青葉山の新緑と、消えた足音。
1950年の東北大学で起きた「イールズ事件」の当事者である祖父が、卒寿を前に、現代を生きる孫の男の子「律」へと激動の過去を語り継ぐ物語です。いよいよ、感動の完結編(エピローグ)です。
エピローグ:新緑の風の中で
それから一ヶ月後。
五月の終わり、仙台の街はすっかり深い新緑の香りに包まれていた。
あの日、同志からの手紙を読み終えた数日後、おじいちゃんは眠るように静かに息を引き取った。
まるで、七十年間抱え続けてきた重い荷物をようやく下ろし、長い旅を終えたかのような、穏やかな最期だった。
おじいちゃんの葬儀を終えた日の夕暮れ。
律は一人、青葉山にある東北大学のキャンパスへと続く坂道を歩いていた。
木々の葉が、吹き抜ける夕風に揺れて、サワサワと優しい音を立てている。
律はふと立ち止まり、右手をズボンのポケットに滑り込ませた。
指先に触れたのは、あのずっしりと重く、冷たくて、ざらざらとした「錆びた鉄筆」だった。
ポケットから取り出したスマホの画面は、相変わらず冷たく滑らかで、触れても何の摩擦も抵抗もない。
画面の向こうでは、無数の人々が他愛のない言葉を音もなく消費し、流されていく。
これまでの律も、その摩擦のない滑らかな世界で、誰の心も傷つけず、自分自身も傷つかないよう、ただ流されるままに生きていた。
しかし、律はスマホの画面を消し、ポケットにしまい込んだ。
代わりに、赤錆の浮いた古い鉄筆を取り出し、青葉山のきらめく夕光にかざしてみる。
先端の尖った鉄の先が、夕陽を反射して、どこか誇らしげに鈍く輝いていた。
「おじいちゃん。あいつさん。俺、もう流されるだけの生き方はしないよ」
律は、鉄筆を包み込むように、強く右手を握りしめた。
鉄筆のざらりとした錆の感覚が、律の皮膚をかすかに刺激する。その心地よい摩擦は、生きていることの確かな「手応え」だった。
自分の選択には、いつだって重みがあり、時には痛みが伴うかもしれない。
けれど、己の弱さを引き受け、傷つきながらも大切なものを守り、自分の足で一歩ずつ進むこと。
それこそが、おじいちゃんが生き延び、お祖母ちゃんが愛し、あいつが命がけで誇ってくれた、この繋がれた命を生きるということなのだ。
窓から吹き込む青葉山の新緑の風が、律の髪を優しく揺らした。
律は鉄筆をしっかりとポケットに収めると、顔を上げ、きらめく夕闇の未来に向かって、力強く一歩を踏み出した。
その足音は、静かに、けれど確かに、新しい歴史の始まりを告げるように、青葉山に響き渡っていた。
(青葉山の新緑と、消えた足音。完結)
📖第4話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n8e2ef3f1b26b
📖第1話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/nbe2cabd424a5
🌐英語版:https://note.com/ttukumoo/n/n4170a58ea058
