく、彼女の感性に合う気がして。
天国のフランシス殿、好みのバラでなかったときは申し訳ない 。
壁に囲まれた庭園

フランシス・ホジソン・バーネットの代表作とされることが多いのは、
以下2作です。
「Little Lord Fauntleroy(小公子)」(1886年)
「A Little Princess(小公女)」(1905年)
「The Secret Garden(秘密の花園)」(1911年)
は、刊行当時、評判がいまいちだったそうです。
人物を立てたほうが、華やかです。
「主人公になった気分で読めるんだ? ワクワク」
少年少女は、こぞって本を手にします。
「主人公気分」を味わうエンタメは、現代では主に、
RPG(Role-Playing Game)に取って代わられていますが、
当時は、児童文学がその席にありました。
子供たちの好みと無関係に、
「秘密の花園」は、じりじり評価を上げていきます。
「秘密の花園」、まず、このタイトルがすばらしい。
タイトルに惹かれて本書を買った方、あなたも詩人かもしれません。
(何かのレコードをジャケ買いした方、あなたには絵心があります)
「秘密の花園」は、幼年期の魅惑を思い出させます。
子供の秘密基地。
大人がズカズカ上がりこんできて、主ヅラする心配のない場所。
映画「Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)」の樹上小屋のような。
そして、大人には、成長物語が好ましく感じられる。
子供たちは、自己中心的、享受的な世界を夢見るでしょう。
(子供なので当然)
子供当人から、精神的に成長する物語が欲しいという要求は出ない。
精神的成長は、欲望ではなく、結果です。
子供が精神的に成長することを知っているのは大人。
子供の成長を祝福するのは大人。
子供時代に読んだときは、「ふーん、そういうお話なんだね」で終わり。
大人になって、思い出したときに、「そういう話だったんだ」と気づく。
大人になったときに、真価がわかる児童文学は、
読者が大人になったころ、評価があがります。
ルシフェル「そういう、そういうって、裕紀、そんな記述で大丈夫か?」
さらに。
いやこれは、ごく一部の人間の話かもしれないですが。
物書き諸氏よ、書斎が欲しくありませんか。
書斎は、ある程度、閉鎖感があったほうが集中できて良いです。
物理的に囲いが決め打ちされると、
他者との折り合いやなわばりについて考える必要(or 余地)がなくなり、
思考リソースを占有的に使える心地がします。
壁に囲まれた庭園で執筆仕事をする。
風を感じながら、文を紡ぐ。
疲れて目を閉じると、小鳥の声が聞こえる。
そんな「缶詰め(館詰め)」だったら、食らってもいい。
大人になっても、文学を愛し続けている人、いや、
大人になって、ミイラ取りがミイラ 自分が執筆サイドになった人にとって、
フランシス・ホジソン・バーネットの代表作は「秘密の花園」です。
秘密の庭園とはいきませんが、せめて好みのバラをひと株。
筆が進むかもしれません。
写真・文 瀬戸 裕紀
トップ画:1911年 アメリカ版 M. L. Kirkによる装丁
The Secret Garden - Wikipedia
挿画:Julikis_Seto
僕が読んだのは福音館書店版、装丁は堀内 誠一
[ バラと文学と写真論 シリーズ目次 ]
vol.1 シェークスピアが見たバラ
vol.2 最初の赤いバラ
vol.3 象徴と象徴性
vol.4 秘密の花園に植えられたバラ
[フォトアルバム 薔薇の季節 シリーズ目次 ]
vol.1 バラの庭園
vol.2 原種1 欧州
vol.3 原種2 日本・中国
