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短編小説「悲しみの風景」

 歴史を変えるほどの力を持った写真は確かに存在する。
 例えば「戦火の中、泣きながら逃げる裸の少女」。彼女をおさめた1枚の写真は戦争の悲惨さを人々に極めてリアルに伝えた。その結果、世界中で反戦運動が激化、戦争を終結に導いている。
 そう、1枚の写真が歴史を変えたのだ。

 俺もいつかは歴史を変えるほどの写真を撮りたい。
 男はそんな想いを胸にカメラマンとして長い間、シャッターを切り続けてきた。しかし……。

「何がリアリティだ!」
 男が自室のデスクを拳で叩く。ウィスキーと氷の入ったグラスが激しく揺れた。
 男は日本の新聞社に所属するカメラマンとして世界中を飛び回っていた。
中東の紛争地帯、南米の貧困地域、アフリカの難民キャンプ。
 おかげで日本にいる期間は短く、妻や娘と顔を合わせる時間すらない。それでも真実を伝えられるなら構わない、そう考えていた。

 しかし男が必死に撮ってきた写真を見て、編集局長はこう言ったのだ。
「悪くないんだけど、リアリティが足りないんだよねぇ」
 ありのままの真実を撮っているのに、リアリティが足りない? 一体、どういうことだ?

 何気なくスマホのニュースサイトに目をやると芸能人同士の不倫の話題を取り上げられていた。きっとどこからか流失したのだろう、既婚者同士が腕を組んで自撮りしている写真が載っている。

 多分、編集局長が言っている「リアリティ」とはこういうことなのだ。ある程度「分かりやすく」ないとたとえ真実でも読者には届かないわけだ。

「分かりやすさ、か……」
 男は天井を見上げながら一人、呟いた。

 男が次に飛んだのはイランだった。
 イランでは近年、女性の権利を求める抗議活動が広がっている。その様子を長年、ペアとして行動しているジャーナリストと一緒に取材しに来たのだ。
 抗議活動の中心になっているのは女性だが中には「妻のために抗議デモに参加した」という男性もいた。学生がSNSを使って抗議活動の様子を世界に拡散することもあるようだ。
 興味深い話は聞けたし、抗議活動の様子も撮れた。
「だが、これでは……」
 男は自分の撮った写真を見ながらふと考える。

 例えば分かりやすさを追求した娯楽映画を撮るとして「この抗議活動の主人公」は誰にすればいいだろうか。
 ヒシャブの着用が不適切だったと拘束され、亡くなった女性。彼女の親友がいい。彼女の父親はイラン政府の役人で仕事柄危険性があるという理由で拳銃を支給されていた。親友は父親の拳銃を手にイラン政府への復讐を誓う。

 そこまで妄想したところで男はばかばかしい、と首を振った。だが「拳銃を持った美しく絵になる女性の姿」が頭から離れない。

「ちょっと、話いいか?」
 男はその夜、ある決意を持ってジャーナリストの部屋を訪れた。

「弾丸で訴える自由。イラン女性、銃を握り抗議の先鋒に立つ」
 男の撮った写真は大きな反響を呼んだ。これまで男の撮ってきた写真も再評価された。「彼が撮る写真は真実の向こう側にある『悲しみ』を映している」などと言う人間も現れ始めた。

 テレビ出演が決まる。講演に呼ばれる。書籍出版を依頼される。話題性の高い写真を撮ったことで、あくまで給与の一部という形ではあるが特別な報酬も発生した。
 男のカメラマンとしての地位は間違いなく上がったと言える。が、男の表情は暗かった。
 なぜならあの写真は男が捏造したものだからだ。
 俺は真実を「分かりやすい」形で伝えたかっただけだ! 私利私欲のためじゃない!
 そんな言い訳は決して通じないだろう。
 周囲の賞賛を浴びながら、男は破滅の足音が近づいているのを感じていた。

 破滅はあっけなく訪れた。
 男が金銭を渡して「抗議活動の主人公」に仕立て上げた女性がすべてを暴露。共犯のつもりだったジャーナリストが「あいつが勝手にやった」と証言したことも捏造に信憑性を持たせる一因となった。

 男への賞賛はすぐに非難へと変わった。今まで撮った写真も捏造ではないかと疑われカメラマンとしての地位は底に堕ちた。
 新聞社も「報道における信頼性を損なう行為が確認されたため」という理由で男を解雇。
 妻と娘も出ていってしまった。残されたのは長年愛用してきたカメラだけ。

 言い訳するつもりはなかった。男は捏造に至った経緯を紙に綴り終えると、カメラを手に取り立ち上がった。
 一度、真実を捻じ曲げてしまった俺にはもう歴史を変えるほどの写真は撮ることはできないだろう。それでも最後に「ありのままの真実」を残したかった。

「大丈夫。これならちゃんと『分かりやすい』さ」
 床に置いたカメラのセルフタイマーを起動させると、前もってドアノブに結んでいたロープの輪に首を通した。そのまま徐々に体重をロープにかけていく。
 男が最期に見たのはカメラが放つ眩い光。
 かつて幾度となく真実を切り取ってきたカメラが最後に写したのは悲しみに満ちた男の表情だった。


※本文1997文字。
花澤薫様主催の「タイトルから書く文芸賞」に参加させて頂きました。
今回のタイトルは「悲しみの風景」となっています。

#タイトルから書く文芸賞


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